3 いやな予感
ジエマたちと別れたその日、また翌日も、警戒のためテトスは出かけなければならなかった。
三番街の外壁を跨いで散策する。
本来であれば数人が組んで見回りにあたるのが一般的だ。とはいえ、例外はある。
力が有り余っている奴だとか、団体行動に著しく向かない自由な奴だとか、一人でもなんとかなると判断される場合だ。そういった者には、別働隊員と称して探索などに当たらせることがある。今のテトスがそうだ。
(今日も何もないな)
辺境には、常人より高く飛べたり一時的に滞空できたりと、そんな異能を持つ人材もいる。魔法を兼用すれば、できることは広がる。
しかしそれをもってしても、テトスの膂力をしのぐ者はそういない。手早くあちこち見て回って連絡をする役目に、テトスはぴったりなのだ。
(外の哨戒に加えて、一番街から三番街までの警備と取り締まり。毎日休まずとなると、親父殿の酒量が増えそうだ)
カイデンに指示されて、トルマンおよび傭兵隊でも上の者たちは辺境領主の近辺の警備に駆り出されている。領主家の護衛ともども、連日物々しい様相だと耳にしていた。
(モングスマの家も、今は伯父上だけか。手伝って差し上げたいのは山々だが、俺もナーナもそういうのは柄じゃない)
政治の世界はまどろっこしくて、とびきり面倒だ。子どものころには見えなかったものが見えるようになってくるたびにうんざりする。
どこそこの家が何をした、他国からの取引やその調整、すべてがテトスにとっては面倒だった。やれといわれたらやるが、積極的にやりたいことではない。
だから、そういうのを一手に受けて活躍するカイデンのことは素直に尊敬に値すると思えた。
(結局、ネルソン叔父を殺したのは異形ってことだったが、まだ何かありそうなんだよな)
出蘆教によって掛け合わせた異形。
誰もそうとはっきり言っていないが、これまでテトスが聞いた情報からそうではないかと思わせた。
(親父殿、俺には旧出蘆教の集会地を探らせてくれないしなあ。別にそこまで繊細にできてやしないんだが)
実父のヘンドリクがやらかしたことは、いまだに禁忌扱いだ。誰もが口をつぐんでいる。テトスたちの出生の秘密は、カイデンから緘口令がしかれていた。
ああいう生き物のような何かを、ヘンドリクも産み出そうとしたのだろうか。そう思うと、確かに気分は良くない。
外壁の上を歩く。襲来の跡はまだ残っている。
異形となった生物に幅はあったが、どれも植物に寄生されて混じったような状態だった。壁の石材についた木の根、枯れた植物の皮、千切れた葉がまだところどころに落ちている。
あのときの異形の生物は、人型は襲われて亡くなった辺境の者や動物ばかりだ。亡くなったときに取り込まれて変容したという見方が有力だった。
門で亡くなったイスルだけ取り残されたのは、彼女自身の異能である物を溶かす力が合わなかったからとされている。
本当にそれだけなのか、今後どうなるのか。まだわからないことばかりだ。
(外壁、襲来なし。よし)
一通り見回って、テトスは報告のためにチャジア家の傭兵隊詰所まで戻っていった。
詰所に戻ると、何やら騒ぎが起きていた。
寄ってみたところ、不法投棄などのいやがらせがあり、それが原因で騒いでいたようだ。
とくに酷いのは臭いだ。鼻のいい者が涙目で悶絶している。
汚物だけでなく薬品も色々と混ぜ合わせたのだろう。辺境では薬は貴重だというのに、馬鹿なことをする。テトスはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「やった奴は?」
兵たちが集まったところに割って入ってたずねる。
傭兵たちに貴族や一番街の議員のような特権はないが、役割はそれぞれ振られ階級が存在する。一番上が傭兵隊を束ねる長のトルマン。その下に中隊が四つあり、その下にさらに四つずつ小隊がある。辺境の方角に応じて警備を円滑に行うためだった。
テトスの傭兵隊における階級は小隊長以上中隊長以下。各中隊に一つはある遊軍部隊で自由に動くところに所属している。実績を考慮して小隊長以上の扱いをするが、年齢を鑑みて配慮もする、といったところである。
といっても、がちがちの階級社会というわけでもない。傭兵隊たちの間柄はいたって気さくだ。
「頭のおかしい奴らだった。なあ、ウッツ」
「ケリー、その言い方は違うだろ。独自の宗教観がある奴って言え」
軽口を叩きながら、けれどうんざりとした様子で傭兵の男たちが答える。
ここに集まっているのは、テトスより年嵩の熟練たちだ。本拠地にあたるので当然と言えば当然である。ケリーとウッツは傭兵隊でも古株で、テトスのことを幼少期から知っている者でもあった。
「坊がいたらもっと早く捕まえられたかもな」
「今は拘束部屋に?」
「数人まとめてぶちこんだ。イスルの奴が一つ駄目にしちまったからな。ろくなことをしない連中だぜ」
「イスル……なあ、それって出蘆教に関わりがあるか?」
ケリーは皺だらけの目を丸くした。
「隊長から聞いたか。最近また、古い考えに感化された馬鹿どもが煩くてな」
「こちとら治安維持のためだってのに、崇高な活動を邪魔するなって言うのさ。理解できんぞ」
ウッツが溜息まじりに言う。
「ああ、そうだ。ここもだが他の詰所にもいやがらせに来たって聞いたか」
トルマンから話を聞いているならと、続けて噂をテトスに聞かせてきた。
「話じゃ、モングスマの御屋敷にも乗り込もうとした奴もいるそうだ。お前も気を付けろよ」
「へえ」
「強いことはいいことだが、やりようはもっと他にあるもんさ」
それは大いに同意できる。強さを追い求めた結果、周囲に迷惑をふりまくならそれは害でしかない。異形化著しくなって先のように暴れるのが理想とは、とても思えない。
「小隊長、伝令が来ました!」
「おう、なんだ!」
ケリーが応えると、伝令を持ってきた兵が長方形の小箱を持ってきた。子どもの手くらいの大きさで、見た目にはオルゴールに似ている。簡単な言葉を記録できる魔法道具と似ているが、あまり見たことのないタイプだ。
「俺も聞いていいか」
テトスが口を挟むと、ウッツとケリーは互いに見合ってから伝令を持ってきた男に問いかけた。
「お前、中身聞いたか」
「いえ、自分は聞いていません」
「どこからの伝令だ?」
「あちら、一番街です」
はきはきと応えた男に、テトスは眉をひそめた。
(一番街からにしては伝令の仕方がなってない。こいつ、なんだ)
さりげなく近寄ったウッツたちが男になおも問いかける。
「なんだお前、新入りか」
「はい、この間の襲来で力になりたいと思って。自分は他所から来たけれど、この辺境には思い入れがあるんです」
「そいつは感心だ。隊長が引き入れたのか? 募集をかけてたっけか」
「はい」
嘘だ。トルマンからそんな話はない。
にや、とウッツたちは笑った。テトスに向かって目くばせする。
「じゃあ、隊長の愛息子も知ってるだろ。うちの期待の星だ」
「もちろんですよ! 素晴らしい才能があって、あれで異能持ちでないなんて信じられません! テトスさんでしょう」
(そのテトスが目の前にいるんだが)
最早呆れてきた。
「本名は?」
「え? ですから、テトス。テトス・チャジア」
間髪入れず、ウッツとケリーは男を拘束した。テトスは即座に男の頭めがけて空気の塊を指先で飛ばした。
パン、と乾いた音。男が白目を向いてのけぞった。
「うーん、実にわかりやすい馬鹿だった」
「この道具、炸裂弾じゃねえか。まったく仕事を増やしやがって」
「おおい、お前ら! 拘束部屋に追加だ!」
言われるまま、片づけをしていた傭兵たち数名がわらわら寄ってきて男を抱えた。
「便利かもな、新参相手のテトス判別」
「な。本名なんだっけ」
「あんまり俺らも呼ばないしなあ」
適当なことを言いながら片づけ始める傭兵仲間たちに、「テトスでいい」と投げかける。調子よく「了解」と軽してきて笑うので、さっさと行ってしまえと手で追い払った。
そうした後で、今度は本当に伝言が飛んできた。
ナーナによる魔法の言葉のやり取りである。
(≪お義父様、伝言。施療院≫)
まさかナーナが対処に困ることでもあったのか。ファガスの伝言とはなんだろうか。先のことから、あまりいい予想がつかない。
「悪い。嫌な予感がするから施療院に戻る」
テトスはウッツたちに声をかけて、施療院に急行した。
*
施療院は、昨日と比べて患者の数は大分減っている。それ以外は、大きな変わりはないように見えた。
入り口まで戻ってくると、待ってましたとばかりに近くにいたナーナがテトスを呼んだ。
「こっち」
前に訪ねた調薬処方の部屋ではなく、空いた部屋に押し込まれる。部屋にはナーナだけでなく、ヨランとジエマもいる。
休憩室のようだ。
低めの机の周囲に背もたれのないソファが囲んでいる。戸棚と手洗い場も設置されていて、造りとしては手狭だが上等な部類の部屋だ。
「お義父様あてにトルマン隊長から伝言があったの。これ」
ナーナは部屋の戸を閉じると、テトスに小箱を差し出した。見覚えのある小箱は、伝言用の魔法道具だ。先ほどの偽道具とは違う馴染みのあるものに、テトスは安心して手を伸ばした。
中を開けると、小さな印字機が収まっている。巻紙が印字機のローラー部分にかかり、箱が空いたと同時に自動で巻紙に文字を打ち始めた。
「ええと……三番街の古屋敷に再度侵入者あり。動向、注意されたし」
「三番街の古屋敷ってあの幽霊屋敷のことよ。お義父様との魔法道具取引があったところだわ」
「警報か何かに引っかかったってことか? というか、これ、ナーナ」
ナーナは、トルマンからファガス宛てといっていた。であるなら、ファガスがこの伝言の魔法道具を持っていないとおかしい。
まさかと思って聞いてみると、ナーナはしれっとした顔で答えた。
「ほんのちょっと干渉したら、繋がってしまったの」
印字機の巻紙を切り取ったものだろうか。同じ文面が踊る紙きれをひらひらと動かしてナーナは言う。
「本当は首を突っ込むのはどうかって私も思うけど、聞いたものだから、つい」
「聞いたって何を」
「三番街に親族の家があることです」
テトスが聞くと、ヨランが代わりに答えた。座ったままで、こちらを見上げてくる。
「あなた方のお婆様の家ですよ」
「ヨランも聞いたのか」
「あのう、私もお話を聞きました」
ジエマまでそう答える。ジエマが横に座っているヨランをちら、と見るとヨランは神妙な顔で言った。
「施療院にいらっしゃるお年寄りの方や、三番街に住む方々から色々。余所者で珍しいからとあれこれ話されるんです」
「私やティトテゥスの連れだからって、結構絡まれているのよね」
「まあ、はい」
ナーナが付け足すと、肯定してヨランは続けた。
「三番街の僻地に広大な御屋敷があって、そこにモングスマに嫁いだ娘の生家があった。そんな話です」
「スピヌム先生はご存知ではないようでしたから、ナーナティカさんに聞いてみたのです。だって、お二方のご実家のことでしょう?」
ジエマが口元に指先をあてて、困ったように言う。
(なるほど、それでか)
テトスはナーナのほうに顔を向けた。ナーナはテトスを挑戦的に見ている。
「ティトテゥスは知っていたかもしれないけど、私、そこにお祖母様の家があったなんて知らなかったわ。なら、気になるじゃない」
「いや、俺も今知った。というか、祖母? 伯父上の話ではとっくの昔に亡くなった人だろう」
「でもあの伯父様が、何も管理しないまま放置していると思う?」
「だから魔法道具で警備をしていたんだろうが……あー」
そこに侵入したなら、モングスマに害なす誰かの可能性が高い。そうでなくても、物盗りだ。
「身内を害したなら、探ったっていいじゃない。伯父様たちは他のことでお忙しいから、助けになるわ。あなたもそう思うでしょう」
「確かに、最近モングスマや傭兵隊にいやがらせも起きてるしな。ここにも来たか? ジエマさん、変なことはありませんでしたか」
ジエマはふるふると首を横に振った。
「ならよかった。じゃあ、まあ」
「ええ、行きましょう」
いつになくナーナがやる気だ。食い気味に言っている。どういう風の吹き回しかと訝しく見つめてしまう。
「こちらに火の粉がふりかかろうとしているなら、避けるために行動するしかないでしょう。証拠をたくさん掴んで、早く鎮圧に役立ててもらわないと困るわ」
「まあその通りだな」
テトスとナーナが立ち上がると、ヨランとジエマも一つ遅れて立ち上がった。
「二人は手伝いがあるんじゃないのか」
「今日は終わりです。元々昼時までの開院だったのが延びただけですから」
「付いて参りますわ。きっと何かのお役に立ちます」
姉弟揃って詰め寄るようにやってきて、それぞれの手を掴む。ナーナの腕にはヨランが、テトスの腕にはジエマがしっかりと握る。
テトスとナーナは互いに見合って、どちらも断ると言い出せず、どちらともなく了承の返事をするのだった。




