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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
めいろの揺籠
34/48

2 出張辺境施療院


 およそ十日、経過した。


 三番街の施療院は、普段であれば人が出払っている。だが、ここしばらくはその限りではなくなっていた。ほぼ毎日繁盛して人で溢れかえっている。

 この施療院は、中立特区の医師であるスピヌムが所有する建物だ。不定期ではあるが、ここで治療や薬の処方、診察などを行っている。その時にはこのように満員御礼の状況になるのだが、先の襲来があったせいでより繁忙極まっているようだった。


 あれから日数が経ったというのに、相変わらずだ。

 利用者の悲鳴や鳴き声が、老若男女問わず響いている。

 それを前にするとどうにも足が進まない。

 だが、行かないわけにもいかない。テトスは自分の持ち物を確認して軽く数度呼吸をする。息を整えて、施療院へと向かった。


 入ってすぐに、忙しなく働く青年を見つけた。ヨランだ。

 ピンと糊の利いた白衣を着て、きびきびと迷いなく足が動いている。

 清潔なシャツとズボン、手先も手袋で覆い、口元も布を頭後ろで括った露出の少ない格好。年若くても老医の指示に的確に応える様子は、すっかり頼もしい医療従事者の卵だった。


「よお、ヨラン」


 テトスが近寄ると、ヨランは足を止めて振り向く。ぱっちりとした赤い目が数度瞬いた。


「テトス、診察ですか?」

「いいや、巡回」

「診察記録では、そろそろ再診があるはずということだったんですけど」

「もう治ったから平気だ」

「経過観察は大事では?」


 じと、と不機嫌そうに目元へ険が寄る。


「ジエマさんはどちらに」


 言いながらテトスが歩き出せば、ヨランは小走りになって横についた。


「奥で調薬処方しています。用事ですか」

「ご機嫌伺いという大事な用事だ」

「はあ、そうですか」


 呆れた風にヨランが返す。そこで、ヨランに向かって声がかかった。


「若先生、先生が呼んでるぞ」

「あ、はい。ありがとうございます。テトスは」

「俺はいいから行ってこい若先生」

「茶化さないでください。まだ免許も仮のものなのに、そう言われるのはちょっと」

「こっちじゃ、それでも立派に使えるからな。おかげで認めてもらえたんだろ。よかったな」

「それは嬉しいですけど、なんだか面白がってませんか」

「おう」


 また「若先生」と求める声がかかる。

 テトスを一睨みして、ヨランは慌ただしく身を翻して戻っていった。




 施療院の造りは、いつか目にしたことのあるものよりシンプルなものだ。中立特区の施療院にも行ったことがあったが、あちらは都の推薦を受けて建立したからか設備も新しく美しかった。

 漆喰壁に清潔保持の魔法をかけた白い壁紙が貼られ、伝統的な古さもあるが温かみもある。柱や枠組みは木で、年月によって色合いの変化や傷がついている。

 奥のほうへと進むと、職員のみの掲示がある行き止まりの部屋がある。ここがテトスの目的地だ。

 ノックを数度すると、中から少女めいた声が返ってきた。


(ジエマさんじゃないな。ナーナか)


 いるだろうと思ったが、案の定だった。ドアを開けて入ると、ヨランと同じように白衣と手袋、布で口を覆う姿のジエマがいる。そして同じような格好のナーナもいた。

 二人は部屋の中で、出来上がった薬を包む作業をしているところだった。

 長机には並んだ小皿があり、粉末や錠剤、粘度のある液体が入っていた。その長机に平行して置いた椅子に腰掛けてテトスを見上げている。

 先に口を開いたのはナーナだ。


「ここでは口に布をあてて入ってちょうだい。飛沫厳禁よ」


 入って早々に言われて、テトスは荷物からハンカチを出して口元を覆った。


「ジエマさん、お邪魔します。差し入れに来ました」

「まあ。いつもありがとう存じます。テトス様、診察は受けましたか?」


 持参した荷物から、ジエマが好みそうな果物飴を包んだものを差し出す。小さな紙包みにリボンが巻かれている。

 それを受け取って、ジエマはナーナを見た。


「ナーナティカさん、あとでご一緒していただけますか?」

「喜んでお呼ばれするわね。ありがとう」

「お礼は私にではなく、テトス様にですよ。ナーナティカさんったら、うっかりさんなところがありますのね」

「ふふ……どうも。で、診察はちゃんと受けたのかしら」


 ナーナは自分が定期診察を受ける身であることを棚に上げて、テトスへと聞いた。


「治ったから必要ない」


 片足を上げてズボンの裾をまくる。そこにあった千切れかけた肉繊維や内出血の痕は、もう治まっている。歩くにも走るにも問題はない。裾を戻して、軽く足を振って下ろした。

 しかし、ジエマは「まあ」と細眉を寄せた。


「テトス様、お医者様は専門家です。無下になさるのはよろしくないことです」

「いやあ、まあ、スピヌム……先生の実力は存じていますが」


 ジエマの目の圧に、普段はつけない敬称をつけて言葉を濁す。


「そうよ。ティトテゥス、あなた今回は治りが遅かったそうじゃない?」

「たまたまだ。それでも他の奴よりは、うんと早かったろ」

「では、テトス様。そちらにお座りになって」


 ナーナの言葉を言い返したテトスに、ジエマは部屋の丸椅子を示した。調薬による調べものか記録に使うのか、机の傍にあるものだ。

 ジエマに逆らうつもりはない。テトスは言われるまま腰掛けた。すると、ジエマはするすると歩いて来て、その場に屈んだ。


「御足を失礼いたします。ナーナティカさん、塗り薬か張り薬を取っていただけませんか?」

「ええ、もちろん。場所はわかるわ」


 声は軽やかだ。


(ナーナめ、他人事だと思って。だが、ジエマさん手ずからなら悪くはないか?)


 じっとそのまま大人しくしていると、華奢な指先がテトスのズボンの裾をくるくると膝頭まで上げた。真剣に赤い瞳で足を眺めては、確かめるように指が触れる。


「お医者様のまねごとをするわけにはいきませんから、これは内々の処置ですのよ」

「はい、ジエマ。どうぞ」

「ありがとう存じます」


 骨の位置を確認して、筋や血管を点々と指先でなぞられる。目元だけだが、ふっと表情は和らいだ。


「確かに、新たなお怪我もなさそう……安心いたしました」


 ナーナから受け取った薬を、念のため、と丁寧に処置して貼る。


「こちら、筋疲労も抑える効果があります。あまり、無理をしすぎないようになさって」

「ありがとうございます」

「心配されるうちが花と申します。くれぐれも気を付けてくださいませ」


 裾をゆっくりと戻してジエマが離れていく。そして、今度はテトスの前に椅子をもってきて腰掛けた。


「テトス様。他にお変わりはございませんこと?」

「いいえ」

「朝食は召し上がってくださいました?」

「はい、軽く食べて出ました。美味しかったです」

「きちんとお休みになっていらっしゃいますか。睡眠は大事ですのよ」

「あー……ええ、まあ寝てます。平気です」

「まあ。今度からお休みのご挨拶をきちんとして、確認する必要がありますかしら」


 む、と困ったようにジエマが言う。テトスとしては大歓迎だが、それより先にナーナがメモをしている様子が目に入った。


「はい。カルテに書いておいたわ。問診ご苦労様」

「本当でしたら、スピヌム先生のお仕事ですのに。私がして、本当によろしかったのでしょうか」

「必要情報だけわかればいいでしょう。いざとなったら突き出せばいいのよ」


 ナーナは書き終わった紙を小脇に挟んで、テトスに言った。


「そうそう、ティトテゥス、あなたに会ったら渡すものがあったのよ」

「なんだ」

「この前ので武器を失くしたでしょう?」


 異形相手を縛って、そのままジエマを抱えて脱出したときのことだ。テトスは頷いた。

 長年かけて馴染ませた武器道具なだけに惜しくはあったが、仕方ない犠牲だった。それにあの後で、似たような武器を手配したのでテトスの腰元には同じような飾り紐が収まっている。


「トルマンさんからも言われて、うちの魔法道具からも予備の武器をいくつか見繕うことになったのよ。それで、はい」

「なんだこれ。筒か」

「そう。ジエマが持っていた道具を改良したものね」


 手渡されたのは、手のひらくらいの細長い筒だ。銀色の金属が筒の周りを螺旋状に巻いて、入り口を厳重に封をしている。軽く振ってみたが、なんの音もしない。かわりに巻いた金属の隙間からとろりとした白い煙が見えた。


「簡易封印具こと、足止め道具」

「どの程度使えるんだ」

「大型の生物なら数時間。単純な身体拘束だけでなく、身動きがうまくとれなくなる暗示作用、それを強調させる魔法も込み」

「ふうん」


 ずいぶんと盛り込んだものだ。軽い気持ちでポンポン使ったらまずい気がする。

 テトスがナーナを見ると、わかっているとばかりに頭が上下に振られた。


「一本で貴賓通りに小屋建てるくらいの値段がするわね」

「……使うのに躊躇われる値段提示するなよ」

「本当のことだもの。でも惜しんで使わないってことはやめてちょうだい。私だけじゃなくって、ヨランもジエマも素材研究に頑張ってくれたんだから」

「わかった。ありがたく受け取る」


 腰元のポーチに入れると、ナーナは「さあ」と気を取り直したように言う。


「スピヌム先生に言われる前に、お薬作っておかなくちゃ」


 その言葉に、ジエマは両手を合わせて同意した。


「そうでした。急ぎ予備も含めて作るように仰っていましたもの。テトス様、名残惜しいですが……」

「いえ、お構いなく。気持ちとしては傍に居たいところですが、非常に残念なことに長居するわけにもいかないので」

「お気をつけていってらっしゃいませ。お怪我やお加減がすぐれなかったら、必ず来てくださいませね。きっとですわよ」

「はい、肝に銘じます」


 心配そうに見つめるジエマに微笑んで答える。その後ろで疑わしそうな目つきをしたナーナは無視をして、テトスは椅子から立ちあがった。


「次はどちらに?」


 見送りに立ったジエマが、テトスの服の乱れを手早く治す。じんと感動する心地で、ナーナに素晴らしいだろうという気持ちを込めて視線を送る。


「テトス様?」

「ああ、はい。門外の見回りです。領主様に反感を持つ輩が、集会しているという話が出ていて。治安維持にいやがらせもあったそうなので、気を付けてください」

「まあ、そんなことが」

「何かあれば、そこのナーナを使ってください」


 ナーナもそのつもりでここに顔を出しているはずだ。テトスがジエマに言い含めた後、ナーナを見れば当然とばかりに片手がひらりと振られた。


「迷惑なことに、安穏を嫌がる輩もいるようですから」


 では。

 テトスはジエマの手を包むように握って、数度軽く振る。ジエマが了解とうなずくのを見届けて、部屋を後にした。




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