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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
箱入り鏡
30/48

15 辺境一の魔女


 ナーナティカ・ブラベリには、類まれなる魔法の才がある。

 そう自称し、自負しているだけの実力があった。そして周囲もそれを認めていた。

 今、目の前で起きようとしていることが確かな証拠となるだろう。

 昔っから、テトスが強固な相手とタイマンするのが得意なら、ナーナは大勢を相手にするのが得意だった。


 ナーナがまずしたのは、自身の長い髪を一房切ったことだった。

 魔法を行使する人間の一部は、魔法の媒介具となりうる。とくに修練を積み重ねたナーナにとっては、自分の髪は実に便利のいい材料だ。

 惜しげもなく切り離した一房の髪を握って、造作もなく周囲にばら撒いた。

 丁寧な詠唱も何もなく、「《浮け》」と呟く。

 たったそれだけで、ナーナから上の空間に無数の金糸が浮かびあがる。

 そして次にしたのは、その金糸にさらなる魔法を重ね掛けること。魔法の構築式が覗ける目をもってして魔法を構築し、ときに干渉し、普通ならあり得ない書き換えを随時行っていった。


「≪形を変じろ()鋭くとがれ。()切り裂く刃となれ()≫」


 白い指先が空気を軽く撫でる。

 遠目にはそのように映るだろう。しかしよく見れば、その指先に一本の髪を引っかけている。

 ナーナの手元で、その髪はみるみると形を変えて武器へと変化する。矢というには矢じりが随分と長く、短い槍のような形をしていた。


「≪元を辿り、同期せよ(かわれ)≫」


 軽い調子で呟けば、散らばる髪はすべて同じ武器へと変わった。空中に突如として無骨な武器が現れる。異様なありさまだった。


「≪分割。複製。分割。複(ふやせ)製≫」


 あっという間に、無数の金糸は無数の武器に変わった。

 その数は、倍に。さらに倍。倍。倍。

 どんどんと増えていく。

 傍から見れば、何が起こっているのかわからないだろう。

 事実、運転をナーナに任された青年、ヨランが困惑の声を上げた。


「ナーナティカ、今、一体何を」

「何って、故郷を襲う奴への攻撃よ。そのまま運転をお願いね。ヨランは上手だから安心して任せられるわ」

「光栄です。けど、その、大丈夫なんですか」

「こちらへの衝撃はどうにかするから大丈夫」


 顔だけこちらへ向けたヨランに、ナーナはにっこりと微笑んだ。

 任せたとばかりに背面から肩を叩き、口を開く。


「さあ、辺境一の魔女の面目躍如よ」


 片手を真っ直ぐ天へと伸ばし、人差し指だけで方角を示す。もう片方は弓を引くように、ぐぐっと後方へと下げる。それに合わせて、大量の切っ先が天を指す。


「街の人は逃げて隠れているなら、好都合」


 ナーナは空に向かって指を跳ねた。後方へ下げた腕がパッと放れる。


「≪疾く走れ。()迎え。追尾せよ()≫」


 瞬間。

 おそろしく大量の切っ先鋭い凶器たちが、すべてばらばらに動き出した。それらは生き物のように曲がりくねって動き周り、迫りくる数々の異形や襲来した生物へ向かっていった。

 そして一つが突き刺さり、止まった。かと思いきやさらに、追い打ちがかかる。


「≪破裂≫」


 矢が膨れ、言葉通り破裂して吹き飛んだ。どこかしこから派手な物音が響き渡る。

 もろとも破裂し、破壊する。

 これがナーナ得意の、広域掃射殲滅魔法である。

 威力もさることながら、費用対効果も軽いことでお気に入りらしい。だが、欠点もある。


 無差別に対象を追っかけて破壊するので、味方や土地ごと問答無用で吹き飛ぶことだった。


 整った住居の一角や街道、壁はもれなく損傷を受けた。ひどいところえぐれている。

 魔法道具の二輪車を動かして、ヨランはじっとりとした声で尋ねた。


「大丈夫なんですか」

「……脅威は去ったわ」


 ナーナはヨランから目をそらして答えた。


「ナーナティカ」

「あっ、あやしい道具らしきものがあるみたい! ねっ、ヨランそっち行きましょ。ねっ」


 ごまかしをこめて、ナーナは後ろから抱き着いて方角を指さした。

 ごまかしがきいたのかはともかく、二人を乗せた車はえぐれた道を順調に走り抜けた。









(あの魔法馬鹿め)


 テトスはジエマを抱えて、ナーナ達に近づきながら悪態をついた。おかげで道がぼろぼろだ。

 大規模な襲来でうやむやにできると思って放ったにちがいない。

 だが、不幸中の幸いだ。そのおかげで街中にいた異形の姿はなりをひそめ、外壁がわの奮闘も落ち着いたようだった。


(≪ティトテゥス。聞こえる?≫)


 聞こえている。耳にうるさいと思っていた声も、今はありがたい。

 ナーナはどうやら、ジエマが起動した四角い箱のところで止まったようだ。

 ジエマに飛来している塵ごみが当たらないように、慎重に向かう。

 ナーナたちが乗り回していた奇妙な車は横転して停まっていた。その傍で修理か点検をしているのはヨランだろう。すっかりナーナのフォローや尻ぬぐいがうまくなっていることにテトスはわずかに同情した。


 ジエマを抱えたまま合流する。

 すると、ナーナはジエマを見て駆け寄った。心配そうにジエマの顔を覗き込んで言う。


「ティトテゥス、ちゃんと守れたの?」


 開口一番失礼なのは相変わらずで、テトスは鼻白んだ。


「兄の心配をするところだろ。ジエマさんは自分のできることをしてお疲れなだけだ。俺はちゃんとやった」

「困った弟の間違いでしょ。ちゃんとやったって、本当に? あなたのやったっていまいち信用ならないのよ」


 いちいち失礼なことを言うナーナのつむじを見下ろす。それに気づいたのか、何よと言わんばかりに睨み上げられた。


「来るとは思っていたが、一応聞いとく。なんで来た」

「早めの寒期休暇よ。ちゃんと許可もあるし、保護者もいるわ」

「保護者だあ?」


 それは誰だとヨランを見る。ヨランは手を止めてテトスたちに気づくと、慌ててこちらに駆け寄ってきた。抱えられたジエマに、秀麗な面立ちの眉が寄る。


「テトス。姉さんも。無事ですか」

「無事無事。おいナーナ。こういうのが普通の心配だぞ」

「うるさいわね。ちゃんと心配していたわよ。はい、それで何があったの」

「いやそれより保護者って誰を連れて」


 言いかけて、テトスは口をつぐんだ。

 ぴい、と上空を旋回する鳥がいる。辺境では久しく見なかったが、やけに見覚えがある仕草をする鳥だ。

 騒ぎがあったら群体を取らずに鳥は逃げるはずだ。だが違う。規律が取れたように動き回っている。まるで学園医が好んで使役している小鳥たちのようである。

 まさかとヨランを見る。ヨランは、眉を下げて、言いにくそうに答えた。


「……スピヌム先生の、辺境領地回診の手伝い名目で来ました」

「まじか」


 ぴい、と鳥が鳴く。

 それはあちこちで鳴き、めいめいに瓦礫の中やあたりを縦横無尽に飛んでは降りるを繰り返している。おそらく傷病者がそこにいるのだ。

 そしてテトスの上で旋回しているのも、目ざとくジエマやテトスの体の不調を感じ取ったに違いない。

 遠くで悲鳴といやに元気のいいしゃがれ声が聞こえた。間違いない。あの老医師がいる。


「ナーナお前、連れてくるにも、もう少しどうにかならなかったのかよ」


 ナーナへ非難を向けると、ナーナは腕を組んだまま顎を逸らした。


「私を仲間外れにするほうが悪いのよ。正当な理由がないなら作ればいいじゃないって思ったの。ティトテゥスでもそうするでしょう」

「そりゃ、そうだが」


 自分のことだけに納得してしまった。


「けど、この状況。伯父上に怒られても庇わないからな」

「情状酌量と情に訴えて、どうにかお願いするから頼らないわよ」


 ふん、と唇を尖らせてナーナは通りに視線を向けた。その先にあるものはジエマが使った小箱だ。

 ころりと無造作に転がって、周囲には草木が萌え出ている。


「古い魔法道具ね。無茶な使い方をしたんじゃない?」

「発動してからしか俺は見てない。わからん。だが、普通じゃなさそうだった」

「でしょうね。今じゃ絶対に市場に出回らせない類の魔法がかかっているもの」


 そう言いながら、ナーナは小箱に向かう。

 その場に屈んで、じろじろと小箱を眺める。しばらくそうしてから、ナーナはハンカチにくるんで自分のポケットへと入れた。


「さ。ここはもういいでしょ」

「なら手当に行きましょうか」


 ヨランが言う。ナーナは当然とばかりにうなずいた。


「そうね。ジエマのことも心配だもの。ちゃんと診てもらいましょう」

「はい、もちろん。それにテトスも」

「いや、別に俺はいいが」

「足の動きに違和感があります。足音も不自然でした」


 耳のいいヨランは誤魔化されなかったようだ。ぐ、と苦虫を噛んだ顔をしてしまう。

 それにナーナがうんうんとうなずいて、小さく笑った。しかしその上機嫌も長く続かない。ヨランはナーナを向いて眉根を寄せて小言を言った。


「ナーナティカもです。さっきの魔法は無茶があったのでは。それに、長旅すぐでこの騒動になったし、運転中は気分が悪そうでした」

「えっ、いいえ、まさか。そんないいわよ。私は元気だもの。ね、ほらねっ」


 ヨランは必死な言い繕いに返さず、倒れた車のそばから荷物を持って戻ってきた。そして有無を言わさずナーナの腕を取った。


「どのみち、先生の手伝いもしないといけないんです。手伝いの前に倒れては本末転倒では? はい、行きましょう」


 そして、ぐいぐいと引っ張って歩きだす。ナーナはしおしおとうなだれ、弱い抵抗をしながら後ろに続いた。しきりに「ねえ、やめない?」「大丈夫よ?」と囁いているが、ヨランは気にせず数歩進んで振り向いた。


「テトスも、早く」

「……おう」


 ジエマと似た赤い瞳にねめつけられて、テトスは押し負けて答えた。

 腕の中のジエマはすうすうと眠りに入ったようだ。ゆっくりと穏やかに上下した呼気を確認して、テトスは頼もしい先導に従うのだった。




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