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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
箱入り鏡
23/48

8 葬儀にて


 急な帰省から数日経った。

 テトスは家族とともに叔父の葬儀に向かっていた。


 葬列が粛々と続いている。

 辺境でも都でも、この国なら大体同じ手順で葬送が行われる。

 遺体の入った箱に向かって、故人を悼み安らかであれと祈り、別れる。死後の世界なんてものはないが、禊や区切りの儀礼としてある慣習だ。

 死者はすべからく地に還り巡る。その後はない。

 だからこそ蘇りや長命、不死を夢見る思想が生まれることもあるのだろう。


(ネルソン叔父は人気がある人だったのか)


 ずいぶんと規模が大きい。

 辺境の一番街、そのなかでも大きな会場を有する場所を利用している。広々とした空間に、真ん中と側面の通路を開けて椅子が並ぶ。前方には高台を組んで遺体の入った箱を安置している。

 これからあの箱に向かって祈りと別れを告げるのだ。

 参列者はテトスが予想していたよりも多い。分かる範囲でもモングスマの縁故の者はもとより、辺境議会の者、領主家から数名いる。それ以外の者は仕事関係か個人的に関係があった者だろうか。


(それか事件性で話題になったからか)


 ちら、と会場を見渡すと警備兵も多い。領主家の者や議会の者がいるからか、しきりに警戒している素振りもある。


(死にざまが同じだったということは、単なる危険生物のせいじゃない可能性もある)


 トルマンから聞かされたネルソンの死亡状況の話が、テトスの脳裏に浮かぶ。

 あの遺体が収まっているはずの箱には、人体の一部分しか入っていない。頭と片腕だけしか見つからなかった。

 郊外で所用に出かけていたところ、行方不明になり発見されたという。

 そしてそれはネルソンだけの話で終わらない。テトスが知らせを受けたこの件よりも前に、辺境の要職に着いていた者や領主家縁類の者も同様に亡くなっていた。

 すわ暗殺か。そんな疑惑が起こっても仕方がない現状だった。


「テトス様」


 遠慮がちに声がかけられる。

 横を見れば、上目遣いに伺うジエマがいる。傭兵隊の女性に声をかけて借りた葬儀服だったが、楚々とした美しさは翳りない。

 事実、テトスの隣に立つ女性は誰かと詮索の視線が何度となく寄せられていた。


 ジエマがこうしてテトスの隣で参加しているのには、理由があった。

 本来であれば、向かうべきところだったカティナの別荘地が、現在の件で公女に提供されたせいだ。限られた者にしか知らされておらず、守りが厚い場所だからと選ばれた。

 先約があったとしても、恩ある公女の安全には代えられない。カティナも本当はそちらに赴きたかったが、公女とフスクスの手紙があったからこちらに控えていた。

 ゆえに、留まるべき。

 カティナにそう言われて、テトスはごねたがジエマはあっさりと受け入れたのだった。

 そして、チャジアの家に来たのなら今回は縁者として参加をと、葬儀にまで引っ張って来られたのだった。


 そんな経緯で来たのはいいが、遠慮のない好奇の眼差し、ピリピリとした雰囲気にあてられたのかもしれない。

 テトスはジエマと視線を合わせると、声を小さくして返した。


「はい。どうしました?」

「あの、テトス様は大丈夫でいらっしゃいますか? お世話になった御方と聞いていますわ」


 神妙な顔つきでジエマは言う。テトスの出自をまだ話していないが、今回の場に参加する理由は話していた。

 ネルソンは、テトスが昔世話になった人であり、チャジア家の主家でもある、と。


「失う痛みはどのような異能でも、確と見えないのです。ご無理を、なさらないでくださいませ」


 テトスは面食らって、慌てて首を振って否定した。

 考え事をして、つい難しい顔つきになっていた。それを誤解されたのだ。


「いや、ええと俺はそんな繊細でもないので。確かに彼の方が亡くなったのは残念ですし、当然悼みますが、それはそれできちんと見送れますよ」

「そうでしょうか」


 じ、と見られる。うんうんと何回か頷いてみせて、テトスは逆に聞き返した。


「ジエマさんのほうこそ、ご負担になってませんか」

「私への気遣いは結構ですわ。テトス様の身内となったのですもの。精一杯務めます」

「無理は……いえ、意欲があることは素晴らしいです。でももし疲れたら」

「テトス様に、もちろんお伝えいたします」


 ふんわりと微笑んで、ジエマは答えた。意外と頑固だ。


(ヨランとこういうとこ似てるんだよな。しかもヨランよりいじましくて魅力的だ)


 思わず黙って見入ってしまった。


「テトス様?」

「あ、すみません。見惚れてました」

「えっ……まあ、そんな」


 困ったように眉を動かす表情も麗しい。ほんのりと赤くなった頬に、少なくとも好意の一つや二つはあると思えてしまう。

 テトスがまだじっと見ていると「もう」と呟いて、ジエマは顔を横にした。


 葬列は、少しずつ前に進んでいる。

 遺体箱に祈りを捧げる儀式のためだ。それが終わると会場内の席に腰掛けて全員で再び祈る。

 その後、葬儀の取りまとめ役が遺体箱に魔法をかける。箱の中身を燃やしたら、やっと解散となる。そして箱ごと墓に入れて管理するのが通例だ。


(そういや、取りまとめ役はカイデン伯父上だったな)


 遠くに、それらしき人物が見える。箱のそばに立って、参列者の祈りをともに受け取っているようだ。

 モングスマの正当な跡取りは、三男のネルソンだった。

 現在の当主が長兄のカイデンである。そのカイデンに子はおらず、モングスマを継げるような直系の者は他にいなかった。

 モングスマと縁を切ったフスクスや、隠されて他家に養子へ出されたテトスやナーナには、当然そんな話は来ない。


(伯父上はよく思わないだろうが、当たりちらしはしないだろう)


 列が進む。

 テトスの前に居た両親がチャジア家を代表して、カイデンに挨拶をした。

 ぴしりと黒い礼服を着こなした、厳しい顔つきの男性だ。釣り上がった鋭い目つきはフスクスと似ていて血筋を感じさせる。暗い色合いの髪や目も、より厳格そうな印象を与えていた。

 細身の体はピンと立ち、チャジア家の挨拶をそれぞれ見て、テトスのところで視線を止めた。何か言いたげに口がわずかにぴくりと動いている。


「安らかなれ。大地に還り給う」


 何か言われる前に、ジエマを伴ってお祈りをする。

 しかし、ジエマは何か躊躇していた。横を見て「ジエマさん」と声をかけると、慌ててお祈りの言葉を述べる。

 遺体の箱を見る目は、怯えを含んでいた。


(箱に何か? 猟奇的な事件の被害者だからと想像して怖くなった?)


 ジエマが何を思ったのか、テトスにはわからない。ただ、よくないことなのだとだけはわかった。

 はく、と小さな唇が動く。瞳が遠くを映している。

 様子が変だ。


(予知……!)


 まずい。

 ふら、と動くジエマの体に咄嗟に腕を回した。

 ジエマの様子が見られないように、くるりと体を回して胸に抱きこむ。そのままカイデンに目礼をして言った。


「どうにも連れの体調がすぐれないようで。失礼します」

「ああ」


 さすがに公の前ということもあるが、そもそも表情にも言葉にも私情を出さない人で助かった。

 テトスは父たちの後を続くように、ジエマを抱えて早足で追いかけた。

 席を取っていたカティナが、テトスたちを見て小声で聞いてきた。トルマンも訝しそうに見ている。


「どうしたんだい、泣いてるじゃないか」

「は? 泣いてる?」


 胸に頭を押し付けたままで見ていなかった。ジエマの肩に手をあてて、そっと動かす。

 言われた通り、確かに泣いている。

 ほろほろと涙をこぼしては、すん、と鼻を啜っている。

 瞳は相変わらず茫洋として、遠い。


「感受性が高い子なのかね。ああ、ほら、これで拭きな」


 せっせと世話をするカティナに任せて、テトスは泣きつかれた胸の涙痕を見下ろした。

 ジエマが泣いている。その証拠だ。

 どうしたものか、おろ、とカティナに世話されるがままのジエマを見てしまう。

 ジエマはまだ意識がこちらに返ってきてないような様子で、涙をたたえて何かを探しているように緩く顔を動かした。

 かぼそく、あえぐような頼りない声が呟く。


「いや……いってはいや」

「はいはい。ほらテトス。任せた」


 カティナに引っ張られて、ジエマの隣に座らせられた。

 ジエマは座ったまま、静かに泣いている。手渡されたハンカチを使って、壊れものに触れるように頬の雫をぬぐう。それをしているうちに、ジエマはまたゆるく頭を横に振って、目を伏せた。


「どうして、テトス様」

「…………俺か」


 名前を呼ばれて、テトスは手を止めた。

 何かしたのかとカティナに睨まれたが、空いた手で振って否定した。


(何があるかは知らんが、俺に何か起こるらしい。それか)


 思わず自分の手首を見た。手首の内側の、薄い皮膚の下。血管が青白く浮き出ている。

 手の開閉をして握る力を確かめて、テトスは息を吐いた。


(そろそろやばいのか? まだ余裕があるはずなんだが)


 ジエマの予知は、迫る危険を示すことが多い。

 身をもって経験してきたので、彼女の能力に疑いはない。

 近い将来、このように悲しまれるような目にテトスは遭う。


(ただ、これほど心を割いていただけるとは思わなかった。冥利に尽きると思っていいか。いいな)


 好いた相手から心配されるくすぐったさを実感して、柄にもなくそわそわした。

 たとえ限られた時間でも、そんな相手に想われたならテトスは嬉しいと思えた。もしくは限られているからこそ、思い出を詰めていきたくなるのかもしれない。

 ジエマに出会えたことは、テトスにとって今生の宝と言ってもいい。豊かな色彩で心の内を塗り替えて、新鮮な感情を与えてくれた。ジエマがそうしたわけではないが、出会ったことで起きた変化は得難いものだった。

 だからジエマに対して、テトスは限りなく尊重したいし感謝をこめて好意をささげたいと思う。

 白くまろい頬を、また雫が一つ伝う。それをハンカチで優しくぬぐう。

 そうしてしばらくすると、一度二度、ジエマは目を瞬かせた。


「あ……あら、私」


 長くたっぷりとしたまつ毛が上下すると溜まった涙が目元で珠になる。不思議そうに指先で目をぬぐい、ジエマは首を傾げた。

 それからハッと顔色を変えて、周囲を見る。覚えていた場所から移動していたことに気づいて、テトスを不安そうに伺った。


「テトス様、私、何か粗相を」

「大丈夫です。ああと、お言葉のメモが必要でしたら後で渡します。今は」

「それは……はい、ありがとう存じます」


 話している間に、いよいよ葬儀の終わりが近づいてきた。

 一同に起立して再度祈りの言葉をと呼びかけがかかる。カイデンの声に唱和するように、祈りの言葉が方々から上がる。

 数秒の黙とうを捧げたところで、テトスは壁際にいた警備兵の数が減っているのに気づいた。ついで、甲高い鐘の音が鳴り響いた。


 かん、かん、かん。


 高くつんざく金属の音と共に、会場内がさざめく。誰ともなく口早に言葉を交わして、荷物をまとめだす。

 襲来だ。

 幼いころから幾度となく聞いた音に、テトスもまた立ち上がった。




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