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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
箱入り鏡
22/48

7 帰郷


 休憩もそこそこに、森に入る。

 背負子(しょいこ)に乗ったジエマと荷物を抱えて、テトスはさくさくと進んだ。

 辺境へ繋がる道とはいえ、整備されてはいない。寂れて草木が侵食しており、かろうじて案内板があることで人の手が入っていたとわかる程度だった。

 鬱蒼とした木々の中に分け入るが、高い外壁のおかげで方向に迷うことはない。

 障害物も多いので、走る速さを緩めて進み続けると、あっという間に外壁へと辿り着いた。

 向かいながらジエマと他愛ない話をしていたせいが大きい。テトスは足取り軽く、外壁の門へと向かった。


 石造りの堅牢な壁に、金属製の重厚な門がある。大きさは高い外壁に合わせて、人が数十人押し寄せてもなお余裕があるほどだ。

 ところどころ年月を感じさせる錆もあり、それがより威容さを上げていた。

 要塞の門だと言われれば、納得してしまうような立派な門だった。

 門の左右には円柱型の細長い建物、見張り台があり、またその側面から壁が続いている。

 それを見上げて、テトスは後ろに声をかけた。


「ジエマさん、これから呼び出しをします。門番が出てきますが、俺が対応するのでお待ちください」

「お任せいたします」


 ジエマの返事を待ってから、テトスは門の横にある鐘を鳴らした。

 ガラガラと重たい鐘の音が鳴る。

 以前であれば、数秒も待たずに見張り台から警備兵が顔を覗かせた。だが、今回はなかなか出てこない。

 もう一度、テトスが鐘を鳴らすが返事も物音すらもない。しんとしている。


「テトス様、誰もいないのでしょうか」

「そんなはずは……」


 言いかけて、テトスはその場を弾かれるように離れた。

 適当な木陰に身を寄せて、背負子を下ろす。ジエマに手を貸して立たせ、声を潜めて伝えた。


「見てきます。ここを離れないで、待っていてください」


 何か言いたげにジエマが見上げたが、やがてこくんと頷いた。


「ナーナが渡したものがあるなら、大丈夫です。すぐ戻ります」


 安心させるように告げて、テトスは素早く門へと戻った。

 そのまま足に力を入れて、見張り台の窓目掛けて跳躍した。


(窓が開いている。誰の気配もない。何があった)


 窓枠からよじのぼって、中を覗き込む。

 掃除が行き届いていないのか、埃っぽい。そのことに、それもありえないとテトスは警戒を深めた。

 辺境の境となる門だ。人がほとんど寄り付かないとはいえ、ここには警備兵が複数常駐している。

 テトスの義父が率いる傭兵隊にも、派兵依頼が出されて赴くことがあったので、間違いない。

 義父の傭兵隊は、領主の命を受けたモングスマ家が辺境の治安維持と警護のため組織したものだ。


(親父殿の判断で、ここが引き払われるわけもなし。まさか領主様や伯父上が言うのもありえない)


 神経を尖らせて、部屋を見回す。

 埃臭さのほかに、嫌な臭いがする。どこからだと視線を巡らせて、テトスは眉を顰めた。


「……うーわ」


 人は確かに居たとわかった。

 窓の側面、死角となった位置。備え付けの机の下。

 そこには、ブーツが転がっていた。ただし、どろどろと溶けかけた足が入ったままの状態であった。

 長いこと放置されていたのか、小虫が集って腐りかけている。


(魔法持ちの野生動物にやられたか? それも、対処できる奴がいないほどのやつが出た?)


 部屋に入って階下から屋上まで駆け回って見たが、どれもこれも一部分だけ残して警備兵の跡形もなくなっていた。


(まずいな。親父殿に報告がいる)


 おそらく、警備兵だけでは対処できない存在が辺境領かその付近に潜んでいる。おまけに人の味を覚えているのなら、危険はさらに増す。

 警備兵だった遺体の一部から回収できる遺品を速やかに集めて、テトスはまた窓から飛び降りた。

 ジエマが居るところまで一目散に戻り、背負子に乗るよう促した。


「ジエマさん。のんびり散策は出来なくなりました。申し訳ないですが、先を急がせてください」

「何か、あったのですか」


 問われて、テトスはわずかに逡巡(しゅんじゅん)してから正直に話すことにした。

 不安がらせたいわけではない。だが、知らせずに楽観視させてしまうわけにもいかない。ジエマを危険に晒すリスクが増えるだけだ。


「警備兵がすべて死んでいます。おそらく人の味を覚えた危険生物かと思いますが、断言できません」

「そんな……」


 口元に手を当てて青ざめたジエマを、そっと背負子の座面へと促す。


「どうにも妙な感じがするので、早めに移動します。またしばらく揺れますが、しっかり掴まっていてください」


 大人しく乗ったジエマごと背負子で背負い、荷物もおざなりに抱えてテトスは門を越えた。










 辺境の地ディアデムタルは、市街が円状に広がっている。

 それぞれ中央に近いところから順に、一番街、二番街、三番街とある。三番街から外壁の辺りは郊外で、人家はほとんどない。

 棲み分けも大まかに決まっていて、危険な動植物の侵入が激しい外側は警備関連の仕事に勤める者や貧しい者が多い。テトスの義父が率いる傭兵隊詰所もここだ。

 二番街は、商業施設が立ち並ぶ。一般的な辺境市民の家は大体この辺りである。なお、一番街に近いほど裕福だったり古い家柄の者が住んでいる。

 そして一番街には要人たちの住居と領主館がある。領地の行く末を決める重要な拠点もここだ。



 テトスたちが二番街に着いた時には、とっぷりと夜も更けて、朝日が昇り切ったころだった。

 当初の目算どおり、荒い道のりを急いだ結果、約二日の時間が経過していた。

 傭兵部隊を束ねるチャジアの家は、実態として公宅のようになっている。一階は主に兵舎、二階が会議室や執務室として使われ、家族以外の出入りも多い。お偉方の警護のために差し出す貴賓室もあるため、建物は広くしっかりした造りだ。

 ただ、そこで贅沢に生活してきたわけではない。

 横長い四角の建物、その隣に併設された民家。これが、テトスが実際に生活してきた空間だ。

 とはいえ、隣にあっても誰も気にしないように防犯や目くらましの魔法が掛かっている。


「掘っ立て小屋のように見えますが、これが家です」


 テトスはジエマを連れて、堂々とした佇まいの邸宅から回った裏口から敷地内に入った。塀と木で囲った部分部分を、限られた者だけが自由に行き来できる仕組みがある。

 そこを潜り抜けると、民家の裏口に出る。

 そのままテトスはジエマを後ろに立たせて、裏口の戸を叩いた。素朴な造りの戸が硬い音を立てる。まやかしのせいでそう見えるだけで、実際は堅牢な金属扉なのだ。


「連絡はしたから、いるはず……」


 続けて、先ほどより強く戸を叩く。すると勢いよく戸が内側に開いた。


「何度も叩かなくても聞こえてるよ! せっかちだね」


 厳めしい、上背がある女性がいる。

 半袖から覗く褐色肌。隆起した腕の筋肉は、人並み以上の鍛錬を積んでいると一目でわかる。髪はよく手入れされており、黒々とした長髪を頭のてっぺんで一つにまとめていた。

 テトスの義母、カティナ・チャジアだ。カティナは、テトスと同じくらいの位置にある茶色い切れ長の目を驚きに丸くさせた。


「ずいぶんと早い。あんた、また無茶したね?」


 そう言いながら表情を緩めると、戸を大きく開けて体を避ける。


「おかえりテトス。そちらのお嬢さんが、話に聞いてた噂の子かい。ようこそ、歓迎するよ」

「ただいま。紹介は中でする」

「そうしとくれ。お嬢さん、どうぞ」


 テトスは後ろのジエマを先に促した。礼儀正しくお辞儀をしてから、ジエマが大人しく入る。周囲に注意しながらテトスが続き、戸は閉じられた。


 家の中は、テトスにとって懐かしい感覚よりも見慣れた光景が戻ってきたように感じた。

 裏の勝手口から少し歩いて見える、石材と金属板の硬質的な印象を受ける家壁。磨かれた黒い石机は義母お気に入りの食卓だ。

 ジエマの肩を抱いて丁重に案内しているカティナの背を見て、テトスは適当なところに荷物を下ろした。


「あんたぁ! トルマン、テトスがお嬢さんを連れて帰ってきたよ!」


 声を張り上げてから、カティナはジエマににっこりと微笑んだ。厳つい筋肉質の大女であるカティナがすると、威圧感はマシマシである。笑うと小じわが目立つが、親しみやすさにはちっとも繋がらない。


「どうぞ、お嬢さん。固い椅子だからね、クッションがいるだろう。テトス、そこで突っ立ってないでお茶を用意しておくれ。紹介はそれからだよ」

「お茶はどれ使う」

「台所の上棚にある赤い瓶。湯はもう沸いているから。トルマン! まだかい!」


 カティナは言いながら、ふかふかのクッションを一つ持ってくるとジエマに手渡した。


「あの、私もお手伝いをいたしますわ」

「あら、いいんだよお。うちのは特別製でね。器具の一つ一つが無駄に頑丈で重いのさ。もちろん、お嬢さんの食器は軽いものにするから安心しとくれ」


 テトスの生まれながらの体質に合わせて、チャジア家の家具は総じて重く頑丈なのだ。

 乳幼児のころから続くこの習慣は、年々増加してきており重量は結構なものである。おかげで鍛錬になっていい。そう快活に笑ってくれる家族の前向きさに感謝している。


(前よりちょっと重くなったな)


 魔法を用いてまで加重と保護をかけている徹底ぶりは相変わらずだ。

 もしナーナが見たなら、効率が悪いから書き換えさせろと言いかねない。そのくらい、食器の底面にはびっしりと魔法の構築式が書きこまれていた。


 テトスがお茶を用意して戻ると、食卓の傍らに小柄な男性が立っている。

 一般的な成人男性よりも背が低く、ずんぐりと丸い。ただ、その丸さはぎゅうぎゅうに詰め込まれた筋肉だ。細い髪質の白髪交じりの頭髪に深い皺を持つ顔は、老齢に差し掛かるくらいの年季を感じさせる。カティナと比べるとずいぶんと年上の男だった。


「親父殿。ただいま戻りました」


 だが、テトスはこの小さな体躯を感じさせない深い度量と胆力を持つところを尊敬していた。

 お茶を食卓に並べてから、対面して姿勢よく立つ。隊仕込みの立礼をすると、義父のトルマン・チャジアは鷹揚に頷いた。


「急を要する報告と、確認事項が」

「体面を気にして話さんでいい。ここはテメェの家だ。まず一息つけ。どうせ夜通し走ってきたんだろう」

「そうだよ。それに大事なお客様の紹介もまだだろう。そっちを先にしてから話しな。お茶を飲みながらね」


 めいめいに口出され、テトスは姿勢を楽にしてジエマの隣に腰かけた。ジエマも、そっと一息ついた。テトスが夜をおしてジエマと荷物を抱えて走り抜けたことを気にしているのだろう。

 さんざん途中で休憩を提案されたことを思い出して、テトスはジエマになるべく安心させるよう微笑んだ。

 じ、と両親の視線が刺さる。テトスの様子が珍しく思われているに違いない。辺境での同世代への無愛想ぶりは、ナーナを除いて一番知っている人たちだ。

 その視線を無視して、テトスはジエマのほうへ片手を向け口を開いた。


「彼女はジエマさん。手紙に書いた通り、彼女の保護をしたい」

「お初にお目もじいたします。ジエマと申します。故あって、ただいま家名より籍を抜け、テトス様と縁づかせていただいておりますわ」


 ジエマは座ったまま、美しい動作で頭を下げた。


「んー? いいところのお嬢さんって話だったろう? 上位の都貴族の口添えつきだったじゃないか。あと縁づくってどういうことだい」


 疑問をすぐ口にして、筋肉質な腕を組んだカティナが、ジエマとテトスをじろじろと見比べる。ジエマは申し訳なさそうに目を伏せた。

 これはいけないとテトスは口を挟んだ。


「俺の体質みたいに、特殊な異能持ちだ。内容は詳しく話せない。その関係で、護衛もかねて俺の名前を使っているというか」

「いえ、いいえ……テトス様のご厚意に甘えてしまったのです。大事なご子息様に、私のような得体のしれぬ娘が近寄ってしまい、なんと申せばよろしいのか」


 ジエマが頭を横に振る。その横で、テトスは荷物からジエマが持ってきていた誓約書を机に置いた。

 それを見て、やはり大げさに反応したのはカティナだった。


「ちょいとテトス。あんたが脅したとかじゃなく? その逆かい? 無理強いでも?」

「するわけない。ジエマさんは、この通りお淑やかで素晴らしい女性だ。この上なく丁重に扱っている」

「そりゃ見ていたらわかるけどねえ。あのテトスがねえ」


 じっと鋭い目でジエマをカティナが観察する。


「ナーナお嬢さんとは、また方向性がずいぶん違うもんだ。テトスが嫌がってないなら、私は何も言わないよ。トルマン、あんたは?」

「もうじきテトスも十八だろう。この年なら自己責任だ。手助けはするが、テメェのケツはテメェで拭くだろ」

「そうかい。お嬢さん、あー……ジエマさん。うちのが迷惑かけたならいつでも頼っておくれ。思ってた関係と違ったけどね、歓迎するよ」

「ありがとう存じます」


 両手を握って、ジエマがまた礼をした。おずおずとテトスを伺う姿は、うまくできただろうかと不安げだ。

 咄嗟に手を握りたくなったが、テトスは我慢してできる限り柔らかく微笑んで返すだけにとどめた。ほっと表情が緩んだので、その判断は正しかったのだろう。


「ここにいる間は、チャジアの娘として扱うとしよう。いいな」

「そうしてくれると助かる。心身ともに正式になれるよう祈っててくれ、親父殿」


 軽く言うと、トルマンは重たい金属製のコップを傾けて中身を飲み干した。それから破顔して笑った。


「そりゃいい。俺たちゃ、新しい家族はいつでも歓迎するぞ。で、テトス。急を要する話はなんだ」


 その言葉に、テトスは表情を改めた。

 荷物から誓約書とともに取り出していた、外壁の遺品を机に出す。


「外壁の警備員が全員死んでた。体の一部だけ残ってはいるが、ほとんど綺麗に食い散らかされている」


 隊服のバッジやボタン、個人の私物らしき財布や装飾品がごろりと机上を転がる。詳しい状況をテトスが話すと、唸り声が返ってきた。


「そりゃあ……」


 トルマンはそれを見つめた後、顔をしかめて言った。


「聞いたことがある死にざまだ」




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