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2 片割れと友人


 呪いとは、魔法を悪事に転用することを主に指す。

 また、悪影響を付与する魔法を行使することも、見方によれば呪いである。

 呪いの如何によっては、世界各国共通で禁忌とされる。近年になって、過去のずさんな魔法運用について細かな取り決めがなされるくらい、使用には注意をはらうものであった。


 つまるところ、呪いを大っぴらに扱うことは推奨されていない。場合によっては刑罰を受けるからだ。


(見る目は本当なのか?)


 わずかながら、テトスは感心した。そして、己の油断に舌打ちをしたくなった。

 新米の解呪士が、呪いの感知をできるとは思っていなかった。教師たちでさえも普段から目ざとく呪いの感知なんてしない。

 授業や教師の前では呪いの解除をきちんとしていたので、表立って咎められたことはなかったのに。

 

 ティトテゥス・チャジアは呪われている。それは事実だ。

 テトスは自分で自分を呪っている。


(くそ。制御の呪い、かけたままだった)


 生まれつき身体能力が人並み外れていたテトスは、その力を持て余していた。

 ちょっと触るつもりが、拳ごと物を叩き壊す。

 ちょっと跳ねたつもりが、遥か高くに飛び上がり着地で膝を壊す。

 大声で泣き叫べば喉が破れ、肺に穴が開いた。

 とかく日常動作で過剰な動きをしては、体と物をことごとく破壊する。それが赤子のころからの普通だった。

 家族の尽力とテトスの努力、文字通り血反吐を吐いて制御した。

 辺境の地から国一番の学園へ編入できたのも、このおかげである。鍛え続けている姿に、人外じみたものとテトスを称する者もいるくらいだ。

 今となっては自力で制御もできるようになった。だが、呪いを用いたほうが鍛錬の負荷になってちょうどいい。だから、暇を見つけては適当に負荷をかける呪いをかけていた。

 それが今、へまをして見つかってしまった。


「呪いですって?」


 さらによくないことに、この場には寮監督となったホリィもいる。

 ホリィは化粧で伸ばしたまつ毛をばさばさと上下させて、前に出てきた。態度もでかいが胸もでかい。どん、と自慢のように胸を張り出して腰元に手をあてている。


「ああーら、私にはやはり先見の明があったのね! ヴァーダル様、早速役に立ったでしょう?」

「うーん」


 曖昧にヴァーダルが微笑んでいる。


「クェリコ? 呪いはそこのテトスからするんですって?」

「えっ、あっ、ええとぉ」


 クェリコは縮みあがっている。それを周囲がじっと注視している。

 あの都の上位貴族である、ヴァーダル・デ・カロッタのために派遣された……とされる都の解呪士の一族、クェリコ。

 きっと確かな実力があるはず。そんな人物が「呪い」と言うからには。

 好奇の視線がテトスに刺さる。


(どうするか)


 ホリィに詰め寄られてうろたえるクェリコを見返して、テトスは頭を掻いた。

 しかし、そこに救いの声が差し伸べられた。

 正確には、頭の中に。


(≪ティトテゥス! 貸し、ひとつ≫)


 それと同時に、軽やかな足音を立てて一人の女生徒が間に入ってきた。


「どう? ちゃんと話してくれたかしら」


 聞きなれた声だ。声がした方向を見る。

 ふんわりと広がる長い金の髪、白い肌に澄んだ青い瞳。人形めいた美しさが、陽の光にきらきらと反射している。


 ナーナティカ・ブラベリ。

 外見はまったく似ていない、テトスの片割れがそこにいた。

 双子とはいえ、両親の不幸により生まれて間もなくそれぞれ養子に出されたので、仲良しの兄妹だとテトスは思っていない。それはナーナティカこと、ナーナも同じだろう。

 なにせ再会したのは思春期真っただ中。

 どちらも自分が兄や姉と譲らないうえ、主義も合わない。よく張り合い喧嘩をする仲だった。

 だが、国一番の学園へ入れた時点で優秀である。テトスはナーナが魔法の名手であることを、よく知っていたし認めていた。


「ナーナ」

「おや、ブラベリさん」


 テトスとヴァーダルが同時に声をかけると、ナーナはヴァーダルに愛想よく微笑んでからテトスを睨みつけた。

 それから、ホリィが口を開くより早く、ナーナは文句を言った。


「まったく。モナから頼まれているのよ。その様子だと、まだのようね」

「モナから? 何かな」


 ヴァーダルの疑問にナーナがうなずく。モナとはヴァーダルの婚約者であり、ナーナの友人だ。

 いきなりナーナが何を言い出すのかと思っていると、頭に再び言葉が響いた。

 ナーナの魔法だ。

 双子であることを活用しての通信だと言っていたが、テトスには仕組みがよくわからない。

 だが、何かあるとナーナはこの魔法を使って言葉を伝えてくることがある。


(≪ティトテゥス。ポケット、物、取って≫)


 とはいえ、本来するべき魔法の手順をすっ飛ばしているので、簡略化された言葉のみだ。

 それでも何をしてほしいのかくらいは伝わる。

 テトスは、わかりやすく身じろぎをしたナーナの制服へ素早く手を伸ばした。ポケットの中にあったのは、首飾りだった。


(≪しまって≫)


 言われた通りに、取り出した物を自分のポケットにしまう。

 傍目には何が行われたか目に映らない速さだったろう。それくらい、テトスは自分の体さばきには自負があった。

 テトスがナーナに目線を向けると、視線がぱちりと合ってすぐに逸らされた。


「モナに呪いをかけた品が贈られていたみたいなの。それで、この男に預けていたのだけど」

「おや、そうだったのかい」

「ええ。ほら、モナも解呪士の新入生がカロッタ家についたと知っていたから、早めに見てもらうためにね」

「なるほど。だからヘロフィースさんは反応したのだね」


 納得したという風にヴァーダルが言う。ぽんぽんと進む応酬に、ホリィも口をはさめないようだ。唇を曲げて、つまらなそうに見ている。


「離れていてもわかるなんて、本当に解呪士の方はすごいのね。ねえ、ティトテゥス」


 じろっとナーナの青い目が責めるように細まった。

 そこでテトスは今思い出したとばかりに、ポケットから先ほど取ったものを出した。ついでに自分にかけていた呪いは消しておく。

 皮紐の首飾りは、ヴァーダルの婚約者に対してだとすると素朴な造りをしている。位の高い貴族の娘が好みそうなものではない。


「これから渡すつもりだったんだよ」


 しれっと何食わぬ顔で差し出す。ポーカーフェイスには自信があった。

 クェリコはよくよくそれを見て、幾分か落ち着いた声で言った。


「あ……はい。呪いの品に間違いないです」

「そうか。ふむ、君に預けて問題ないかな?」

「だ、大丈夫です。お預かりいたしますっ」


 数歩前に出てきて、首飾りをクェリコがつまむ。わずかに首をかしげた後、感嘆の声をあげた。


「わあ……! 素晴らしい処置」


 それを聞いて、隣にいたナーナが自慢気にした。少しは隠せ。そう思いながら見ると、何よ、と言わんばかりにツンと顎をそらして腕を組んだ。こういうところが気に食わない。


「でも、さっき感知した呪いとは違うような……ううん、でも」

「他にも呪いがあるの? 嫌だわ」


 眉をしかめたホリィが言う。まずい。

 その言葉にぎょっとしたのはテトスだけではない。ナーナの言葉が即座に頭に響いた。


(≪彼女の、魔道具。感知する≫)


 持ち前の勘や才能で呪いがわかるわけではないらしい。テトスは場を切り抜けるために声を掛けた。


「ヴァーダル。物は渡したから、俺たちはこれで」

「ああ、ありがとう。ブラベリさんも。モナにはあとでご機嫌伺いするよ」

「伝えます。では」


 ヴァーダルに、素早くナーナが答える。にこにこと微笑んで、踵を返す。テトスもすかさず合わせて退散した。

 そのまま二人して、生徒たちを避けて足早に歩きだす。背後からヴァーダルたち寮監督らが新入生の誘導を再開する声が聞こえてくる。

 それを後にしながら、足を速めたらナーナが「早い」と文句をつけてきた。テトスの片割れは魔法に関しては達者だが、体力がない。

 仕方ない。テトスは進む先にある建物を指さした。




 ミヤスコラ学園敷地内、図書館。

 赤い屋根に特徴的な鳥の雨どい。肥大化した頭に眼鏡をはめ込んだような大きな目玉のずんぐりとした鳥は、知啓の象徴として語られる伝説上の魔鳥だそうだ。故郷の辺境で見た生き物に、似たのがいたような気がする。

 不格好な生き物を飾るなんて変わっていると、つくづくテトスは思う。


「いつもの部屋でいいかしら」


 慣れた様子でナーナが先を歩いていく。

 この学園に編入してから一年。

 学園の勉強だけでなく、辺境とは違う一般常識や慣習を学ぶために否応なく図書館を利用してきた。

 そのため、お馴染みとなった自習部屋がある。ナーナと互いの効率を求めた結果、なんだかんだで行動を共にして使ってきた小部屋だ。

 いつものように利用申請を出すと、もうされていると返された。テトスたちの名前も確かにある。ナーナは、「あら」と目を瞬かせた。


「ヨランがとってくれているわ」

「気が利くな」


 年下の友人の名前だ。

 よく一緒に勉強をしていたので、今日もそのつもりで取ってくれたのかもしれない。何より、学園は協力して勉学に励むことを奨励している。そのため、複数人であればさらに部屋の予約も取りやすい。

 そのまま部屋に向かうと、ヨランがテトス達を見て会釈をした。


「どうも。先に使わせてもらっています」

「ヨラン。課題? 予習?」

「いえ、自習です」


 ぱっと顔を明るくしたナーナが、軽やかな足取りで進む。そのままヨランの隣の席に腰掛けた。

 ヨラン・レラレ。

 テトスたちの年下の友人で、都で活躍している商家の次男坊だ。

 特徴的な深い赤の瞳に、左右で不揃いな癖のある髪。

 出会ったばかりのころは中性的な華奢さが目立つ少年だったが、二年生になってから幾分か成長した。体格の良いテトスには及ばないが、しなやかな青年らしさがある。


「今年からスピヌム先生に師事しているので」


 ヨランの言葉に、テトスもナーナも「げっ」と声を同時に上げた。

 スピヌムは、ミヤスコラ学園の学園医だ。体の弱いナーナはもとより実技で生傷が絶えないテトスも当然世話になっている。

 名医ではある。純人主義でもなく、分け隔てなく等しく治療する人格者には違いない。

 だが癖が強い。そして治療が痛い。


「時々、手伝わせてもらうことになりました。学ぶことも多くて意外と楽しいです」

「そ、そうなのね」

「はい。向いているのかもしれません」


 品よく微笑む美青年に、ナーナは「ぐう」と唸って額を抑えた。


「今年は養生するわ」

「是非。テトスも」

「スピヌム仕込みなら、ヨランも絶対痛くするだろ」

「わかっていただけて何よりです」


 ヨランが手元に開いていたのは医学の本だった。それがパタンと音を立てて閉じられる。


「お二人に、早々に会えてよかった。聞いてほしいことがあって」


 そう前置きをして、ヨランは話しだした。

 テトスとナーナはどちらともなく見合うと、黙って聞く態勢をとった。


「気になる噂話を聞いたんです」



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