12 夢見るおまじない
ワンクッション。ほんのりホラー描写あります。
橋の街の警備隊宿舎。
きらびやかな外観は、後ろにいる都貴族の資金力の賜物だ。しかし外面だけとりつくろっても、内面の道具や細々としたものの予算は限られている。
とんだ出張だった。
話に聞く、国一番の学園ミヤスコラ。
実情があれでは、嘆かわしいことこの上ない。
やはり、純人主義を貫かずに曲げたことが国の失策だったのだ。アンデステンは苦い気持ちで上司の口癖を思い出した。
──アンデステン君。きみに期待をして、ここへ赴任してもらったのだ。ゆめゆめ忘れぬよう。
中立特区なんて、都の純人主義者にとっては苦々しいことこの上ない土地だ。
都の貴族が通うにはそぐわない。地方や、よりにもよって辺境からも集まっていると聞いては、何が起こるかわかったものではない。
だから、こうした事件が起こっても仕方がない。むしろ望まれてさえいる。
薬物の流通を起こしたのは、地方の出の純人未満の者。裕福な家の出でも、都の中枢の繋がりがないのなら、アンデステン以下だ。
だまされただけ、口車に乗ってしまっただけ。わめいていても、しでかしたことがなくなるわけでもないというのに。
馬鹿な子どもだ。
可哀想な子どもだ。純人足りえなかったばかりに。
死んだ娘もそうだ。
予知能力者になって上の身分を夢見ていたと聞いた時は、失笑ものだった。そう荒唐無稽なことを夢見る、成り上がれない者たちを憐れにも思えた。
小皿の流通については都の介入があったが、例の麻薬を用いた小皿については、アンデステンは何も知らない。
最初こそ、不謹慎な流行りで学業に専念できないとは、という他愛もない嫌がらせだったはず。
それが、禁止薬物を盛り込んだ品が流れていたのは予想外だった。
知らないうちに流行りだしたのだ。噂と共にいつのまにか。
警備隊の誰かに扮したという話もあったが、どうせ薬の幻覚だろう。
なにより、都合が良かった。都介入の足掛かりにするため、多少見ぬふりをしたくらいには。
おかげで、学園側を糾弾する手札ができた。アンデステンを送り出した上司も喜ぶことだろう。
しかし、知らないことで関与を疑われるのは、とかく気分が悪い。もっとも、勘ぐって真実に近づく者たちも鬱陶しいことこの上ない。
都のおまけで生まれた土地の者たちに、都の意向をとやかく言う権利はもとよりないのだ。
アンデステンは、宿舎の一番上等な部屋に入ってやっと一息つけた。
この部屋だけが自分を癒してくれる。壁を都の景色に変えたのは正解だった。今日はとっておきの秘蔵の酒を開けてやろう。
誰も入ってこないように言いつけてから、制服をくつろげて戸棚を探す。
「……む」
酒瓶の隣に、見覚えのない小皿が入っていた。黒い小皿だ。
誰かが悪戯で入れたか。
そう思ったが、そんなはずはない。常に施錠をして、魔法道具も作動していた。抜け目のない自分の性格に合う、ぴったりの魔法道具で監視もしていたはずだ。
触れると、ぴり、と痛みが走った。
なぜか指が切れていた。仕方なしに指を舐めて、もう片方の手で慎重に小皿を取り出した。
睨むように表返し裏返し見ても何もない。ただの小皿だ。
しかし、その黒塗りのツヤツヤとした表面は磨かれたように美しい。掲げたアンデステンが映るほどだ。
ふと、その表面。アンデステンの背後に誰かが佇んでいた。
慌てて振り返る。
誰もいない。
なんなのだ、一体。気味が悪くなりながら、小皿をゴミ箱まで持って歩く。
どこからか声がした。
「おまじない」
男とも女ともつかない、奇妙な声。キイキイと掠れた金属音みたいな、耳にやたらとこびりつく声がした。
「しゅどりのおまじない。血。皿。きます」
どこで声がするのだろう。
アンデステンは、辺りを見回した。何もいない。見慣れた恋しい都の街並みが映されているだけだ。
「きます。きます、きます、きます」
淡々と、呟くように。だというのにはっきりと届く音が恐ろしい。
「きたよ」
ぷつっと声が途切れた。
アンデステンの呼吸音ばかりがせわしなく響く。
じんじんと切れた指が痛い。アンデステンは指を見て、それからおもむろに持っていた小皿を見た。
黒い画面に、黒い鳥が、こっちを見ていた。
くちばしの奥。人の歯並びをもった鳥がつんざいた。
「たすけて」
その声は、死んだ娘の声だと思った。聞いたことがないはずなのに、アンデステンの脳裏に、湖水に浮かんだ娘の顔が現れた。
散らばった髪は水に濡れ、顔にまばらに張り付いている。血の気が抜けた顔色は、空の色を反射した水面で余計に青白い。
弛緩した表情だ。口腔はぽかりと開いている。叩きつけられたせいで内臓が損傷したのか血で汚れていた。
そして、一目で生気がないとわかる見開いた目と合った。
こちらを見ている。
「うわあ!」
声を上げる。
小皿を投げて、ふっと意識が遠のく。
そしてまた、アンデステンが意識を起こしたとき、机の前に佇んでいた。
自分は机の引き出しに手をかけて、秘蔵の酒を取り出そうとしている。そしてまた気づくのだ。
黒い小皿が、入っている。
声がする。鳥がきた。
死んだ娘の顔がこっちを見た。
もうやめてくれと泣き叫ぶまで、何度も、何度も繰り返した。
やがて娘の顔が、泣きはらした自分の顔とそっくり変わるまで、何度も。
夢か現実かわからない。自分は呪われてしまったのか。
だが、部屋の呪いの探知は反応していない。
えずきながら、何度目かの覚醒をした。
都の風景の壁紙はそのまま。だが、自分は倒れていた。
ああ、質の悪い夢だったのだ。そう思った。
ひどい疲労感で、のろのろとカーテンを開ける。空が白んでいる。
やはり夢だ。どこからそうだったのかわからないが、そうに違いない。それならば。
震えながら、机の前にアンデステンは向かった。
引き出しを開ける。
黒い小皿が入っていた。
***
「ねえ見て」
図書館の一角で、ひそひそとナーナは新聞を広げていた。
テトスが後ろからのぞきこむ。
記事には、橋の街の警備隊が違法薬物の摘発に鬼気迫って対応していると書いてあった。すさまじい勢いで、例の小皿を回収しているらしい。
警備隊のトップが心労で入れ替わってからの、目覚ましい活躍。
不審な売買や販路など、不正取引も改める意向を示したと経緯が書かれている。裏には純人主義穏健派の名家がついて推し進めているそうだ。
あれから数十日も経ったのに、根気強く続ける警備隊の活動を新聞は讃えていた。
「熱心に活動してくれてるな。助かる」
「白々しい……」
ヨランが二人の後ろに立って、呆れている。
「もう二度と、ああいうことはしませんからね」
「まあそう言うなよ。もっと力を入れて活動してもらわないと、ジエマさんも心配されてしまうだろう」
「そうよ、ヨラン。余罪もあったとわかったし、今後の犠牲は止まりそうじゃない。被害者もきっと浮かばれるわ」
双子が揃って心を痛めましたという顔をしてみせるが、ヨランには通じない。
半眼でねめつけるように二人を見ている。
あの後、テトスとナーナが揃ってヨランを捕まえて、証拠探しだと言って警備隊に無断侵入した。関与や不正がわかったついでに、ちょっとした悪戯のプレゼントを贈った。
そのプレゼントは効果覿面すぎたらしいが、おかげで都からの干渉らしきものは止まったようだ。そうヴァーダルが安堵していた。
ただ、真実の追求はともかくとして、悪戯まではダメだったようだ。
あれからヨランのご機嫌は斜めである。即座に機嫌取りに声をかける。
「よっ、鍵開け名人」
「頼りになるわ」
「……しませんからね」
揺らいだのは一瞬。
咳払いをして、ヨランは断じて宣言したのだった。
――まだ、お呪いは終わっていない。
ここまでの簡単な主要キャラ紹介。
◆ティトテゥス・チャジア → カラルミス寮四年。人並み外れた身体能力をもつ。そのかわり寿命が常人より短い。辺境生まれ。
◆ナーナティカ・ブラベリ → ヒッキエンティア寮四年。卓越した魔法技術もち。そのかわり体力がなく、よく医務室送りになる。辺境生まれ。
◆ヨラン・レラレ → コウサミュステ寮二年。耳がとても良い。将来は医療職希望。ナーナとの年の差は一歳半であり二歳ではないと主張。
◆ジエマ・レラレ → コウサミュステ寮三年。ふわふわお嬢様な予知能力者。テトスの生き方の方向性を揺るがせられるかは、彼女にかかっている。
手鳥 → しゅどり → 呪取り
※)覿面過ぎた悪戯 → 一応合法。心配や不安を夢に見る的なお呪い(威力マシマシ)




