11 密談と談合
「黒い小皿だな」
「可愛らしいおまじないの道具とは思えないわね……もし水に触れていたら、幻惑魔法からの麻薬コースよ」
ナーナが瓶をつつく。
「今、自壊の魔法が発動しているわ。そのうち粉々になるんじゃないかしら」
しばらく待つと、その言葉通りにサラサラと小皿が崩れ始めた。
崩れた端から煙になって、後には砂糖粒ほどの小さな結晶が残るだけだった。そこに小皿があったとは思えない。
「誰がこんなものを作ったんでしょうか」
「都合よく流行ったおまじないの出所も気になるわ」
ヨランやナーナの言うような疑問は、いくらでもわく。
何のために、誰が。
わからない点ばかりだが、このまま瓶を置いておくわけにもいかない。
テトスは瓶を手に立ち上がり、部屋の窓を開けた。ナーナとヨランが振り返る。
「ナーナ、蓋」
「最後までちゃんと言いなさいよ」
テトスが窓枠に瓶を置くと、「≪戻れ≫」とナーナが言った。
巻き戻るように瓶からハンカチへと変化する。すぐに右手で摘まんで外へとはたいた。
ほんのわずかに、甘ったるい匂いがした。蜜を濃く煮詰めた匂いだ。即座に腕で鼻と口を庇って、ぱたぱたとハンカチを外で揺する。
何度か繰り返すと、見た目には完全に何もなくなったように見える。
「あの、テトス、いいんですか」
「煙以外は無毒だって、さっき書いてあったろ。なら撒いても良くないか」
「そう、かな……いやでも仮にも薬物をばらまくのは」
ヨランの躊躇いも当然だが、持ち出してバレるのは避けたい。それはヨランも、ナーナも同じはずだ。
そう思ってナーナを見ると、ナーナはじっと窓枠を眺めていた。
「どうやら証拠隠滅ができるみたいよ」
ほんの一瞬の間に、どこからともなく虫が湧いていた。
それも、窓枠にたかってきている。それだけではない。テトスが持っていたハンカチをめがけて、小さな羽虫も飛んでいた。
(つまるところ……)
水を小皿に注ぎ、いい気分になる魔法を発動させる。
すると、高揚とした気分で儀式に挑む敷居が下がる。
血液を小皿に加え、血の釉薬による幻覚作用で『わかった』気持ちにさせる。万能感と酩酊を味合わせ、使用者は夢中になる。
その間に、小皿は自壊し、集る小虫によって分解され証拠は残らない。
一連の儀式で吸い込んだ薬物により、薬物依存となり常習するようになる。
以上が、三人で推測したおまじないの実体だった。
(ジエマさんが予知とは違うと仰ったのは、間違いなかった)
むしろ、付き人によって薬物を吸わされた可能性すらある。付き人は何度も小皿を購入していたということから、手段を選ばず行ったとしてもおかしくない。
誰が、何のために。どうして急に流行ったのか。それはまだ不明のままだ。
話し合ったところで、答えが見つかるわけもなく、その日はそのまま解散となった。
――しかし、その翌日。
話は思わぬ方向で終息しようとしていた。
「逮捕だって?」
起き抜けに聞いた話に、思わず驚いて聞き返してしまった。テトスが驚いたのをみて、ベイパーは「そうなんだよ」と唸った。
「五年になると実習で外に出ることもあるのは知ってるよな。それで、一儲けしようとグループを作ったやつがヤバい物を流通させたみたいでさ」
「それ、コウサミュステの事件関係か」
「カラルミスの飛び降りも関係ある」
つまり、おまじない関係だ。
テトスはおざなりに身支度をして共同スペースの椅子に座った。すでにお茶が用意されている。
ヴァーダルの席は空のカップがあるだけだ。おそらく、一杯済ませて出て行ったのだろう。早朝が弱いというのにご苦労なことだ。
「橋の街で違法薬物を売っていたんだよ。それで、被害者が出てやっと判明したっていうわけだ」
「そりゃあ、荒れるな」
「やってた奴らは、そんなつもりじゃなかったってさ。伝手で卸したものをそのまま売っていただけとか言ってたが、どこまで本当だか……あんまり成績もよくない奴らだったみたいだからなあ」
逮捕されたからには、疑わしい要素が揃っている。テトスは黙って用意されたカップのお茶を飲んだ。
「それで、警備隊どもの発言に逆らって暴れたことが駄目押しで逮捕ってわけだ。純人でないからこうなるって言われて、キレたんだとさ」
「確かに腹立つ発言だが、その奴らは都出身じゃなかったのか?」
テトスが聞くと、ベイパーは言葉を濁した。
「あー、そうだが……テトス、なあ、気を悪くするなよ。お前って、辺境出でも凄い奴なのは俺もわかってるからさ」
「そのくらいで悪くなるかよ」
取りなす言葉を一蹴すると、ベイパーはわかりやすくほっとしてみせた。
「たとえ裕福でも、都出でないのを引け目に思っている奴は、結構いるんだ。まあ、とにかく、テトスが気にしてないならよかった」
「それで朝からヴァーダルが出かけたのか」
「ああ。ヴァーダル様たち寮監督は招集だってよ」
「ご苦労なことで」
寮監督になれるのは栄誉らしいが、こういう事情で振り回されるのは性に合わない。自分が寮監督でなくて良かった。テトスは残りのお茶を飲み干すと、伸びをした。
「あ。言い忘れていた。テトス、今日は臨時の休みだ」
「ふーん……出歩いてもいいのか」
「外出するなら寮担まで。学園構内なら問題ない」
「わかった」
「ちゃんと届け出しろよ」
手で軽く応じてから、テトスは立ち上がった。
寮から出て、学園の食堂に向かうところで話題の人物たちを見つけた。
アンデステンが、生徒の集団と教師と移動している。なんとなく気になったので、息をひそめて後をつけてみることにした。
入った先は三階の講義に使う教室の一つだ。
部屋の入り口には、人払いのために見張りの警備隊が立っている。テトスと同じ、好奇心で通りがかった生徒たちを警備隊は無感情に追い払っていた。
(ここに繋がるのは……外からだな)
テトスは、素早く外に出た。
幸いにも部屋の外は高い木が生えているので、人目を避けるには絶好の場所だ。おそらく、アンデステンたちも外からの人目がないことを知っていて選んだのだろう。
壁をよじ登って四階の窓枠を掴んで止まる。そのまま位置を調整して、部屋の窓を上から覗き込むようにして逆さになった。
(このままだとうまく聞こえんな。よし)
腰元のカバンから、イヤーカフを取り出した。
ナーナほどでなくても、これでも優等生で通っている。魔法の一つや二つ、テトスだって使える。
カフスに込められた通信できる魔法が発動するようにして、耳に着けた。
しばらくすると、困惑したナーナの声がした。
『……ティトテゥス?』
「よお、ナーナ」
『朝から何よ。珍しいことまでして』
「警備隊と寮監督の話し合いの現場近くにいる。聞きたくないか?」
『ちょっと待ちなさい』
雑音が数度鳴る。
数秒と待たずに、部屋の中の音を明瞭に拾い出した。
「話にならん!」
憤ったアンデステンの声はよく響く。
突き抜けた怒鳴り声に顔をしかめたが、すぐに音量調整されたようだ。明瞭になった声がしっかりと届く。
「考えの浅い者が安易に薬物に手を出すからこうなるのだ。これだから都外の者は。調べれば、亡くなった被害者も加害者も純人ではなかった。道理も知らぬとみえる」
「事件で亡くなった者にまで、その主義をかざすのは品がないのでは」
言い返したのはヴァーダルだった。
再び覗き見ると、生徒たちの前に立って堂々と対峙している姿があった。その後ろには、他の寮監督たちも揃い踏みでアンデステンと向き合っている。驚いたのは、ホリィが仲の悪いヒッキエンティアの寮監督と並んで立っていることだろう。
「未然に学園での流行を止められなかった我々にも非はある。それは間違いないでしょう。では、品物の流通は?」
「ずいぶん前から、流行っていたそうですわね。それこそ学園の者が卸し売る前から、品はありましたわ。取り締まりが不十分だったのでは」
ヴァーダルに続いて、横に女生徒が立つ。ヒッキエンティアの寮監督、モナだ。長い黒髪をさらりと流し、怖じることなく構えている。
「入学前のまだ道理も未熟な者に、勧めたのも学園外の者でしたわね?」
「……私の義理の妹は、警備隊に扮した方に聞いて一ついただいたと聞いたわ。その犯人はどこ?」
この声はホリィだろう。恨めしそうな口調に、アンデステンの顔色は遠目からでもわかる怒りに変わった。苛立たし気に、しきりに片足揺すっている。
「薬で曖昧になった証言だ! 品物を取り扱って売ったのは、学園の生徒だった。これは明らかだ。まだ余罪がある者がいるかもしれん。そう思わないかね?」
今度はフスクスがぴしゃりと言い返した。
「ですから、その生徒たちに悪戯に吹き込んだ者がいたはずです。彼らだけの罪で終わらせるわけにはいきません」
「そんなものは、責任逃れの嘘だろう」
「あの薬品は、ただの生徒が入手できるものではありません。商品も、それこそ、慣れた者の手でなくては」
「ならば、商いをしている生徒が怪しかろう。亡くなった者の主家は、古い商家らしいじゃないかね」
ざわめきが広がる。誰かが「そんなはずはない」「おかしいのはそっちだ」とつぶやいている。
「これ以上は話にならん。橋の街に来る者は、今後取り締らせてもらう。都の取締局もきっと許可を出す」
「何を勝手な」
「都外の純人未満は黙ってもらおう!」
気色ばんだアンデステンは肩を怒らせて背を向けた。
「学園長にはまた話を通させていただく!」
「ここは中立の地です。そのような話はあってはなりませんよ!」
そして歩いていくアンデステンにフスクスが厳しい顔でついていく。
残った寮監督たちは、出て行った扉を見て、互いにこの後どうするべきかと話し合いを始めだした。
「警備隊の動きが早いうえに、都合よく動くと思ったが……どうも理由があるようだな?」
『そのようね。深ぁい理由があるといいけれど』
壁から屋上まで登り、その場を離れる。ナーナとの繋がる魔法をきって、テトスは何食わぬ顔で戻った。
*
昼。
食堂で食事を運んでいると、ばったりとナーナに出会った。
ナーナはテトスを見るなり、顎で空いている席を示した。
お互い、いつも連れている友人もいない。二人きりで仲良く食事なんて寒気がするが、そんなことより話をしたい気持ちが勝った。
「どう思う?」
「そうね。いらっときたわね」
「だよな」
モヤモヤとした不快感。すっきりしない心地。
ついでにアンデステンに対しての不信感もプラスで、据わりが悪い。
「捕まえたとしても、なぜ起こったかを見極めてほしいものだわ」
「やると思うのか」
「まさか」
鼻で笑う。
ナーナも小さく笑う。作り物のような笑顔だ。誰も中身を知らなければ、人形めいて美しく見えたことだろう。
「話を聞く限りだと、捕まった人はただ卸したものを売っただけなのよね。誰が教えたのか、噂を広げたのか、わからずじまいで締めくくるつもりかしら」
「学園に介入したいとか? ただ、まあ、事件を忘れ去られないように、心に刻んで真犯人を探してもらいたいもんだ」
同時にコップの水を飲む。とん、と置いた瞬間もまったく同時。
「ジエマさんのところが疑いを向けられるなんて、あってはならないしな」
「ええ。ヨランにも火の粉が降るのは嫌よ。こちらは被害者だもの」
示し合わせたわけでもなく、会話は次々と続く。
「そういえば、モナも言っていた小皿の話だけど。警備隊が融通して取り寄せた店もあったそうよ」
「警備隊御用達の箔付けか? 見返りも要求されそうだが」
「そりゃあお礼があって当然よ。あくまで、謝礼だから問題ないそうだけど……都の御用達の品だと声を掛けられたら、普通は喜ぶものよね」
犯人として捕まった生徒たちは、考えが浅い性格だったようだ。たまたま得られた幸運と思い込み、都の商品と目が眩んだまま卸されたものを取り扱った。
いいように扱われたのだろう。おそらく、都から派遣されたアンデステンが何かやらかした。
だとすると、さらに気に食わないと思えた。
(小皿、小皿なあ)
そこまで考えて、ふと思いついた。
まだテトスの部屋には、大量の黒い小皿がある。処分を頼まれたあの小皿たちだ。
「ナーナ、ジエマさんから預かった物があるんだが」
「ふうん……そうね。あれの処分、考えないといけないものね」
何とは言わず、視線が合う。こういうときばかりは双子のつながりを感じずにはいられない。
「じゃあ、やるか」
「ま、いいでしょう」
どちらともなく言い合って、揃って食事に手を伸ばした。




