9 疑惑の証拠品
湖面に反射した光が天井をまだらに装飾している。ゆらゆらと揺れて、水底にいるようだ。
水上建築の名手が手がけたコウサミュステ寮は、廊下でさえも華美な造りをしている。
事件のせいで女子寮の生徒たちは部屋にこもっているため、廊下には警備隊とテトスたちしかいない。人気が少ないと、どこか物寂しく映る。精緻な風景画の中に入ったみたいだった。
目的の部屋はすぐにわかった。
部屋の入り口、ドアの両側に年若い警備隊が立っている。さらには、分かりやすく立ち入り禁止の保安器具が置かれていた。空気を入れた風船を棒に括りつけて置いたような魔法道具だ。近づくと警告のために派手な黄色に発光する。おかげで嫌でも目につく。
『そろそろ着いた? こっちは図書館に着いたけど』
ナーナの声が響く。
それに返すために、テトスは「あそこだな」と呟いた。
警告を発する保安器具を避けて、警備員のところまで歩く。
「カロッタの代わりに、呪いの有無について確認するために来た」
「解呪士のヘロフィースです。入れてください」
テトスの言葉に続いて、クェリコが言う。横に並んで、持ってきた魔法道具を手にアピールをしている。
ドアの右側に立っていた警備隊は左側に目配せをした。左側の警備隊の男が、部屋のドアに入るよう手で示した。ドアは開いたままで固定されている。
「中でアンデステン部隊長がお待ちです。不必要な持ち込み、物に触れるなどはしないように」
右側の警備隊の男が言う。
「はい」
「もちろんです」
それぞれ了承の言葉を返す。腰元に装着している魔法道具をかざして確認すると、「よろしい」と言って下がった。右の男は態度も雄弁だったが、左の男は物静かで無口だ。
先に進むよう促され、テトスたちは部屋の中へと足を踏み入れた。
寮の建築様式や様子が違っても、部屋の内部が大きく異なるというわけでもなかった。
入ってすぐにある共同スペース。そこから魔法をかけられた分厚いカーテンで区切られた個人スペースが三つ。
壁や床、天井のデザインは違っても、テトスの知るカラルミスの寮部屋と大体同じだ。
共同スペースには、数人がくつろげるソファや大きな机や物置棚がある。これもまた同じで、決められた部屋の内装なのだろう。
女子部屋らしいと思わせるのは、家具に掛けられたレースのカバーやカーテン、淡い色合いのクッションが置かれているからだろう。テトスの部屋では見ることのない可愛らしいデザインの小物も目立つ。
(部屋の住人によって匂いは違うもんだな)
この部屋はなんだか清涼剤臭い。
テトスはむずがゆくなった鼻をかいて、待ち構えていた人物のところへ歩いた。
ずんぐりとした男だ。もみあげまで伸ばした顎髭をしきりに触って、こちらを無遠慮に検分する視線をよこした。
加齢による肉のたるみに加えて、人を常に疑えば顔面にこう記憶されるといわんばかりの深い皺が印象的だ。見るからに疑い深そうな人物だった。
(こりゃあ、面倒くさい腹立つタイプだ)
思ったことは臆面に出さない。テトスは姿勢を整え、聞き取りやすい口調で声をかけた。
「許可をいただき、ありがとうございます。呪いの有無を確認させていただきます」
「よ、よろしくお願いします」
アンデステンが、じろじろと頭から足先まで確認している。テトスの次はクェリコを見て、顔をしかめた。
「貴様は、ヘロフィースの者だな。無駄に魔法道具を持ちこみよって」
「若輩の身ですのでぇ」
へへ、と取りなした笑いをクェリコがこぼす。アンデステンはそれを鼻で笑うと、またテトスに視線を向けた。
「あくまで呪いの確認のみだ。物に触れることはしないように」
「もちろん。被害者のベッドは?」
アンデステンの短い首が動く。個人スペースの一角に向かって顎で示した。
『嫌味っぽい相手だわ』
ナーナのぼやきが聞こえる。
『クェリコさんだけでなくって、警備隊の目を搔い潜って探知魔法を使わないといけないのね。私でなければ、とんだ無茶よ』
素早くイヤーカフを叩く。アンデステンに見られていては、ナーナに反応を返すのも気を使わないといけない。
(目で追えないくらいの速さなら平気だろうが、何度もやると気づかれそうだな)
アンデステンは純人主義推進派の一員なのだろう。
中立派のクェリコはもとより、カロッタの手先扱いのテトスに厳しい目線を向け続けている。下手をすれば、嬉々として文句を学園長あたりに訴えそうだと思えた。
『クェリコさんの呪いの感知は魔法道具頼りよね? ほかに探知魔法も使うだろうから、それに合わせて目を借りて見てみましょう』
ナーナの言葉を聞いて、テトスはアンデステンへ問いかけた。
「失礼、アンデステン警備部隊長。一つうかがっても?」
「何かね」
「部屋の中は、ずっとこのままで維持をされていましたか」
「それを話す必要があるとは思えんな」
必要以上に情報を渡す気はないらしい。しかし、それなら聞き方を考えればいいだけだ。
テトスは物分かりがいい風に相槌を打った。
「こちらとしても、状況報告が必要なのもので。呪いの確認のほかに、探知をかけてもよろしいですか」
「我々警備隊がすでに探知をかけ、検めは済んでいる。何をしたって出てきやしないだろうが、やってみるといい」
学生程度が何をするのか。そんな侮りが透けてみえるが、この言葉をナーナに聞かせられたら十分だ。
『へえ、警備隊がどんな探知をかけて検めたのか見物だわ。やってやろうじゃない』
やる気十分にナーナが呟いている。
テトスは「寛大な対応、どうも」と礼を言って、クェリコに今度は声をかけた。
「ヴァーダルに様子を伝えるためにも探知魔法も使う。俺も使うが、そっちもそっちで使って見ておけ」
「わかりました!」
こくこくとうなずいて、クェリコは魔法の構築式を唱えだした。首飾りを握りながら、慣れた調子ですらすらと言う。呪いの感知のほかに媒介道具としても用いているらしい。
魔法は媒介道具を用いると安定して行使できるのが常識だ。ただ、クェリコが持つ媒介道具のように多機能なものは相当に高価となる。
(呪いの感知に魔法の媒介にもなるのかよ……さすが御貴族様)
皮肉を頭の内でこぼして、テトスは先ほど示されたスペースのほうへ向かう。
立派な道具のことを羨ましいとも恨めしいとも感じない。というのも、規格外が身内にいるからだろう。
『≪共有せよ。視たものを片割れへ≫……よし。それから、≪探れ。魔力で稼働せし道具≫』
媒介道具どころか、人体そのものを媒介に魔法を簡単に行使してくるのだ。何度体験してもどうかしているとしか思えない。故郷の辺境において、才能の差で人を狂わせたと噂されただけはある。
『あら。警備隊は探知の魔法道具頼りなのね。定期的に、音の波で調べるタイプのやつだわ。範囲は一部屋分。ちょっと旧式じゃない?』
「呪いはあるか?」
テトスがたずねる。クェリコもナーナも同時に言った。
「ええっと、反応はまだ出ていませんね」
『現時点では、ないわ』
後ろからアンデステンの視線が刺さる。用が終わったらさっさと帰れと言いたいのかもしれない。現に、口元がもごもごしている。
クェリコは気づかないのか、真剣にベッド回りを立ったり座ったりしながら自分の魔法道具を触って魔法を唱えている。
『待って。ヨランが来た。え、なあに?』
ナーナの声しか届かないので、ヨランとなんの話をしているのか不明だ。
クェリコを待つふりをしながら立っていれば、すぐに呼びかけがきた。
『ティトテゥス、ヨランから伝言。小皿が部屋にあるか探して。購入した金額とジエマの持っている小皿の数が合わないのですって』
「どんなものだ」
「え? あ、もうちょっとお待ちいただければ」
テトスの問いかけは催促だと受け取られたようだ。クェリコは「急ぎます」と集中しだした。あちこちを慌ただしく歩き出す。
だが都合がいい。クェリコの動きにアンデステンの注意が向かった。
『とりあえず、小皿を探すわ。≪しめせ≫』
ナーナが見ている景色が重なる。魔法構築の文字が煙のようにゆらりと流れている。
『形と用途が限定されているなら探せるはず……あった。ベッド横の机。可愛い飾り棚の下側、隠し収納』
言われたところを見る。机の上に小さな飾り棚がある。もともとの趣味だったのか、小物や雑貨が並べられている。
だが、明らかに隙間が空いている。アンデステンたちの捜査で押収されたのかもしれない。
ナーナが続けて言う。
『噂の小皿の追加情報よ。炉のマークがある小皿を使うみたい。もしかしたら、隠されているやつがそうかもしれないわ。気になるから持ち帰って』
ずいぶんと簡単に言ってくれる。
しかし、できないわけでもない。それにジエマのものだったのを盗った疑惑があるのだから、そのまま置いておくというわけにもいかない。
警備隊に任せるというのも、これまでの情報とアンデステンの態度から、その選択肢は浮かばない。
(ヘロフィースには悪いが)
忙しなく動いているクェリコが机の傍まで寄ってきたところで、場所をゆずるようにテトスは下がった。
その瞬間に、素早く二本指で空気を弾いた。
目にも止まらない速さで弾いた空気の弾が、クェリコの足に当たる。
「ぐぇっ」
つんのめってクェリコが机に倒れた。
顔がぶつかる前に、肩を掴んで止める。咄嗟に振るったクェリコの腕が机を掻く。どさどさと机上の本や雑貨がばらけて落ちていった。
「何をしている!」
声を荒げたアンデステンがやってくる。
クェリコを机から離し、落とした物を探るのに夢中になっている今がチャンスだ。テトスはすかさず飾り棚に手を伸ばした。隠し収納を開いて、目当てのものを取り出す。
サッと見れば、小皿の底にマークが描いてある。当たりだ。そのまま、制服のポケットに小皿を隠した。
『できたかしら。おまけで隠ぺいしておいてあげる。無事出たら、連絡して』
そう言うなり、ナーナとの視界の繋がりは切れた。
この共有する魔法は便利極まりないが、長時間の使用ができない。使い過ぎるとナーナの負荷がテトスのほうにも共有される。じんわりと目が熱くなったのはその証拠だった。
「おい! 呪いの確認はもう済んだな。これ以上現場を荒らされてはたまらん」
「ひええ、すみませえん」
かなり手加減したが、衝撃はそれなりに残ったのかもしれない。クェリコが体や足をさすりながら謝る。
「ふん。これだから部外者の立ち入りは困る。所詮学生、素人の集まりだ。カロッタ家には、これ以上捜査の邪魔をするなと伝えておかねば。身分だけの穏健派め」
「こちらもお世話にならないことを祈っていますよ」
つい言い返してしまった。
ぎょっとクェリコがテトスを見る。アンデステンも眉を吊り上げた。
「では、お邪魔しました。おい、戻るぞ」
「は、はっはい。お邪魔しました」
どもりながらクェリコがお辞儀をする。テトスも慇懃に礼をしてから、開け放たれていた部屋のドアをくぐる。そして、もと来た道を引き返した。
最後まで睨みつけられていたが、アンデステンが持ち出された物に気づいた様子はなかった。




