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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
手鳥のおまじない
10/48

8 コウサミュステ女子寮へ



 翌日。

 事件のせいで、ざわめくなか一日の講義が終わる。その帰りのこと。

 カラルミス寮の入り口には、人だかりがあった。

 男女問わず居るが、とりわけ女生徒の黄色い声が目立つ。

 それだけでテトスには誰がそこに立っているのかがわかった。


「やあ、テトス!」


 品のある優美な貴公子を絵に描いたら、この男のようになるのだろう。

 淡い金の髪を一つ結びに流し、長いまつ毛に縁どられた緑の目は澄んでいる。華やかな顔立ちが微笑めば輝くよう、というのはヴァーダルの取り巻きの言である。


「君の活躍を改めて聞いていたところだよ。ああ、この目で見られなくて残念だったな」


 親し気にヴァーダルは寄ってくる。取り巻きたちは、察したように遠巻きになった。そして、ヴァーダルが軽く手を振ると、名残惜しそうにしながらも捌けていった。

 それをにこやかに微笑んだまま見送って、ヴァーダルは言った。


「昨日言っていた、まじないとコウサミュステの話で進捗だ。橋の街の警備隊が来て、寮は物々しくなっているよ」

「そうか、それでどうなった?」

「ふふ、優秀なパトロンたるには当然の働きをしたとも! 我が派閥的にも、あちらに幅を利かせられては困る。という名目を作って、査察を捩じ込んだ」

「話が早い。やるな、ヴァーダル」

「ありがとう。今からでも見てきてもらっていいかい?」


 願ったり叶ったりだ。気がきくなと呟くと、にこにことした輝く笑みが返ってきた。

 ヴァーダルは寮の入り口を振り返って、声をかけた。


「ヘロフィースさん、来たまえ」

「は、はいっ、カロッタ様!」


 転がるように寮の入り口からクェリコが走り出てきた。身に着けている飾りもさらにごちゃごちゃとしている。全部が魔法道具なのだろう。

 忙しない仕草で、身を整えたクェリコがぴしっと起立した。


「参りましてございます!」

「おや、ずいぶんと着込んでいるようだが」

「カロッタ様のご下命ですので、気合を入れましてございます。これで、昨年までに出た呪いであれば選別可能です」


 緊張しているのか、怪しい敬語のままクェリコが答えた。


「ヘロフィースは物持ちだね」

「はい、ありがとうございます」

「テトスも持っていくものがあれば、一つ二つなら問題ないはずさ。手荷物も護身具であるのなら、文句は言わせないとも。むしろ立派で素晴らしい道具を持っていくといい」


 そう言ってヴァーダルはウインクをした。

 なるほど、面子の問題もあるのか。そう納得してテトスは頷いた。


「じゃあ、遠慮なく。すぐ戻る」


 ヴァーダルたちに告げてから、テトスは一足飛びに寮へ入って自室まで向かった。


 同室のベイパーはいないようだ。

 大股で自分のスペースまで進み、テトスは卓上にある通信用の魔法道具に文字を書きこんだ。


『コウサミュステの部屋を探ってくる。解呪士は昨年までの呪いを嗅ぎ分ける。カフスを持っていくから、よろしく頼む』


 ナーナへの伝言をつけて、腰元につけていたカバンを取り外し机に置く。警備隊が出張ってきたのなら、余計な手荷物は咎められかねない。

 その代わりに、ベッドサイドの机の引き出しからカフスを取り出した。

 以前、ナーナが作った通信用の魔法道具である。他人の意識に干渉して直接思考を届けるため、呪いの一歩手前といっていい代物だった。

 魔法の天才を自称するナーナなら、うまく回避して連絡するくらいはできるだろう。それくらいの実力があることを、テトスは認めている。

 左耳にイヤーカフをつけて、軽く指で弾く。きちんと装着できたことを確認して、テトスは手早く身なりを整えてから部屋を出た。


 入り口に戻って、ヴァーダルたちに声をかける。

 テトスが戻ってくるまでに、クェリコは説明を受けたようだ。意気込んでテトスを待ち受けていた。


「推進派閥がいるなら、中立派閥の私と穏健派閥のカロッタ様が介入するべき案件ですからね。お役に立つ良い機会です」

「そういうことだとも。僕が出向くと少々大事になるからね。代わりに頑張ってきてくれたまえ」

「はい! お任せください!」


 両手を握りしめて気合い十分な様子だ。

 テトスが来たのを見つけると、ヴァーダルはこちらを向く。


「準備はいいかい」

「ああ」

「ではよろしく。気楽にね。それと、そうだ」


 ポン、とヴァーダルが手を打った。


「君が聞いていた小皿。我が学園の生徒も橋の街で売り出しているようだよ。警備隊の一部も販路に噛んでいて、ずいぶんな流行りだ」

「まじないはどうだ?」

「うーん、あまり芳しくないね。噂元もはっきりしない。お互い、注意しておこう」


 ヴァーダルは軽く手を振ると、ゆらゆらと後ろ髪を揺らして寮の中へと入っていった。


「さあ、チャジアさん。カロッタ様に任されたからには失敗は許されません!」

「失敗って例えば」


 聞き返すと、クェリコは言葉に詰まった。


「え、ええっと、面子をつぶす……的な……相手に大きな顔をさせない、みたいな?」

「中立派としていいのか?」

「は! 私のことを心配されてますか! 大丈夫です、我が家の生業は無くなっては困るそうなので大抵は流してくれます!」


 それは駄目なのでは。

 喉まで言葉が出かかったが、飲みこんだ。そういう生存戦略という可能性もあるかもしれない。適当な理由を考えて無理に納得したところで、テトスは歩き出した。

 後ろから慌ててクェリコが追いかけてくる。


 生温い風だ。

 大まかに分けられた二つの季節で、現在は暖季にあたる。じきに寒季に向けて徐々に肌寒くなるのだろう。日も今は長く感じるが、あっという間に暗く陰る時期となる。

 テトスとしては一番活動しやすくて過ごしやすい気候だと思っている。

 ざ、と風が吹く。

 それと同時に、ざざ、と似た音が耳奥に鳴る。少しの間を置いて、聞き覚えのある声が響いた。


『──ティトテゥス。あなたねえ、いつもいつも唐突なのよ』


 ナーナだ。第一声から文句なのは、いつものこと。テトスは気にせずイヤーカフを掻く仕草をして触れた。


『急ごしらえだから、私の声だけ伝えるわ。あなたの目へ干渉するのは様子を見てからね。わかったら二回音を立てて』


 カフを二度つつく。


『秀でた魔女である姉がいてよかったわね? 一応、図書館に向かっておくわ。早めに終わらせてちょうだい』


 わざとひっかいた。言われっぱなしの返礼だ。

 クェリコの様子をちらと見たが、テトスの早足についてくるのに必死なようだった。速度を緩めるとひいひい言いながら寄ってきた。


「早く行くぞ」

『後輩に優しくしなさいよ』

「時間は有限だ」


 意外にも根性はあるらしい。クェリコは息を絶え絶えにしながらも、身に着けた魔法道具をガチャガチャ鳴らしながら着いてきた。


 コウサミュステ寮へと続く地下道を抜け、門の前まで行くと、黒い衣服を身に包んだ者たちが立っていた。

 どう見ても学園関係者ではない。警備隊だ。

 いかにも権威があると言わんばかりの胸元にきらきらと輝く紋章のピンバッジをつけている。

 そしてそれを監視するように、学園側の教師も立っていた。紋章美術学教師のフスクスだ。

 ピンと背筋を伸ばした貴婦人は、テトス達を見ると片眉を上げて何か言いたそうにしている。きっと文句を飲み込んだのだろう。一つ小さな息をこぼしてから、小じわのある顔を厳しく変化させた。


「コウサミュステ寮に何用ですか。自寮以外の寮生は原則禁止ですよ」


 きっぱりとした物言いで、フスクスがこちらを睨む。クェリコが緊張に強張らせた顔で答えた。


「えっと、えっとカロッタ様のご依頼により、呪いか否かを調べに参りました」

「チャジアもですか」


 いぶかしそうな視線が向けられる。

 通信魔法で繋がっているはずのナーナは黙ったままだ。おそらくバレないよう、一時的に繋がりを切っているのかもしれない。もしくは、急いで図書館まで走っているのだろう。


「ヴァーダルに言われたので。派閥のクッション代わりです」

「はあ……警備隊のほうへは申し出ているのですか?」

「昨日の時点で、カロッタ家からの触れをいただいております。問題ありません」


 門の見張りをしていた警備隊の男は、直立不動のまま答えた。


「事件現場の部屋で、アンデステン隊長がお待ちです」

「女子寮に異性が入るなど、本来は許されぬことですが……特例ですよ、チャジア」

「もちろんです、先生」


 フスクスの問いかけに、テトスがすかさず返す。よろしいとばかりに、フスクスは顎を引いて小さくうなずいた。それから視線をテトスの後ろへと向けた。


「そちらは新入生の、ヘロフィースですね。気負わずおやりなさい」

「はい、ありがとうございます先生! 一生懸命してまいります!」


 元気よくクェリコが答える。フスクスは表情を和らげて、また一つうなずいてから門の施錠を解いた。

 門の装飾が動いて、その奥へと続く階段が現れる。


「くれぐれも騒ぎを起こさぬように」


 フスクスはそれぞれに目を合わせながら、門の先へと手で示した。





 コウサミュステ寮に入ると、明らかに部外者であるテトス達は注目を浴びた。

 カラルミスの者がなんの用かと興味津々で見てくる中を、テトスは堂々と寮の中を進んだ。


「あのう、チャジアさん。コウサミュステ寮に来たことがあるんですか?」

「そういうこともある」

「四年生ともなれば、他寮内での交流もあるんですねえ」


 適当に返すと、クェリコは感心の声を上げた。


『嘘おっしゃいよ』


 ナーナが呆れた声で呟いている。しかし声を出すわけにもいかないので、テトスは無視をした。

 嘘は言っていない。

 過去に忍びこんだことがあるだけだ。だが、進んで言うことでもない。


「わあ、きれいな寮ですねえ」


 寮に入って現れた全貌に、クェリコがため息をもらして言った。

 コウサミュステ寮は、半円状の丸屋根を持つ大きな保養施設みたいな形状をしている。入ってすぐにエントランスがあり、そこから左右に男女寮に続く道が分かれている。

 芸術家の卵や技術職を志す者が多く集まる寮だからか、凝った美術品のようなデザインが多く見受けられた。螺旋階段で上の階へと移動するのなんて、見た目重視で時間がかかりそうだとテトスには思えてしょうがない。


(用があるのは女子寮だったな)


 目印とばかりに、警備か監視かで目を光らせている警備隊がぽつぽつと立っている。女子寮に続く通路に、男性の警備隊が配置されているのだから一等目立つ。


「テトス」


 それを観察していると、声がかかった。螺旋階段から駆け足で降りてきたヨランが、こちらに向かってきていた。


「よお、ヨラン」

「どうして寮に」

「ヴァーダルの縄張り関係で。ついでに部屋の検証」


 駆け寄ってきたヨランが、クェリコを見る。ぴしっと姿勢よくしたクェリコがテトスをちらちら見ている。誰だと視線が言っている。


「呪い判別係」

「カロッタ家おつきの解呪士となります。クェリコ・ル・ヘロフィースです」


 杜撰な説明から補足するような挨拶をクェリコはした。ヨランはそれを聞いて、「どうも、二年のレラレです」と簡単に返した。


「ヨランは行かないのか」

「女子寮へは普通、行けませんよ。許可も出てないのに無茶言わないでください」

「じゃ、今は忙しいか?」

「聞き取りがやっと終わったので、特には」

「そうか」


 テトスは話しながらカフスを数度掻く仕草をした。

 ヨランはそれを見て、ああ、と呟いた。


「でも、予習しに図書館に行こうかと思っていたんです。予約していた本も入ったみたいですし」

「へえ、まあ、頑張りすぎるなよ」

「はい……ではまた」

「おう」


 軽く言い交わして、ヨランはまた螺旋階段を駆けあがっていった。荷物を取りに行ったのだろう。


『ヨランが来るのね。了解』


 ナーナにも意図は伝わったようだ。

 テトスはクェリコに視線を向けて「行くぞ」と声をかけた。




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