5歳児たちの婚約破棄
「5歳児の会話にしては、語彙力、高くない?」と感じるかもしれませんが、ご容赦ください。
「ぼく、クレアとの婚約、破棄する!」
広間に響き渡る高らかな宣言だった。金色の髪の毛をなびかせながら、第三王子リュシアン・ド・ナイヤネン5歳は、そう言った。
「……はい?」
呆気にとられたのは、侯爵令嬢クレア・ド・コニアルン5歳だった。栗色の髪をツインテールに結び、ピンクのフリフリドレスを着ている。手には食べかけのクッキーを持っていた。
「クレア、君はポロポロお菓子をこぼすし、いつもくれるクッキーは食べかけ……。笑うと『ヴォー、ピギー』とか鼻が鳴るし、木登りしてリスと戦ってばかりいる…… 全然、お姫さまっぽくない!」
「うん」
「それに、昨日、ぼくがもらった泥団子は、犬のフンだったじゃないか! ぼくは怒っているんだ!」
「うん」
「ぼくはもっと、おしとやかで、ぼくを『リュシアンさま~』って呼んでくれるようなお姫さまが好きなんだ。母上が読み聞かせてくれた、絵本に出てくるようなお姫さまが好きなんだ。だから、そんなお姫さまと婚約する!」
「うん」
「だから、クレアとの婚約は破棄!」
「……」
クレアは何も言わず震えていた……。
「……えっ、泣いてるの?」
「と……」
「え?」
「トイレに行きたくなっちゃった~」
数分後
「で、リュシアン、何の話だったっけ? 私がクマを素手でやっつけた話?」
「いや、そんな話してないよ! ていうか、クレア、素手でクマを倒したの!?」
「そうそう、指で挟んでプチって」
「ゆ、指!? クマを? 指で挟んで潰したの!?」
リュシアンは、焦っていた。目の前にいる幼女が「クマ殺し」のクレアなら、自分を簡単に殺せると思ったからだ……。
(や、ヤバい…… クマを素手で倒す子に、『婚約破棄だ』なんて、言っちゃった……。ど、どうしよう…… ぼくもやられちゃう…… 『プチっ』とやられちゃう……)
リュシアンは、オシッコを漏らしそうなほど、震え上がっていた。
「あ、まちがった、アリだよ、アリ」
クレアのその言葉を聞いて、リュシアンは安心した。
「は、はは…… そうだよね…… アリだよね……。と、とにかく、クレア、君とは婚約破棄だ!」
「……うん」
そう言って、にっこりと笑ったクレアは、ぽりっとクッキーを食べた。そして続けて、こう言った。
「じゃあ、婚約破棄ってことで! ありがと! これで、1人でクッキーが食べられるわ~」
ぺこりと頭を下げて、スタスタと広間を出ていく。アリの大群を引き連れながら……。
「……あれ?」
なぜだろう。リュシアンの心には、ぽっかりと穴があいた。
それから数日後……
「なんか、つまんない」
広い庭園にぽつんと座って、リュシアンはぶつぶつ呟いていた。
クレアが来なくなってからというもの、誰も木に登ろうって言ってくれないし、サバイバルゲームもしない。クレアの代わりにやってくるのは、おしとやかなお姫さまたち。みんな同じようなふわふわドレスを着て、おままごとばかり……。
「『リュシアンさま~』って呼ばれても、なんかむずむずするし……」
そのとき、「ガサガサ!」と茂みが揺れた。
「いたーっ! あたしのクッキー返せー!」
現れたのはクレアだった。顔を真っ赤にして、手には枝を持っている。どうやら、木の上のリスにお菓子を盗られたらしい。
「ク、クレア……!」
思わず立ち上がるリュシアン……。
「……あっ、見つかった」
「うん。ぜんぶ見てた。木の上に向かって叫んでた」
「えーっと、その、ちがうのよ。これは、えーと、伝説の聖剣エクスカリバーを探していたのよ!」
「うそだ!」
「うそよ! それが、なにか!?」
「……クレア」
「なに?」
「やっぱりぼく、婚約破棄したのやめる」
「……は?」
「いや、えーと……婚約破棄、取り消しする!」
「え、なんで?」
「クレアいないと、つまらない。お姫さまたち、だれもリスと戦ってくれない。あと、クレア、笑ったとき豚みたいに鼻鳴るの、かわいいと思うようになった」
「へ……へんなの!」
クレアは真っ赤になって、顔を両手で隠した。
「ぼくとまた婚約してくれる?」
リュシアンは、震えた手をそっと差し出した。クレアは、小さな手でそれをがっちりと握った。
「……うん。いいよ。でも、また婚約破棄したら、次はリュシアンのクッキーぜんぶ犬のフンになるからね!」
「え、それはマジやめて……」
「あと、アリのようにプチっとするからね!」
「それも、マジでやめてください……」
ふたりは顔を見合わせて、けらけらと笑った。
それから数年後。
リュシアンとクレアの仲は変わらず、いや、むしろ以前よりも仲良しになっていた。
王宮では「最強のバカップル」と呼ばれ、将来を心配されることになったが……。
「リュシアン様~、お茶はいかがですか?」
「おっ、クレア、ぼくのためにクッキー焼いてくれたのかっ!」
「うん! でも焼いてるときにつまみ食いしすぎて、ちょっと小さくなった!」
「それでもうれしいっ!」
(リア充、爆発しろ!!)
そんな二人のやりとりを、使用人たちはそう思いながら、温かく見守るのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。
2025.4.26 追記
クレア視点の話を投稿しました。
https://ncode.syosetu.com/n4616kj/
ぜひ、お読みください!