第1章 第9話 ダンジョン(観光用)へ
通常のクエストと違い、今回の目当てのダンジョンは町の中にある。
何日もかけて移動しなくてよいのは、大変助かる。何しろ乗合馬車で最寄りの停留所まで行けば、すぐなのだ。
二人で幌馬車に乗り込み、長椅子の席に座る。
馬車に揺られる道すがら、俺はアイリスに疑問をぶつけてみた。
「で、なんでこのクエストを受けたんだ? 最初のクエストとしてはお手軽ってのもあるけど、もっと高難度なクエストがいいんだろ? 俺の等級で受けられる範囲でだけど、他のクエストもいろいろあっただろ」
「とりあえず久しぶりにダンジョン探索したいなあって。でもダンジョンは遺跡でもあるから、滅多なことじゃ破壊しちゃいけないでしょ?」
「ああ、戦闘で傷つけちゃうことはあるよな」
「だけどここはほら、最近できた観光用のアレだし、壊しちゃダメっていう条件も無かったし。爆発系の魔法を使ってダンジョンの壁を壊しまくって行けるから、楽だなーって」
「え!? 壁を!? 壊すの!?」
「狭いとこあんま好きじゃないしね」
よく理解らない理由でダンジョンを壊すと宣言するアイリス。
「大丈夫かな、怒られないかな」
「依頼書の達成条件に書かないほうが悪い」
「普通は壁なんて壊さないから、そんな条件付いてないんじゃないですかね?」
続いて俺は、当然の疑問を口にする。
「ていうかそれって……探索っていうのかな?」
「日帰りのクエストにそこまで期待してないよ。ダンジョン進んでお宝ゲット。雰囲気楽しむだけだもん」
「日帰り? 何日かかかるんじゃないのか? フロアは結構広いし、5階層まであるぞ? 敵がどれくらい出てくるか次第じゃないか?」
「敵なんていないも同然だよ。私を誰だと思ってんの?」
「大した自信だな」
「腕に自身がなきゃ冒険者なんてやってないでしょ、おっと」
「俺の等級について、何か言いたことがあるなら聞こうじゃないか」
久しぶりの冒険で気分が良いのか、そんな軽口まで叩いてくる。
まあ、アイリスにはそれくらいの腕は間違いなくあるし、俺でも受けられるクエストで遅れを取るなんてことはないだろう。
そこは心配してないんだが。
なんか引っかかるんだよな。妙な、違和感……?
……
あちこち停車しながら、揺られること20分。
ダンジョン最寄りの停留所で下車すると、そこは森の入り口だ。
そこから徒歩10分。森の中の散策路を歩くと、ほどなく開けた場所に出た。
辺りを見渡すまでもなく、俺たちはダンジョンの入口を見つけることができた。
何しろ街の名物にしようとしていたくらいだ。途中に案内の看板もあったし、ここにも『入口はこちら』と立て札が立ってる。
ダンジョン入口は、地面に作られた鉄の扉で塞がれていて、今は鍵がかかっている。
俺はギルドから受け取った鍵で、その扉を開けた。
扉は二重になっていて、外側のほうが頑丈になっていた。魔物が出てこれないように、新しく追加されたものだろう。
扉を開けると、すぐに石の階段が続いていた。外の光で、ある程度先までは見える。
俺たちはアイリスを先頭に、その階段を降りていく。
何かあったときに邪魔にならないように、俺は後ろを付いていくことになったのだが、別にそれを恥とも思わない。そんなプライドで死んだら、そっちのほうがよほど恥だ。
……多少、情けないとは思うが。
依頼書にあったとおり、ご丁寧に、階段にもフロア全体にもライトニングの魔法が施されていて、ほんのり照明が利いている。これなら念のため持ってきた松明を使うこともないだろう。
階段を降りきると、石畳と石の天井が広がっていた。
石づくりのダンジョンか。手づくりにしてはなかなか雰囲気が出ている。
その最初のフロアを少し進むと、石壁が見えてきた。
「じゃあ、下がってて」
アイリスは俺に注意を促す。
基本的な作戦はすでに立てていた。支柱にするために必要な箇所は残しつつ、爆発魔法で壁を破壊しながら進んでいく。
最初聞いたときは『なに言ってんだこの人』と思ったが、狭いのが嫌というだけでなく、索敵が楽になるからということだった。
依頼主の要件は、魔物の殲滅。であれば撃ち漏らしを防ぐために、障害物である壁を取り除いてしまうのは、確かに有効な方法だろう。
まあ実際には、数少ない魔法使いの中でも爆発系の魔法を使える者はさらに少数だし、まして連発できるやつなんてまずいない。通常ならまったく考えもしないような、非現実的な作戦だ。
アイリスみたいなのが一緒にいるときにしか使えない、極めて例外的な攻略法といえる。
爆発魔法は、石壁の中で発動させる。
炭鉱とかで、壁に穴を開けてダイナマイトを埋め込んで爆破したりするが、あれの応用だ。
俺が後ろに下がったのを確認すると、壁から大きな破裂音が響いてきた。
バアン!!!
轟音とともに壁が崩れ落ちる。そこには2m四方の穴が開いていた。
いかに爆発系の魔法でも、外側からではこうはいかないだろう。内側からの破壊がこれほど凄まじいとは。
そうして、片っ端から壁を破壊していく。
詠唱もなければ、手をかざしたりもしない。ただ普通に歩きながら、どんどん爆破していく。
バアン!!! バアン!!! バアン!!!
希少で貴重な爆発魔法を、惜しげもなく、ダンジョン破壊のために使うなんて……。
轟音から逃れるために、二人して耳を塞ぎながら進む。
ときおり足を止め、ダンジョンの設計書に目を落とす。今回は設計書がそのまま地図として使えるから楽だ。
敵が強かった場合は、せめてマッパーでもやろうとしてたのに、これだと本当にただの荷物持ちだな。
アイリスがふと足を止めて振り返った。
「この壁の向こうに魔物がいるから気をつけてね」
「え? なんで判るの?」
「敵探知の魔法だよ。冒険者ならそれくらい知ってるでしょ?」
そう言ってアイリスは、少し呆れ顔を見せる。
「ああ、聞いたことはあるけど、今までそんな高度な魔法使えるやつと組んだことなかったからな」
ダンジョン探索や夜間での冒険において、索敵魔法があればどれだけ助かるだろう。だが爆発魔法よろしく、そんな魔法が使える魔法使いもほとんどいないのだ。
「壁の向こうの敵まで判るなら、安心だな」
「フロア全体の敵も判るよ」
「は!?」
「なんなら最下層まで判るけど、そんな先の敵、いま見えてもしょうがないから」
「マジですか……」
もうこれ、冒険っていえなくないか?
この子一人いればよくないか?
そんな疑問が湧き上がってくるが、敵がいるとなればそんな悠長なことは言っていられない。
「ちょっと待っててくれ」
壁を壊した後に始まる戦闘に備えて、俺は剣を抜く。
今回俺が装備してきたのは、短めの両刃剣だった。
狭いダンジョンで、パーティーでの探索とくれば、小振りな剣のほうが扱いやすい。
そしてどちらかが刃こぼれしても、両刃ならもう片方で戦える。
アイリスは俺が剣を構えるのを、なぜか不思議そうに確認すると、爆発魔法を行使した。
轟音、瓦解する壁。
そしてその向こう側に。
ゴブリンが、3、4、5体。
全部、死体だった。
「あ、あれ? 今の爆発で倒したのか?」
いや、それにしては外傷が見つからない。初めから死んでいたとか?
「ふふん♪」
アイリスは指先に炎を灯しながら、得意気な顔でこちらを見ている。
「脳梗塞の魔法だよ♪」
「ファイアの魔法な!」
不謹慎な魔法だ、と思ったのも束の間、俺はその出来事に驚愕する。
やったのか、あの一瞬で。5体のゴブリンの脳内で、同時にファイアの魔法を発動させたのだ。
呻き声一つ立てさせずに。
どこまでも空恐ろしい技術。とんでもない魔法使いだ。
まあとはいえ、俺一人でクエストをこなしていることになっているのだ。剣で倒したことにしないと、後々おかしな話になる。
俺は振りかぶった剣で、ゴブリンの死体に切り傷を付けていく。
ザクザク
ザクザク
ザクザク
ザクザク
ザクザク
ふと視線を感じて顔を上げると、アイリスがうんうん、と頷きながら、無表情でこちらを見ている。
「?」
「ゴブリンの死体に剣を突き立てるだけの簡単なお仕事です」
「やかましい!」
くっ、こんな作業のために用意した剣じゃないのに!
考え抜いて選んだ剣が、証拠捏造のために使われていることに、冒険者として思うところがないわけではない。でもそれ、考えないようにしてたのに!
あらかた傷を付けると、一つの疑問が浮かんできた。
「ん? 敵探知できるなら、壁破壊する必要なくない?」
「だって任務完了したあと、確認部隊が来たときに、確認に手間取るでしょ? そのあいだ次のクエスト受けられないし、待つのだるいし。それに帰りは最短距離でまっすぐ帰れるから、楽だよ」
「はあ。なんかもう、ダンジョン攻略の発想が違うな」
その後も壁をぶち破り続け、ときたまゴブリンの死体に剣を突き立て、アイリスの生温かい視線を受け止めながら、フロアをクリアしていく。
たまにゴブリン以外の魔物が出ることもあったが、依頼書にあったとおり、低レベルな魔物ばかりだった。
それにしてもこのダンジョン。
観光向けというだけあって、安全性や快適性も考慮されているようだ。
階段の降り口には階数が表記されているし、休憩用の椅子もちらほら見かける。
あ、消毒スプレーまであるぞ。『ご自由にお使いください』、じゃねえよ。
それを見たアイリスが、呟くようにぼやく。
「いくら観光用っていっても、これはどうなのかしら」
あ、ご機嫌が斜めになりかけてらっしゃる。
そのうち広告看板なんかも出てきたら、それこそ雰囲気ぶち壊しだ。アイリスの機嫌がますます悪くなるかも知れない。
クエストを楽しめるならってことで許してもらったのに、これでは俺の命に関わる。
何か適当な話題で気を逸らそう。
「ダンジョン探索のときって、女の子はトイレとかどうしてんの?」
「雰囲気ぶち壊しだよ」
「ごめんなさい……。殺さないで……」
「はい!? 君、私のことなんだと思ってるの!?」
さすがにそこまではしないか。
「一生サイレンスくらいなら考えるけど」
すぐサイレンス使いたがるの止めてほしい。