第1章 第8話 初めての冒険
こうして自称世界一の魔法使いを仲間にした俺は、ギルドでクエストの一覧をもらってくることにした。
まずはお近づきの印に、一緒にクエストをこなそうという趣向である。
もちろんクエストはアイリスに選んでもらうが、彼女はギルドに顔を出しにくいので、まずは俺が受付で依頼書の複製を取ってもらい、それを元に一緒に検討する運びだ。
もっとも、今日はもうギルドには戻りたくないので、後日ということになったのだが。
日を改めて、朝イチでギルドへ向かうと、すでに何人かの冒険者が来ていた。みな普段着だ。
当たり前のことだが、受ける依頼があるかどうかも判らないのに、わざわざ装備を整えてくるやつはいない。
家が遠いやつはそのまま出発できるように準備してくることもあるが、そういうやつは大抵、金を払ってギルドのロッカーを使わせてもらっている。
装備品を保管してもらい、そのまま出発できるようになるので便利だ。
俺はカネが無いからやらないが。
そんなわけで、クエスト報告で立ち寄る際にしか、冒険者らしい格好をした者を見ることはない。
今日もいつもどおりエレナさんが対応してくれた。
「いま出てるクエストで、俺が受けられるやつ、複製を頂けますか? 家に持ち帰って検討したいので」
「分かりました。少々お待ちくださいね」
俺の等級では、本格的なクエストはほとんど受けられないが、あまり強力な魔物が確認されていないものなら、探索系のものも案内してもらえる。
テーブルで待っていると、エレナさんが数件の依頼書の複製を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「珍しいですね? パーティーでも組まれるんですか?」
長い付き合いだ、さすがに察しが良い。
「い、いえ、そういうわけでは。たまには、普段受けないようなやつとかも、見てみようかなあって」
いつもはオススメしてもらった依頼を、その場で検討して決めている。依頼書の複製を取ってもらうなんてのは、パーティーメンバーと一緒に検討するときくらいだ。
今回みたいに。
もちろんそんなことは内緒である。
「そうですか。ご希望に沿うものが見つかるといいですね」
エレナさんの言葉に若干、心を痛めながら、俺はギルドを後にした。
……
その日の午後、待ち合わせのカフェにて。
俺とアイリスは、カフェの席に座り、テーブルに広げた依頼書を読み込んでいた。
場所は俺たちが初めて会った、あのカフェだ。あんまり良い思い出は無い場所だが、ギルドから近いので、便利ではある。
「何か希望はあるか?」
俺が質問すると、アイリスは依頼書をペラペラと捲りながら、顔を上げずに答えた。
「ダンジョンに関するもの、ある?」
俺は依頼書の中から1枚を抜き取り、アイリスの前に広げた。
「なら、これだな。オーソドックスなお宝探しだ。ざっくり概要を説明すると、『街の名主が地下にダンジョンを作って名物にしようとしたら、ほんとに魔物が棲み着いた。その魔物をすべて倒せば、ダンジョンの最下層に配置したお宝をもらえる』って話だ」
アイリスはその依頼書に目を落としながら、感想を口にする。
「ずいぶん間抜けな話だね。でもまあ、パーティー組んで最初のクエストとしては、ちょうどいいかな」
「そうだな。冒険者気分を味わうための観光用のダンジョンだから、危険なトラップとかも無いし」
何かあっても自称世界一の魔法使い様が助けてくれるとは思うが、不意に発動するトラップとかには反応できないかも知れない。『君が致命傷を受けても、一瞬で回復させられるよ』とアイリスは豪語するが、即死したらジ・エンドである。
トラップなんて無いに越したことはない。
アイリスは何やら思案顔をしたあと、ポツリと呟いた。
「お宝だけ戴くってことは、できないのかな?」
「……」
冗談で言ってると信じたいが、知り合ってすぐだ。アイリスの性格はまだよく判らない。ほんとにやろうとしてたら、とばっちりを受けるのは俺なのだ。やんわりと止めなければ。
「それって反社会的なんじゃないですか?」
「生意気ね。荷物持ちさん」
「なに言ってんだ。これくらいのクエストだったら、俺だって少しは戦えるし、役に立つよ。見ろよ、大した魔物も報告されていない」
依頼書には、ゴブリンを始めとして、駆け出し冒険者でも対処できるレベルの魔物しか記載されていなかった。
「君もそれなりに経験のある冒険者だろうから理解ってると思うけど、こういうのは話半分にしなよ? 想定外の魔物が出ることだってあるんだから」
「理解ってるよ、ピンチになるときはいつもそのパターンだ。油断はしない」
「ならよろしい」
ということで、初のクエストが決定した。
ダンジョン(観光用)攻略である。
二人でカフェを出ると、そこでいったん別れる。
アイリスは家に帰り、俺はクエスト受注の手続きをするため、ギルドに向かった。
……
ギルドに入ると、エレナさんは何か他の作業をしていたようだが、手を止めてこちらを対応してくれた。
俺はエレナさんに、くだんの依頼書を手渡し、受注したい旨、伝える。
「はい、このクエストでしたら、まだ有効ですよ。それでは手続きしますね」
エレナさんは手早く作業を進める。
他の冒険者に先を越されてはいなかったようで、無事受注できた。
「手続き完了しました。いつでも取り掛かっていただいて結構ですよ」
「分かりました」
エレナさんは続けて俺に伝える。
「依頼書にない強力な魔物がいるかも知れません。十分気を付けてください」
「はい、ありがとうございます」
冒険者家業は、自己責任である。
自ら命を危険に晒しに行く者に、受付スタッフがわざわざ注意してくれたりはしない。
エレナさんは、その中の例外だった。
「それじゃ、行ってきます」
「はい、ハルさん。お気をつけて」
ソロで依頼を受ける俺を、エレナさんはいつも心配してくれる。
今回もソロで受けるのだが、実際にはアイリスに付いてきてもらう、というか俺がアイリスに付いていくわけだ。
エレナさんを騙してるようで、ちょっと気が重い。
早く帰って、元気な顔を見せてあげよう。
……
そんなこんなで。
その日は準備に費やし、日を改めて、二人でダンジョンへ向かうことになった。
今日はいよいよ、俺たちのパーティー、初クエストの日。
俺は動きやすい革の鎧と、鞘に収めた剣という、いつもの装備に身を包んでいた。
薬草や毒消し、包帯。火打ち石、松明も忘れない。
アイリスの魔法でどれも代用できるのだろうが、万が一ということもある。こんなことで手を抜いて死んだら、それこそ死ぬほど恥ずかしい。
アイリスとの待ち合わせは、いつものカフェだ。
先に待っていたアイリスが、軽く手を挙げる。座る席も定位置になってきた。
「お疲れ」
「お疲れ。……あれ? その格好で行くのか? 装備品とか、少なくないか?」
「大したクエストじゃないから。水だけ持っていけばいいよ」
どう考えても軽装、というか、街中を歩くときのような格好だ。いつもの普段着。荷物は、水が入った小さなバッグだけ。
「もしものときとか考えたら、最低限の荷物は持っていったほうがいいんじゃないか?」
そう言ったのだが。
「その荷物が邪魔になって魔法の行使に支障が出るほうがリスクだよ」
と返されれば、何も言えない。
アイリスは見た目、華奢な女の子だ。確かに荷物を担いで体力や精神力を消耗するほうが問題かも知れない。
それにしても、服はもうちょっと冒険者っぽくてもいい気がするが。普段着でダンジョンって。
だがアイリスは、
「いいから早く行こう? 久しぶりの冒険だから、ちょっと楽しみ♪」
まるでピクニックにでも行くかのように、そう言うのだった。