第7章 第2話 エレナとの関係
「ハル君、エレナさんとは長い付き合いなんでしょ? なのにいまだに敬語なんだね?」
「あー、そういえばそうだな」
俺が紅茶を啜っていると、アイリスがエレナさんのことを話題に出した。
いつもどおり、ギルド近くのカフェで時間潰し。
ギルドが開くのを待ちながら、のんびり雑談するのが常だ。
「出会って最初のころは、俺もガキンチョだったし、年上の女性ってこともあって緊張してたんだよな。その癖が抜けないというか」
「ふむふむ、ハル君は年上好み、と。カキカキ」
「違うから。メモを取るんじゃない」
エア筆記用具でメモに書き留める振りをするアイリスを制止すると、俺は補足を入れる。
「あとはまあ、『冒険者と受付スタッフ』っていう、立場を弁えないとってのもあるかな」
「エレナさんも同じ考えなのかな? あっちも敬語だもんね?」
「そうなんじゃないかな」
俺は再び紅茶に口をつけながら、そう答えた。
エレナさんは他の受付スタッフと比べると、だいぶ親身になって対応してくれる。
いや、他の冒険者に対してもそうしてるのかは判らないが、少なくとも俺は駆け出しのころから大いにお世話になっている。
付き合いも長い。
だがそれでも、いや、だからこそ、親しき仲にもってやつが必要なのかなとも思う。
俺の返答を聞いたアイリスは、ふむん、と相槌を打つと、再び問いかけた。
「……もう少しフランクに話したいって思うこと、ない?」
「え? フランク? うーん、そうだなあ……」
今さらそんな軽い感じで話せるようになるものかね、とは思いつつ、少し想像してみる。
エレナさんが……。俺に……。気のおけない感じで……。
……
ギルドの受付で、いつも通り、受注手続きをしてもらって。
(ハル、気を付けて行ってきてね♪)
とか言って送り出してくれるのか。
で、俺も、
(ああ、なるべく早く帰るよ)
なんて言って。
(お帰り、ハル! もう、遅かったじゃない! 心配したんだからね! ……バカ)
お、おお……! これは……!!!
(ね? ご飯にする? お風呂にする? それとも……。……バカ)
うおおおおおお!!!
……
「……いやらしい」
「なんでだよ!」
アイリスが一言で俺の妄想を打ち破った。
なんてことするんだ。
あとちょっとだったのに。
「フランクにって言っただけだよ? なに妄想の中で新妻ムーブさせてんの」
「な!? なんで分かったんだ!?」
「あれだけニヤけてればね」
「え? え? うそ、ニヤけてた?」
俺は自分の顔をペタペタと触って、だらしない顔になってないか確認するのだが。
「嘘だよ。まさかほんとにそんな妄想してたとはね。はあ、やれやれだよ」
アイリスは呆れたように、肩をすくめながら両の手のひらを持ち上げた。
「こいつ……!」
朝っぱらから男心を弄びやがって……!
もちろんエレナさんを変な目で見たりしたことはない。散々お世話になってるんだし。
今のはアイリスに促されたから、そういう場面が思い起こされただけだ。
誰だって『フランクに』とか言われたら、想像の行き着く先は新妻ムーブに決まってる。
断じてやましい気持ちなんかない。
そういえば、アイリスはエレナさんのことをどう思ってるんだろう。
パティシエ解放、クエスト中の水浴び問題、そしてクエスト参観の件で、なんか仲良く、っていうか、結束が固くなってるように見えるけど。
共通の敵を前にすると団結力が強まるっていうけど、それなのかな。
……それだと俺も敵になるんだけど。
以前、アイリスがエレナさんを尊敬してると言っていたのを思い出す。
自分がしてこなかったことを、エレナさんは地道にこなしてきた、と。
アイリスがエレナさんについて話すときには、なんとなくそんな想いが滲んでいるような気がする。
「で、敬語はどうするの?」
俺が物思いに耽っていると、アイリスが話を戻した。
「うーん……まだまだ中堅の俺が……うーん……」
「別に悩むようなことじゃないでしょうに」
アイリスはそう言うが、急にタメ口とか、ハードル高いなあ。
「ま、まあ、昇級したら考えようかな」
「その前にお爺ちゃんになって冒険者引退してるわ!」
「……おお」
珍しくアイリスの方からツッコミを入れてくれた。
いや、ボケたつもりなかったんだけど。
どうやらアイリス的には、俺はD級止まりの冒険者らしい。
「アイリス。俺がC級になんかなれるわけないって思ってるだろ?」
「そんなことないよ。頑張れば来来来世くらいには……あるいは……うーん……厳しいか……?」
アイリスは腕組みしながら真剣に悩んでる振りをする。
別に昇級なんかに興味はないが、なんか腹立つな。
「そんなこと言って、俺がC級になれたらどうしてくれるよ」
「デートしてあげるよ」
フフンと鼻を鳴らし、アイリスはこともなげに言い放つ。
やっぱり昇級なんてできないと思ってるな。
いやその前に。
「俺がデートしたがってる体で条件を出すんじゃない」
「えー、私とのデートだよ? そこは死に物狂いでC級目指してほしいんだけど」
口をとがらせて不満を口にするアイリス。
ずいぶんと自己評価の高い魔法使い様だこと。
朝からそんなしょうもない雑談で時間を潰していると、もうギルドが開く頃合いだ。
お互いブツブツ言いながら紅茶を飲み干すと、俺たちは気の抜けた状態でギルドに向かう。
だが、気を抜いてなどいられないクエストが、そこに待っていたのだった。




