第1章 第6話 仲間になった魔法使い
「いつまでも片腕じゃ、気分が良くないでしょ?」
「え?」
途端にハルの肩から、失った腕が生えてきた。1秒にも満たない時間で、完全に。
「う、うあ!?」
驚きが止む間もなく、女は続ける。
「あれはもう燃やしちゃっていいよね?」
「へ? え?」
女が床に落ちていたハルの腕を指差すと、腕が一瞬だけ真っ赤に染まり、次の瞬間、跡形もなく消えていた。
床には焦げ跡さえ無い。
「……」
「腕はヒールで新しく付けたから。ちゃんと動くでしょ?」
恐る恐る動かすと、当たり前のように動く。よく見れば、元々あったはずの傷跡も、綺麗に無くなっていた。
次から次へと、人知を超えた現象が立て続けに起こる。もはや驚きも恐れも麻痺してきた。
「最初のヒールは、止血のためだったんだな」
「あと痛み止めね。話ができないと困るし」
欠損した四肢を回復させる治癒魔法など、白金等級の魔法使いでも使える者はわずかと聞く。
さらに恐るべきは、腕の処理だ。
水分を多く含んだ肉体を、一瞬で灰も残らず消し去った。数千度の熱を出す、炎魔法。しかも炎の影響を、腕の周り1mmにも満たない範囲で収めているのだ。
そのどちらもを、無詠唱で。
想像以上だ。
「仲間になってくれるのか?」
「そうじゃなきゃ、腕なんか治さないでしょ?」
「そうだな。あ、ああ、えと、ありがとう? でいいのかな? 腕のことも」
仲間になってくれる。命が助かっただけでなく、当初の望みが叶ったことに、ハルはようやく人心地ついた。
「いいよ、お礼なんて。いま気づいたけど、腕の服、燃やしちゃったし」
「あ!」
片腕だけ丸出しの、イカれたファッションになってしまった。
今日はこれで家まで帰るのか……。
さすがの無詠唱者も、燃やしてしまった服は戻せないようだった。
……
命の危機を脱し、念願の最強魔法使いのパーティーへの勧誘に成功。それだけ見れば、ピンチをチャンスに変えたとも言えるが。こんなのは、二度とごめんだ。
落ち着こうと紅茶を一口飲もうとし、思わず全部飲み干してしまった。飲み終わって、ハルは改めて、自分の命がかろうじて助かったことを実感する。
「じゃあ、あの、今後のことを話したいんだけど」
「伺いましょうか」
「えと、まず疑問なんだけど、ギルドでよくクエストの張り紙見てたけど、冒険者じゃないってことは、ギルドに登録してないんだよな? それだと依頼を受けられないだろ?」
ハルは最初に浮かんだ疑問を口にする。
冒険者でないとクエストは受けられない。当然だ。にもかかわらず、あんなに熱心に張り紙を見ていたのはなぜなのか?
「問題はそこなんだよね。クエストの内容見てさ、面白そうな遺跡があるなーと思って行ってみたら、そのクエストを受けた冒険者とかち合いそうになったりするわけよ。こっちは正体バレたくないから、そんな危ない橋は渡れないの」
「そうか。クエストは受けたいけど、魔法使いであることはバレたくないから、冒険者に登録できなかったんだな」
「そ」
それでいつも、寂しそうに張り紙を眺めてたんだな、と思いつつ、それは口にしない。
「あ、じゃあパーティーに加わってくれれば、あんたが受けたいクエストを俺たちで受けられるな」
「そう、それが提案できてれば60点だったね」
「残り40点は?」
「限定スイーツ」
「配点おかしくないか……?」
女の子にとって、スイーツというのはやはり重要なものらしかった。
「ま、まあいいや。それで、どんなクエストがしたいんだ?」
「まあ気分によって変わるし、依頼書見て、良いなと思えるか次第だけど。なんかこう、冒険してるって感じのがいいな。遺跡の発掘、ドラゴン討伐、お宝探索、古城の探検。そんな感じの」
「なんか、難易度高そうなのが多いな……。言っておくけど、俺が窓口になって依頼を引き受けるわけだから、俺の等級で受けられるものに限られるぞ。それも、他の連中とパーティー組むわけにいかないから、ソロで行けるやつ」
「下水掃除とか?」
「バカにすんな! オークぐらいだったら倒せるわ! ……ギリだけど。1匹だけだったらだけど。準備に1週間くらいかければだけど」
女は左様でございますか言わんばかりに、無視して紅茶を口に含む。
「ところで、あなたのパーティーメンバーに、なんて言って説明する? 私、事情を知ってるあなたとしか組めないよ?」
「なに言ってるんだ……。さっきあんたが……」
「殺してないよ。その気になればできるけど。その人たちとのクエストとは別に、ソロでも受ける感じ?」
殺してない。やっぱりそうだ。良かった。
あまりの急展開に失念していた彼らのことを、ハルはようやく思い出した。
ほうっと安堵の溜め息をついてから、ハルは答える。
「え、えっと……実は俺、ソロでやってて、たまに臨時のパーティー組むことはあるんだけど……」
「ん? どういうこと? じゃ、あの人たちは? 臨時?」
「パーティーメンバーというか……パーティーになって欲しいメンバーというか……」
ハルは目を泳がせながら答える。
そんなハルを見て、女は半ば呆れ気味にジト目を向けた。
「そんな嘘までついて……」
「だってほんとに俺のこと殺すつもりだったじゃんか!」
「そこまではしないよ。一生喋れなくするくらいだよ」
「ひいっ!?」
一生!? 今一生って言ったかこの女!?
「え? 今までギルドでトラブル起こしてた連中も?」
「みんな死ぬまで喋れないよ。そういう条件付けでサイレンスかけたから。あと死ぬまでデバフも」
死ぬまで効果が続く魔法なんて、聞いたことないぞ!? 一生サイレンスとデバフって、容赦ねえな……。
つまりそれは、残りの人生を、重度の障害を負って生きるようなものだ。あっさりそんなことを口にする女に、ハルはまたも戦慄した。
「ガクブル」
「言っとくけど、私、ああいう反社会的な連中にしかこんなことしないからね? あんまり怖がらないでほしいんだけど」
「俺、そんな反社的に見えました……?」
「反わたし的ではあったね。あと」
「あ、なんでしょうか」
「これからパーティーの仲間なんだから、名前で呼んでほしいんだけど」
「あ、そうですよね。お名前、伺ってもよろしいでしょうか」
「アイリスだよ。あと、その敬語も気に食わない」
「よろしくな! アイリス!」
アイリスはまたもハルにジト目を向ける。
「……ふう。それで? あなたは?」
「ハルだよ」
「よろしく、ハル」
これからいろんなことを知っていく二人が、まずはお互いの名前を知った瞬間だった。