第4章 第17話 アイリスの反撃
ふたりとも口を利かずに、馬車に揺られて帰途につく。
街に着くと、アイリスはそのまま、無言で家に帰っていった。
結局、二人の初めてのクエスト報告は、俺一人で行うことになったのだ。
俺は馬車を業者に返すと、いったんギルドに顔を出して、ざっくりと成果を伝える。
「お疲れ様です、ハルさん」
「お疲れ様です」
「どうでした?」
「人魚の鱗、貰ってきました。ちょっといろいろあったんですが、譲ってもらえて」
「そうですか、良かったです。あの、アイリスさんはご一緒では?」
「あ、えと、疲れたから先に帰ると言って。今日は俺だけです」
「……そうですか」
エレナさんは俺の様子に何か感づいたようだったが、何も言わなかった。
俺は辺りを伺うと、声を落としてエレナさんに追加報告をする。
「あと、クラーケンとリヴァイアサンを討伐しました」
「……えー、はい、それは、なんというか、お疲れ様です」
デーモンロードに続き、神話級の怪物を2体、討伐した。
こんな報告が小声で行われていたことを、当然、周囲の冒険者は誰一人知る由もないのだった。
ついでにいえば、この2体はクエストとは無関係なので、報酬に上乗せされたりもしない。
「詳細はこれからまとめます。後日、持ってきます」
「はい、お願いしますね。ゆっくりでいいですから。お疲れ様でした」
そのまま家に帰って、クエストの内容を報告書にまとめる。
匿名カードのおかげで、ギルドにはアイリスの力量を開示できるようになった。そのため、事実をそのまま記載してよくなったのはありがたい。
矛盾が無いように頭を使うのも大変だが、そもそもエレナさんやギルドに嘘をつきたくないのだ。
……
数日後。
提出前に報告書に目を通してもらうため、俺はアイリスの家に寄った。
「報告書の確認、良いかな?」
「……どうぞ」
アイリスは俺を部屋に上げると、封筒から報告書を取り出し、内容を確かめ始めた。
読みながら、顔を上げずに俺に声をかけてくる。
「ちょっと、お茶淹れてくれないかな。棚の中に茶葉があるから」
「ああ、いいよ」
俺は棚から紅茶を取り出す。アイリスが好きなのは、アールグレイだったか。
お茶を淹れ終わるころには、アイリスは報告書を封筒に戻していた。
「いいんじゃない?」
「そうか、じゃあこれで提出してくるよ」
お茶を飲み終わると、俺はその足でギルドに向かった。
まだ怒ってるのか……。ほとんど口利いてくれなかったな。
俺は浮かない顔でギルドの扉を開け、エレナさんに報告書を渡す。
「では確認させていただきますね。……なんだか元気ありませんね? ハルさん」
「いえ、そんなことは……」
俺の気落ちした様子はさすがに見抜かれたようだ。しかしさすがに、喧嘩したから、なんて言うのもはばかられる。
エレナさんは封筒から報告書を取り出し、内容に目を通した。
「……ハルさん」
「はい。何か問題ありました?」
エレナさんは視線だけを上げて俺を見ると、突拍子もない質問を投げかけてきた。
「アイリスさんと喧嘩でもしましたか?」
「え!? なんで判るんです?」
いかに洞察力に優れたエレナさんとて、今回は判るはずがない。一緒に報告に来なかったくらいしか、思い当たる節は……。
エレナさんは手にした報告書をくるっと回して俺の方に向けると、討伐結果の項目を指差す。
「……? あ!」
『クラーケン:海水の圧力と温度を上げ、爆発魔法で討伐』
『そのあいだ、ハル君は人魚のおっぱいをガン見してました』
『リヴァイアサン:バフと爆発魔法を利用した岩石爆弾で討伐』
『そのあいだも、ハル君は人魚のおっぱいをガン見してました』
『私のおっぱいもガン見してました』
『多分、エレナさんのおっぱいもガン見してます』
してねーよ!
あいつ! やりやがったな!
いつだ!? あれか! お茶淹れてた時か!
「あの、違うんです、これは、あの……。あいつ! あいつ……!」
エレナさんは呆れ顔で問うてくる。
「……ふう。喧嘩の原因は何です?」
「その、ちょっと言い合いになって……。俺、ドSとか言っちゃって……」
「あー、それは……。ハルさん、それはいけません。年頃の女の子にそんなこと言っちゃ」
「うう、そうですよね……。その、な、泣かせちゃって……」
エレナさんは、言い聞かせるように優しく叱ってくれる。
「天下の大魔法使いも、15歳の女の子ですからね? 理解ってますよね?」
「は、はい、もちろん」
エレナさんの言うことは大変ごもっともである。俺は俯いてその言葉を受け止める。
「ハルさんがそんなこと言ったのも、いろいろあってのことなんでしょうけど」
「いろいろというか、まあ、全面的に俺が悪いんですが……」
俺の反省の弁を受け、エレナさんはいつもの優しい微笑みを浮かべてくれた。
「反省してるならよろしい。報告書からは、このくだりは削除しておきますね?」
「あ、ありがとうございます」
俺は頭を下げて礼を言う。
エレナさんにお説教されてしまった。
だが、なんとか許してもらえたし、報告書も修正してもらえることになった。
一時はどうなるかと思ったが、俺はようやくひと心地つく。
「それで?」
「はい?」
その声に、俺が顔を上げると。
「ガン見してたんですか? おっぱい」
エレナさんの目は、笑っていなかった。




