第1章 第4話 魔法使いとの出会い その2
「……? え?」
「あなた今、頭の中でその人たちのこと考えたでしょ? それで十分よ。思念を読み取って、人物を特定できる。人物が判れば、居場所も特定できる」
「……」
「あとは魔法で、殺すだけ」
急な展開の連続にパニックになりかけながらも、ハルは必死に頭を働かせようとしていた。
間違いなく、生き死にがかかっているのだ。状況を理解しなければならない。
だがしかし。思念を読み取る? 居場所を特定する? 何をファンタジーなことを言っているのか。そんな魔法、聞いたこともない。
「は、はは、なに言ってんだ。いくら無詠唱の魔法使いでも、そんなこと、できるわけ、」
ちょっと冗談めかして話を続ける。それで時間が稼げそうな気がした。だが。
「セリウス。赤毛の戦士。頬に傷。20代前半。ギルドでお酒飲んでた」
「ソフィー。治癒専門の魔法使い。二十歳くらいかな? 魔法具店で杖を新調してたみたい」
「ミーナ。炎系の魔法が得意な魔法使い。10代後半くらい? さっきまで何してたかは、言わないことにするわ」
女はほんの数瞬のあいだに、投げかけた質問に反応したハルの意識、そこに浮かび上がったメンバーの顔や、ハルが知りうる特徴を読み取り、それを元に彼らの居場所を探索。一人ひとりの現在地、行動内容まで、正確に把握した。
「……で、でも、そんな遠隔攻撃できる魔法なんて、無い……はずだ……」
魔法使い自体が少ないため、そういった魔法が存在するのか、知識に乏しいハルだったが、魔法は大抵、手のひらや杖から発動するもの。それくらいは常識のはずだった。
「例えば、マッチを擦ったときのような、小さな炎を出す魔法」
「……?」
「駆け出しの、低レベルの魔法使いでも使えそうじゃない?」
「あ、ああ……。?」
そう言って、女は手のひらの上で、小さな炎を浮かび上がらせる。無詠唱で。
「これをあなたの心臓の、血管の辺りで発生させたら、どうなる?」
「……!?」
「血管が塞がれてね、血液が詰まって、心筋梗塞で死ぬのよ。同じことを脳でやれば、脳梗塞」
ハルはただただ、説明に聞きいっている。命を守るために、全力で耳を傾けなくてはならない。生き残るチャンスが有るか、探らなくてはならない。
「返り血を浴びなくて済むし、魔力の消費量も少なくて済むから、よく使うの」
無表情のまま、女は続ける。
「ねえ見て? この炎は、私の手のひらのすぐ上で発生してるでしょ?」
そう言って手のひらをハルの顔に近づける。
炎はほんの数cmのサイズだったが、確かな熱を感じた。
その炎を一度消し、手のひらから30cmほど上で再度、発生させる。
「こんなふうに数十センチずらして、あなたの脳内で発生させたら、どうなるかな?」
「!!!」
「冒険者が、カフェで脳梗塞を起こしてショック死。珍しい話だけど、まあ、あり得ない話じゃないよね。派手な魔法と違って、事件性がない。少なくとも証拠は残らない」
「しょ、証拠は残らなくても、あんたは怪しまれるはずだ。一緒にいた俺が急に倒れたら、」
「私を見たものはいない」
「え?」
「この店に入るときすでに、私にだけ認識阻害の魔法をかけてある。もちろんあなたからは見えるよう、除外してるけど」
「……」
「店員も他の客も、あなたが一人で入ってきたと思っているわ」
ハルの脳裏に、この店に入ったところからの記憶が巻き戻されて再生される。
『お一人様ですか?』
紅茶を二つ。注文は、ハルがした。
店員が紅茶を持ってきて、テーブルに置いた。ハルの方に、二つ。
あ、ああ、あの時からすでに……。場合によっては、俺を殺そうと……。
言葉を誤った。もっと他の頼み方をしていれば……!
「話が途切れたわね」
女はもう一度炎を消し、今度は手のひらから30cm下で発生させる。
また消して、右で。左で。
そうやって手のひらから半径30cmの場所に、小さな炎を発生させ続ける。
その速度はだんだん速くなり、いつしか繋がって、一つの円に見えるようになった。
それを徐々に、垂直を軸にして、横に回転させていく。半径30cm内には、ハルの頭が完全に含まれている。このまま行けば。
「私はこれを、500km離れた先で発動させることができる」
女は淡々と話し続ける。
「対象の位置は正確に把握している」
「……」
「基本的な魔法だけで、白金等級の冒険者でも簡単に殺せるんだよ」
女は、最後の通告をする。
「それでも信じられないっていうんなら」
そこでいったん、言葉を区切り、ハルの目を完全に捉えて。
「あの世で仲間に聞いてみるといいよ」
「ま、待て! 待って! 信じる! 信じるから!」
それほど高くもない等級とはいえ、冒険者になって数年。これでも様々な魔物と戦ってきた。命を落としかねない修羅場も、何度か潜ってきた。
強力な魔法で全滅しかけたこともあった。
だがこんな、風が吹けば消えてしまいそうな炎の魔法で、生殺与奪を奪われてしまうとは。
そのとおりだ。どんな弱い魔法でも、それが体内の、それも重要な器官で発動されたなら。
致命傷は、免れない。
さっきの腕は……。真空の刃も、おそらく肩の内側で発生させたのだろう。
いきなり体内で魔法が発動したら、耐えられるはずがない。それも無詠唱とくれば、防ぎようもない。
ハルの思考は加速する。
精密な魔力操作を必要とするが、その分、より少ない魔力で敵を倒すせる。それは、熟練の魔法使いのなせる技。
普通、魔法を発生させられるのは、術者の体、あるいは杖から、数cmから数十cm以内とされる。
ある程度体術に覚えのある魔法使いが、対象に接近し、その体内で魔法を発動させた事例はある。
だがそれは、詠唱の時間を考慮しなくてよい場合、つまり、相手がほぼ身動きが取れないときに限る。
この女、さっきから詠唱無しで炎を出しまくってるが……。
今、500kmとか言ったか?
……ハッタリ。ハッタリに決まってる。普通ならそうだ。だが、そうだとして。
この街の中なら? 仲間は2km圏内にいる。それならあり得るか?
いやそうじゃない、もう仲間のこととか、そんなことを考えてる場合じゃない。
この女の胸先三寸で、次の瞬間、自分は死ぬのだ。
超高速で魔法を、それも無詠唱で連続発生させる技術。そんなのはおそらく、この女の技量の片鱗。
彼らは、殺された前提で考えろ。
そもそも、うちのギルドに登録している冒険者の等級なんて、たかが知れてる。500kmというのがハッタリだっとしても、結果は同じだ。世界有数の魔法使いなら、連中を皆殺しにすることも容易いだろう。
街中でいきなり暴れたりするわけがないと思い込んでいた。
だがこんなカフェで、人目のあるところで、完璧に動きを封じられた。それなりに経験を積んだ冒険者が。
だが。それでこそ、だ。
「あんたの力はよく理解った! 仲間が殺されたことも! あんたの秘密は絶対に漏らしたりしない!」
この問答を間違えれば殺される。この女はマジでやる。ハルは確信していた。
していた、のだが。
……が、違和感がある。
いや、ひと目見たときから、違和感を感じていた。
たまにギルドで見かける子だった。
いつもクエストの掲示板をじっと見つめ、そのまま帰っていく。
「その上で」
ハルは意を決して口を開く。命懸けの依頼をするために。
「改めてお願いする。俺たちのパーティーに参加してほしい」
ハルは間髪おかずに続ける。
「これは、あんたにとっても悪い話じゃないはずだ」
まだ生きてる。言葉を紡げている。
「俺たちは、」
「俺たちって言うけど、あなたの仲間はもういないんだよ? さっき言ったよね?」
殺された。みんなが。
……やはり、違和感がある。
ハルは眼の前の女を見つめる。そして、ギルドでの、女の姿を思い出す。
いつもクエストの掲示板をじっと見つめ、そのまま帰っていく。
……なんだか少し、寂しそうに。
本当に殺すか?
殺す気なら、そこまでして秘密を守りたいなら。
俺が探りを入れていることを知った時点で、あのギルドで、すでに殺していたはずだ。あのときは仲間がいることを知らなかったんだから、殺すのをためらう理由がない。
ギルドを出て、そっと、炎の魔法を行使するだけだ。
だがそうはせず。
そっと、去っていった。
今だってそうだ。なぜ殺さない?
つまり、この女は、秘密を守るためであっても。
人を殺したりは、しない。
この賭けに負ければ、俺は死ぬ。
だが同時に、路地で怪我をしていた女の子を思い出す。
お姉さんからの依頼。足止めを果たしたときの、あの天真爛漫な笑顔を。
あの笑顔を作ったこの女が、俺を殺すだろうか。
いや。このときハルは。
もし志半ばで死ぬとして、この魔法使いにだったら。
殺されてもいいと、そんなふうに思ってしまったのだ。