表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹の魔法使いの冒険  作者: ぶたさん
第1章 自称、世界一の魔法使い
3/96

第1章 第3話  魔法使いとの出会い その1

 うっかり、無詠唱で治癒魔法を使ってしまった。

 よりにもよって、ギルドで棒演技をしていた冒険者の近くで。

 あのとき、彼はどう考えても私に魔法を使わせようとしてた。

 ちょっと最近、ギルド内で魔法を使いすぎてたとは思っていたけど、人前であんな醜態を晒してまで探ろうとしてくる人が出てくるなんて……!


 そう心の中で呟きながら、女は人混みに紛れた。

 女の子が時間を稼いでくれたおかげで、なんとかまけたようだ。

 これでとりあえず安心、


「あ、あの! さっき女の子の治療をしてたお姉さん!」

「!? は!? なんです!?」


 女は驚きのあまり小さく跳ねてから、振り返る。

 見つかった!? なんで!?


「えっと、怪我した女の子、魔法で治してましたよね? その子から、足止めをお願いされてるって聞きました!」

「ぐっ! 子どもの無邪気さが怖い……!」


 こうもあっさり見つかるとは……。

 この男はギルド内で迷惑行為を働いていたわけではないから、お仕置きはせずに出ていくのを待っていたのだがが。まさかこんなことで足が付くなんて!


「お願いがあるんです、不躾で申し訳ないんですが、俺のパー」

「お断りします」

「……あの、最後まで話を」

「お断りします」

「しかし、無詠唱で魔法を使える人なんて、そうそうお目にかかれなくて」


 ……やはりバレてた。こんなことならさっきのヒール、詠唱すれば良かった。


 女は後悔するが、すぐに対応を考える。


 バレてしまったものは仕方ない。

 これで、この場で追い返すわけにはいかなくなった。


「ちょっと立ち話もなんですから、そこのお店に行きましょうか」


 そう言って女が指差す方向には、小さなカフェがあった。


……


 カフェに入ると、コーヒーの良い香りが漂ってきた。


「お一人様ですか?」

「いえ、二人です」


 店員がかけてきた声に対し、ハルは返事をする。


「失礼しました、こちらの席へどうぞ」


 後ろから入ってきた女が目に入らなかったらしく、店員に一人客と勘違いされてしまった。女はたしかに小柄であった。


 二人は案内された窓際の二人席に、向かい合わせに座る。女は奥の席に、ハルは入口に近い方。

 ハルが左手の窓の外を見やると、多くの人々が行き交っていた。

 だが、店の中は静かで落ち着いた雰囲気だ。カウンターにも他のテーブル席にも、客もまばら。騒がしい客など一人もいない。


 ギルドの近くにこんな店ができていたのか。

 ハルはそんなことを思いながら、とりあえず注文を決める。


「私は紅茶で」

「じゃあ、俺も。すみません、注文いいですか?」


 紅茶を待つあいだ、ハルは、失礼にならない程度に女を観察する。

 まずはその若さに驚いた。世界に数人の大魔法使いが、まだあどけなさが残る10台半ばくらいとは。

 見た目もいたって普通。

 普段着で、街を散歩でもしているような出で立ちだ。白のブラウスと、少し短めのスカート。シンプルで飾りっ気はないが、年相応の若々しい服装。

 片方の目を前髪で少し隠し、引っ込み思案のような性格を想起させる。

 ショートの黒髪がよく似合う、まあ、どこにでもいそうな可愛らしい女の子だ。


 凄みというか、オーラというか、そういったものをまったく感じない。いや、感じさせないようにしているのか?

 本当にこの子があのヒールを無詠唱で行使したのか、ちょっと不安になってくるほどだ。


 そうしているうちに店員が紅茶を持ってきた。


「お待たせいたしました」


 ハルは一つを女の方に差し出す。


 一口飲むと、ハルは女の事情を考慮し、小声で話した。


「無詠唱で魔法を使ったということは、バレたくなかったんですよね、魔法使いであること」


 女はハルの話をじっと聞いている。


「俺はその、どうしても魔法使い、それも強力な魔法使いを仲間にしたくて、それで声をかけたんです」

「私は冒険者じゃないし、誰のパーティーにも入りません。私が魔法使いであることも、知られたくありません。あなたさっきギルドで、私を探ろうとしてましたよね? 困ります」


 女は完全な拒絶の意思を示す。これでは取り付く島もない。

 だが食い下がる。


「どうしても、達成したいクエストがあって、それさえ一緒に引き受けてくれたら、俺、何でもします」


 ハルは続けて、女に要請しようとした。


「今回のことだって、あの、受けてくれたら、誰にも、」


 そう言いかけた途端、ハルは体のバランスを崩した。体が右に傾きかけている。

 担いでいた荷物を急に落ちしてしまったような、そんな感覚。


 同時に、傾いた方向から、何かがドスッと落ちたような音が聞こえた。

 足元を見ると、長い棒のような、見たことのあるような布切れをまとった、何か、棒のような。


 腕が。


「!?」


 それを認識するのとほぼ同時に、右肩から激痛が湧き出し、無意識のうちに、喉が潰れるほどの絶叫を上げていた。


 しかしその絶叫は誰にも届かない。口から出てくるはずの咆哮が、サイレンスの魔法によって跡形もなくかき消されていたからだ。


 腕? 痛み? 声? 何がなんだか理解らぬまま、床を転げ回る。

 床を、転げ回っている、はずだった。

 頭では間違いなくそう認識している。だが実態は。

 微動だにせず、先刻から変わらず、座ったままだった。表情すら変わっていない。


 ハルの動きは、女の行使したフリーズの魔法で完全に封じられていた。

 痛みの捌け口である苦悶と絶望の表情も、のたうち回る挙動も、許されない。

 脳だけが、自分は間違いなく床を転げ回っている、そうしているはずだと喚いている。


「ヒール」


 面倒そうな声が聞こえた瞬間、腕からの出血が止まった。


「あ、ああ……!?」


 同時に体が動き、声も出るようになる。サイレンスとフリーズの魔法が解除されたのだ。

 気づけば痛みも、嘘のように消えている。


「さて、これで話ができるようになったと思うけど、どう?」

「はあっ、はあっ、はあっ……」


 痛みはなくなったが、息は荒れたままだ。女が何か言っているようだが、いきなり混乱の極みに達した頭には入ってこない。


「もう片方の腕もいっとく?」

「!? あああ! だ、大丈夫だ! 話、話できるから!」

「良し」


 反射的に答えた。答えるのがもう少し遅かったら、今ごろは。


 女がわざわざ詠唱してヒールをかけたのは、ハルに、何が起こったのかを理解させるためだ。何がなんだか理解らない状態では、会話にならない。


 混乱する頭で、ハルは自分の身に何が起こったかを考えた。


 腕が切断された。傷口は綺麗だ。おそらくは風魔法のウィンドカッターで、真空の刃を作り出し、腕を切断されたのだ。切られた感覚すらないほど、一瞬で。

 そして、大量の出血をも瞬時に止めてしまうヒール。


 まるで日常の動作のように、いや、その素振りすら見せずに、それらをやってのけた。


「安心して? 認識阻害の魔法を使ってるから、あなたがどんなに泣き叫んでも、辺りを血の海に染めても、誰も気にも留めないから。小声で話す必要なんて無かったんだよ?」


 女は穏やかに、優しく言い聞かせるように、だが恐ろしいことを口にする。


「悲鳴がうるさいの判ってたから、サイレンスも使ったけどね」


 あと、テーブルを倒されたら困るからフリーズも。そう付け足し、女は話を続ける。


「こちらにも落ち度はあるから、秘密を守るなら、命だけは助けようと思ったけど」

「……」

「バラそうっていうんなら。脅そうっていうんなら。あなたを殺す。あなたは脅そうとしたから殺す。これはもう決まり。あなたはここで死ぬ。いい?」

「……」


 女の声は確かに耳に届いているのに、ハルはまた何の反応もできない。ただ恐怖の感情に押し潰されないように、歯を食いしばるしかなかった。


「私はサイレンスであなたの口をいくらでも封じられるけど、フリーズは一時的にしか効かない。体が動けば文字を書いてバラされる。だから殺すしかないの、理解る?」


 女はさらに念を押す。お前を、殺すと。そうするしかないのだと。


 ここで女は一つ、嘘をついた。フリーズもサイレンスと同じく、対象者が死ぬまで効果を持続可能だ。だがサイレンスやデバフと違い、その効果があまりにも魔法的で、魔法使いによるものとバレてしまうため、使いにくいのだ。


「ま、待って……!」

「私のこと、誰かに話した?」

「!?」


 来た、生き残るチャンスだ。恐怖しながらも、心のどこかで来ると思っていた。殺すなら、何度も念を押してないでさっさと殺すはずだ。

 そうしないのだから、何か生き残る術があるはずだと、縋るような気持ちで待っていた。

 これがその、ひょっとしたら一度しかないチャンスだ。ハルはそう直感した。


「……俺の仲間が、感づいてるかも……?」

「パーティーメンバー? 名前は?」

「それは……」

「もういいわ」

「え?」


 女は会話を切り上げ、虚空を見つめ、そして。


「そいつら全員、殺したから」


 と言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ