表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹の魔法使いの冒険  作者: ぶたさん
第1章 自称、世界一の魔法使い
1/74

第1章 第1話  無詠唱の魔法使い

「こないだのクエストの報酬だがよ、ありゃずいぶん少ねえんじゃねえのか? あん!?」

「はあ」

「オーク3体だぞ! 依頼書には2体ってあったよな? 一般人に対処できんのか! あんなの!」

「ですので、規定の料金を上乗せしてあります」


 ある冒険者ギルドで、騒ぎが起こりつつあった。

 どうやら冒険者の男が、クエスト報酬の件で受付の女性スタッフに文句を言っているようだ。

 受付の女性は、特に臆することもなく淡々と対応している。


 男が受けたクエストは、魔物の討伐。

 そういったクエストの依頼書には魔物の種類や数が記載されているが、その記載が正しいとは限らない。正確に記載された依頼のほうが、むしろ稀だ。

 大抵は、確認された数と、状況から見て想定される数が、それぞれ記載されている。


 オーク2体が目撃され、被害が発生。討伐を求む。

 それが男の受けた依頼内容。実際に討伐しに行くと、3体いた。

 よくある話であるし、冒険者ならその辺りも想定して準備をし、クエストに挑むのが常識だ。


 だが、ときたまこういう難癖をつける輩も出てくる。


 ギルドスタッフもそこは慣れたもので、なだめすかし、それでもダメなら警備員を呼んで、場合によっては冒険者カードの剥奪、という流れになる。


 冒険者カードは、単に職業や等級を表記したものではない。

 信頼の証だ。この人は滅多なことはしませんよ、それをギルドが保証しますよ、という、信頼。

 それゆえ、冒険者としての等級を上げるには、力量と同等に品性まで問われるのだ。

 その信頼を裏切れば。

 カードは剥奪され、冒険者を名乗ることはできなくなる。


 そうなればよそのギルドに移ってまた登録し直しだが、当然、紹介状など書いてもらえるはずもなく、最下級からやり直しだ。

 それも登録できればまだマシで、ギルド間で情報は共有されるため、問題を起こしたことも把握される。再登録できないことも、ままあるのだ。


 だから当然、問題行動、それも、よりにもよってギルド内で起こす者などいない、のが普通なのだが。

 今日は例外的に、そういった輩が湧いて出た。


 そんな騒がしくなってきたギルド内で。


 受付カウンターから少し離れた場所で、一人の若い女がクエスト依頼の張り紙を見ていた。

 若い、というより、まだ幼さが残る顔立ちだ。

 身なりからして、冒険者ではない。普段着で、ふらっと入ってきたような雰囲気だ。


 冒険者ギルドは、冒険者だけが利用する施設ではない。

 道具屋が出張販売に来たり、ギルド内に併設されている酒場の関係者が出入りしたりする。依頼を出しに来た客はもちろん、酒場だけを利用する客もいる。

 このように一般客も訪れることはよくあるのだが、その際、ついでに掲示板に張り出されたクエスト依頼書を、興味本位に眺めていく者も少なくない。


 女の印象は、まさにそういった一般客のそれだった。

 その女は、受付で声を荒げる男の態度に眉をひそめている。


 冒険者というのは、大概が荒くれ者である。命を危険にさらし、腕っぷしだけで生きていく。

 細かい礼儀作法など、戦場では何の役にもたたない。


 だがそれは、公共の場において、無礼な口の利き方をする言い訳にはならない。


 女は心中で悪態をつく。

 こいつら、冠婚葬祭の場でもこんな乱暴な口の利き方をするのか?

 最低限の礼儀もわきまえないのなら、そこらのチンピラと同じだ。ギルドに登録してるかどうかの違いでしかない。


 男はまだ騒ぎ続けている。


 あー、うるさい。

 女は、無駄に騒がしいのが嫌いだった。

 大変苛立たしい。だがその苛立ちを、表情にも動きにも、まったく出さない。厄介事には関わりたくないのだ。当然、目立つようなことはしない。


 仕方ない。

 女はサイレンスの魔法を行使する。

 だがその口元は微動だにしない。魔法を、無詠唱で行使したのだ。


 直後、ギルド内が静かになった。

 先ほどまでイキリ散らかしていた男が、突然静かになったからだ。


 無詠唱のメリットは、魔法の発動にかかる時間が圧倒的に短縮されることだとされているが、女は違う考え方をしていた。


 一番のメリットは。


 魔法を使ったことがバレないことだ。

 こういった手合に関わるとろくなことにならない。穏便に、ひっそりと黙らせるには、力を使ったことが微塵も悟られないことが重要なのだ。


 今、このギルド内には20人程度の冒険者がいる。中にはサイレンスや、その他の、男を無力化させるような術を使える魔法使いもいるだろう。だが、誰もそれを使わない。

 魔法。こんな便利なものを、冒険者は規定により、クエスト中にしか使えないのだ。したがって、誰も男を黙らせてはくれない。


 なんて、バカげた話だろう。女はそう思っていた。こういう連中を抑えるのに使って、何が悪いのか。


 男はあいかわらず喚き散らかそうとしている。

 だが口をパクパクさせるだけで、肝心の言葉が出てこない。

 本人も含め、ギルド内の誰もが、誰かがサイレンスの魔法を行使したことを悟った。しかし詠唱が聞こえてこないどころか、その素振りすら見せたものがいないため、それが誰かは判らない。


 そして、この手の輩が次に起こす行動も、決まりきっている。

 だから女は、すでに次の魔法を行使していた。


 男は辺りを見回し、術者を見つけようとするが、手がかりはまったく無い。

 いよいよ苛立ちが募り、怒りを込めて両手を握り締め、力任せにカウンターテーブルに叩きつける。


 一瞬の間もおかず、男の顔が苦悶に染まり、床を転げまわった。

 男の両手の肉はズタズタに裂け、その内側は粉砕骨折していた。

 ここで男の上げたはずの絶叫も、当然、かき消されている。


 女が行使したのは、デバフの魔法。肉体を弱体化させ、防御力を下げる魔法だ。

 格下の相手、あるいは格上であっても、弱っているときにしか効果がないが、男は、女とは比較にならないほどの格下だった。


 女はそのデバフの魔法を、あらかじめ男にかけておいたのだ。

 デコピン一発で気絶するほど、弱体化するように。転べば骨折は免れないだろう。

 その状態で、力任せに固いテーブルを叩くなど。


 威力の大小はともかく、サイレンスやデバフは、それほど高度な魔法ではない。

 実際、行使できる魔法使いもこの場に数人いたし、そうでない者でも、冒険者やギルドスタッフであれば、知識として持っていて当然の魔法だった。

 したがって今度も同じく、男の身に何が起こったかを、その場にいる誰もが理解した。

 それを引き起こした魔法が、無詠唱で行使されたということも。


 騒ぎを聞きつけ、すぐに医務室から治療師がやってくる。治療専門の魔法使いだ。


 冒険者ギルドは病院ではない。怪我の手当てなど、普段の業務内容にはない。

 だが、冒険者が怪我をしてクエストが実行できないとなると、ギルドとしても具合が悪い。そのため、どのギルドでも治癒魔法や状態異常の回復魔法を使える治癒師を雇っている。

 病院とは違い、受け入れる患者は登録した冒険者に限るが、冒険に関係する怪我や病気であれば、ある程度までは治療を行ってくれる。

 もちろん、治療費は普通の病院並みに頂く。


 治癒師は受付嬢から事情を聞くと、男に治癒魔法、ヒールをかける。ただし、全快にはしない程度に。

 治療は人道的な配慮で行ったものではない。いつまでも床で寝られていては困るのだ。


 治療師は、まるで何事も無かったかのように男に声をかける。


「お客様、ギルド内での暴力行為は、重大な規定違反です。冒険者カードを抹消させていただきます」


 怒鳴り散らしたり、カウンターを叩いたりするのは、ギルドでは暴力行為と見なされる。

 治療師はその規定に従い、カードを抹消する旨を淡々と告げた。


 男は何か言いたげだったが、あいかわらず声は出ない。

 癇癪を起こす気力も、完全に失せたようだ。


「他に何かご用は? 無いようでしたらお引き取りを。次の方、どうぞ」


 荒くれ者を扱う冒険者ギルド。そのスタッフも当然、強者である。この程度の輩にあたふたするスタッフなど、新米の受付嬢の中にもいない。


 男はふらふらと歩きながら、扉から出ていった。


 サイレンスとデバフ。

 女がかけたそれらの魔法には、条件付けがしてあった。

 魔法が解除される条件が。


 魔法使いの力量にもよるが、条件は様々なものを付与することができる。

 1週間経ったら。

 男が改心したら。

 善行を積んだら。


 今回、女が付与した条件は。


 男が死んだら。


 であった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ