天国と地獄
私が住むマンションの隣の部屋に学園の王子様が住んでいた。
そんな衝撃的な出会いをしてから2週間が経過した。
私はこの春から親の転勤に合わせて一人暮らしをしているのだが、まさか隣の部屋の住人が学園の王子さまだなんて誰が想像できるだろうか。
「あーあ、負けちゃった」
そして奴はいま私の部屋で呑気にスナック菓子を食べながらTVで野球中継を見ている。
同じ野球チームのファン同士という事で私たちはあれから一緒に家で野球観戦をするようになった。
会ったばかりのよく知らない男を家に招くのはどうかとも思ったけど、私は昔から一緒に野球を見てくれる仲間が欲しかった。
周りの子で野球が分かる子はいないし、同じチームを応援しているファンの友達と一緒にTVの前で野球観戦をするのは私の夢の1つだった。
って! そんな事はどうでもいい!!
「早くTV消して北川!」
奴のことよりも今は私が愛してやまない東京オリオンズのことだ!!
「えー、ヒーローインタビュー見ないの?」
TVを消すように促すと奴は苛立つ私に気づかないのか呑気な事を言ってくる。
「誰が敵チームのヒーローインタビューなんて見るかー!!」
自分でも心が狭いのではないかと思う…
でも! 延長12回の表にホームランで2点を取ったのに裏の回で、2アウトからショートへの内野安打とファーボールでランナーを貯めてからのサヨナラ3ランで負けるのは酷いじゃん!
勝ったと思ったのに…
こんな日は敵チームのヒーローインタビューなんて見たくない。
4時間を超える熱戦を勝利で終われると思っていた私の心はささくれだっている。
天国から地獄とはまさにこのことである。私が必死にTVの画面に引っ付いていた応援していた4時間を返してくれ。
「まぁ、落ち着きなよ先輩」
そう言って北川は自分が食べていたスナック菓子の袋を私に渡してくる。
「ありがとう」
もう食べなきゃやってられない。
スナック菓子を食べ終わると奴は意味が分からない事を言ってきた。
「俺が綺麗にしてあげる」
「は?」
私はスナック菓子を食べたせいでベトついた指をウエットティッシュで拭こうとしていた。
すると、それを見た奴は何をトチ狂ったのか私の指を舐めやがった。
「何してんの!!」
「綺麗になった」
むしろベタベタするわ!
「なってない!」
怒りやら恥ずかしやらで真っ赤になった顔を隠すように私は奴の頭を全力ではたく。
そんな私の攻撃を嘲笑うかのように叩かれた奴はニヤニヤしながらこう言った。
「顔真っ赤だよ茜先輩」
くぅー! 誰のせいだと思ってるんだ!
イケメンなら何をしてもいいと思うなよ!
っていうか、これで恥ずかしがってたら私が負けたみたいでなんか嫌だな。
「気のせいよ! 気のせい!」
「本当に?」
そう言ってこの男はおでこがくっつきそうなぐらい顔を引っ付けてくる。
だから顔が近いって!
「目を逸らさないでよ」
「そ…逸らしてないし」
目を逸らしているのを認めるのは癪だから否定するけど、明らかに目を逸らしてるのに認めないのは逆にダサいのでは?
でも…こんな整った顔に至近距離で見つめられたら誰だってこうなるでしょ。
このイケメンめ!
「ふーん、そっか」
「な,何よ?」
「別に。ただ、茜先輩は可愛いなって思っただけ」
「な!」
この男は真顔でなんてことを!
確かに私は恋人が出来た経験も無いような女だけど、だからって私をからかって遊ぶんじゃない!
私は恋人を作らないだけで作れないわけでは無いんだ…
本気を出せばね…ほら今年は3年生で受験もあるし、男にうつつを抜かしてる場合では無いだけだ。
しっかりしろ生田茜!
あんな顔だけ男に負けるな!
こうして私と奴の関係は始まっていくのだった。