まさかの少女漫画の世界へ?
「いったぁい‥」
目が覚めて寝返りを打とうとすると、頭に鋭い痛みが走った。
うわー頭ガンガンする、二日酔いだ‥。えっ、てか今何時?仕事!!
壁にかけてある時計を確認しようとして、異変に気がついた。
「私の部屋じゃない‥?」
ゆっくりと身体を起こし、部屋を見渡す。
ピンクのカーテンに、白い勉強机。枕元にくまのぬいぐるみ。
待って裕美。一旦落ち着くのよ。たしか、昨日2軒目で飲みすぎて、それから‥?
えっと‥。シルバースーツの男にタコ殴りに‥?
「思い出した!あの野郎〜!裕美様の美しい顔をあんなタコ殴りにするなんて!」
思い出したら死ぬほど腹立つ‥いや待って!私の顔、どうなってる!?
慌ててベッドから降りる。
「鏡は‥?」
部屋の隅に、全身鏡を見つけた。
「顔の形が変わってたらどうしよう‥」
鏡に近づき、恐る恐る覗き込む。
「え!?待って、なにこれ!」
古びた西洋風の全身鏡に映っているのは、白い髪のベリーショートの少女。
すっぴんで、少し傷んだ髪の毛。痣だらけの脚。
「どういうこと!?意味分かんない!!」
鏡の前で一周回る。
「何かの仕掛け‥?だって、あり得ないでしょ‥」
ピースをして、ジャンプをして、裕美様お得意のセクシーポーズを決める。
「いや、私だ‥。私じゃないけど、私だ‥」
鏡の中の少女の動きは、私の動作と一寸の狂いも無い。
中学生くらいかしら‥?
鏡にびったり張り付いて、少女をよく観察する。
ぱっちりした二重に、透き通ったスカイブルーの瞳。白くて長いまつ毛。ぽってりして色の無い唇と、すっと通る鼻筋、高い鼻。
「瞳の色と髪色もそうだけど、アジア系の顔立ちじゃないわね‥」
鏡から一歩離れる。
「貧相な身体ねぇ‥」
まあ、お子様だから仕方がないんだけど。それにしても、肉が無さすぎじゃない?
全体的にペッタンコね、顔以外の凹凸がほぼないわ。まあ、裕美様のナイスバディを見慣れていたから仕方がないか。
「ちがう、ちがう!そうじゃない!」
そんなこと、どうだっていいの!問題なのは今の、この状況よ!
ピコーンッ!
裕美、閃いちゃった♡あれよ、よくある身体が入れ替わっちゃいました〜みたいな!そうとなれば、裕美様の本体を探しに行かないと‥
「って、そんな訳あるかい!!!」
漫画やアニメじゃないんだから!あーもう、こういう自分が受け入れ難いことが起こったときに、瞬時に現実逃避するの私の悪い癖だわぁ。いっつも、こういうトンデモ発想してセルフツッコミ入れてる。
「はー。まじでキチガイ‥」
てか待って?この子、見たことあるような?気のせいかな?
部屋をぐるぐる歩き回る。
あ!前に会ったことが、ないな‥。どこかで見かけた?
んー‥
ふと、鏡の中の少女と目が合う。
「‥ユーミ!!」
今から2週間くらい前の仕事終わり。
その日は休日出勤の終電帰りで、最寄り駅から自宅までのいつもの道を、瀕死状態で歩いていた。
ぼんやり歩いていると、1本入った裏道に煌々とした明かりがあるのを見つけた。私は明かりに誘われて、まるで夏の昆虫みたいにふらりと裏道に入った。明かりの正体は、古い本屋だった。
こんな所に本屋あるんだ。しかもこんな夜遅くまで開いているなんて‥。
気になって店内に入ったが、至って普通の本屋だった。適当に一周して帰るかぁって思ったとき、一冊の本が目に留まった。白い背表紙に、赤のキラキラした書体で『白熱!運命の恋!?』って書いてある。
「キラキラかわいい〜」
思わず手に取り、パラパラとページをめくる。
「少女漫画かぁ」
少女漫画とか、しばらく読んでないなぁ。まあ御年32歳のレディですし?少女漫画なんてとっくに卒業しましたので〜!
‥ということで、私は『白熱!運命の恋!?』を抱えて家の玄関にいました。
自分でも意味が分かんないんだけど、いつの間にかお会計して、いつの間にか帰宅していました。まあ、買っちゃったから読んだんだけど、死ぬほどつまんなかった!
要約すると、舞台は中世の西洋諸国。
主人公のマリアという女の子と、5人のイケメン御曹司が魔法学院で出会い、恋愛に発展するストーリー。その5人のイケメン御曹司は私たちの一つ上の学年(二年生)で、学園を牛耳ってるんだけど、そいつらのセリフがしょうもなさすぎる!
『あぁ、私のマリア。何故、貴方はこんなにも美しいんだ?この1000万ドルの夜景より、貴方の方が1000倍美しいよ』
『お前に拒否権があると思ってんの?お前は、はいかYesしか言えねーんだよ』
みたいな。5人は確かにイケメン、顔はいい。それで、5人とも実家が極太の御曹司。全員キャラが違うんだけど、揃いも揃ってセリフが痛すぎて‥。
その5人の中でリーダー的存在のレオンっていう奴がいるんだけど、そいつが女の子に対して暴言吐いたり、悪口言ったりするの。
ブスとかデブとかね。
入学当初に集団で主人公のマリアを虐めていたくせに、学園生活を送る中、紆余曲折あってマリアを好きになるの。
それで、まさかのマリアと両想いになるんだけど、もう本当に意味が分からない。
虐めっ子と虐められっ子が恋に落ちるってあり得ない。
胸糞悪い箇所が多々あるんだけど、読んでるうちにだんだんイケメン御曹司5人の言動がツボにはまっちゃって。最終的には自分も漫画の中の世界にいるつもりになって、ツッコミを入れながら楽しく読んでたわ。「何スカしたこと抜かしてんのよ」「顔が良ければ全て許される訳じゃないわ!」ってな感じでね。
まあ、それはいいとして。
問題なのは、鏡の中の少女が『白熱!運命の恋!?』に出てくるユーミにそっくりってことよ!
私と同じ名前だったから、強く印象に残ってる。改めて見ると、外見の特徴も今の服装も、漫画のユーミと驚くほど一致する。
もう、ユーミとしか思えなくなってきたわ。
でも普通に考えたら有り得ない状況よね。
でも、何かの手違いで、本当に漫画の世界のユーミになってしまったんだとしたら、このままこの世界で生きていくのもアリかも。
結婚前提だった彼氏には浮気され破局。仕事もブラックだし、辞めるのも面倒だし‥。元の世界に戻っても、良いことないもん。
ガチャッ