2章 第85話 一緒に居れる幸せ
「それで、今日も来るか?」
「……そうしても良い?」
「美味しいご飯が食えるから助かるよ」
花火大会の帰り道、鏡花に今夜帰るのか泊まって行くのか聞いてみた。正直この回答になるのは分かっていたし、来るだろ? と言う意味で尋ねている。
まあそのね、デートして盛り上がった日はね。普通にデートだけして終われる筈無いよなって。
もちろん鏡花が泊まって行けば、美味しいご飯が必然的にセットで付いて来るのは本当だ。割高な出来合いの食事より、鏡花の手作り料理の方が遥かにコスパが良い。
鏡花を一晩泊めるコストより、色々家事も手伝ってくれる分メリットの方が高い。トータルで見れば、結構なプラスになる。
鏡花は普段から家計のやり繰りをしているので、節約術などにも詳しいからだ。まあそんな建前は、いつも鏡花によって簡単に破壊されてしまうんですけどね。
「鏡花!? 何やってんだ!?」
「だって、お風呂を一緒に済ました方が節約になるし」
「それは分かるけどさ! い、良いのかよそれで!?」
「真君に裸を見られるのを、今更気にするのも変かなと思って」
たまに凄い覚悟の決まり方見せるよね!? いきなり風呂に突撃とか、強気過ぎる発想だよ。そりゃもう何回も裸は見たけどさ。
もう慣れたから一緒にお風呂は、流石に想像して無かったよ。嬉しいけどさ、何かこう急過ぎて対応に困る。
「あ、あんまりジロジロ見るのはダメだからね!」
「お、おう……」
そんな無茶な事を言われましても。そりゃ入浴のマナーは分かるけどさ。自宅で彼女と一緒にお風呂は、また違うのでは?
ジロジロとは言わずとも、多少は見ても許されるのではないだろうか。そう、これはマナー違反ではない。
今は鏡花が体を洗っている。ボディーソープの泡で見えない部分もあるけど、ハッキリ見えてる部分もあるわけで。
鏡花は小柄でほっそりとした体型をしている。一般的に男性が好むとされる体型に比べると、やや貧相ではある。俺は特に気にならないが。
最近はちょっとずつ運動をしているので、少しだけ筋肉が付き始めている。そのお陰か、体のラインが前より綺麗になった気がする。
それに鏡花は気にしている様だけど、あの程よいサイズ感の胸は中々に良い。大きければ良ってものでもないよな。
「やっぱり見てる……」
「そりゃさ、見ちゃうよ」
「も、もう! エッチだよ!」
そんな事を言うけど、このリアクションは怒ってない時のそれ。今ので確信した。鏡花はその辺りの塩梅が難しい。
攻め過ぎると引いてしまうけど、ある程度攻めて欲しい部分もあるらしい。今回で言えば、ジロジロ見るのが禁止なだけ。
全く見ないでいるのは、それはそれでNGなのだ。流石に付き合って3ヶ月近く経つ。そう言う複雑な鏡花の心情を、少しずつ理解して来た。
女性として、意識されるのは嫌いじゃない。だけど、グイグイ行き過ぎたら恥ずかしい。そのOKとNGのラインの見極めを、リアクションからせねばならない。
「お邪魔、します」
「あ、ああ。どうぞ」
洗い終わった鏡花が、俺の居る湯船に入って来た。大股を広げて座って居た、俺の足の隙間に鏡花が収まる。そのまま鏡花は、ゆっくりと背中を預けて来た。
どうして欲しいのかはすぐ分かったので、両脇から手を回して軽く背後から抱き締める。
「…………」
特に鏡花は何も言わないが、機嫌が良いのは伝わって来た。最近分かった事だけど、鏡花はこの体勢がお気に入りらしい。背後から抱き締められるのが好きだとか。
だから今の様に、小動物みたいに収まりに来る。可愛い。凄く可愛い。何だこの生き物、可愛過ぎるだろ。
「気持ち良いね」
「そうだな。悪くない」
最初こそ驚かされたけど、こうして2人で湯船に浸かるのも良いもんだな。純粋に風呂を楽しむ気持ちと、全裸の彼女を抱き締めていると言う刺激。
何と言う贅沢だろうか。彼女とお風呂、想像の数倍は素晴らしい。こんな幸せな時間が合って良いのか? いや、良い。良いに決まっている。今日も彼女が素晴らしい。
「あ、あのね」
「なんだ?」
「そ、そう言うのは、その、お風呂出てから、ね」
あっ、ハイ。そりゃね、全裸でくっついてたら分かるよな。こんな雰囲気の中で、裸で彼女を抱き締めている状況。何の反応もしない男なんて居ない。仕方ないんです体は正直でしてね。
「分かってる。でも、もうちょっとだけこうしてて良いか?」
「……うん、良いよ」
鏡花の耳が赤いのは、お風呂だけが原因ではないだろう。心なしか、鏡花から漏れ出る女性の色気が増した気がする。
そう言う雰囲気になると、いつもこうだから間違いない。ただ今はもう少しだけ、この空気感を味わって居たいから。
「ちょっとだけ待っててね」
何やら鏡花に用事があるらしく、先にラフな格好に着替えて自室に戻る。事前に効かせておいたエアコンで、室温は程よい涼しさだ。
まあ、これからまた汗かくんだけどな。だからと言って馬鹿みたいに涼しくしておくと、体調を崩す原因になる。
と言うかなりました。この前それで夏風邪をひく羽目になりました。その教訓を活かして、室温は加減してある。
「お待たせ」
「鏡花、遅かった……な……」
「どう、かな? これ。松川先輩に、選んで貰ったんだけど」
なん……だよ……コレ。薄ピンクの、パジャマ、なのか? それとも下着か? 全体的にレース生地で、大事な所もスケスケな衣装。刺激的過ぎるだろう何これ?
存在して良い衣装じゃないだろ。男の理性を壊す為だけに存在しているのか? 小柄で細身な鏡花に、良く似合うその過激な衣装。普段とは違う新たな美しさがそこには合った。
「鏡花……」
とんでもなく魅力的に見えたその衣装が、ベビードールと言う名前だと知ったのはそれから暫く後。
理性を保てず鏡花に夢中になる余り、落ち着いて会話が出来たのは日付が変わってからだった。




