2章 第79話 小春先生のメイク講座
「よ、宜しくお願いします!」
海から帰って来た翌日、私は真君の家ではなく、その隣の家に居た。夏休みの恒例となりつつある、小春ちゃんのメイク講座を受けに来ている。
「じゃあ〜今日はアイメイクについてね」
「わ、分かった」
アイメイクかぁ〜何かこう、目がバチバチになる印象しかない。当然ながら私は全然知識が有りません。
似た名前のゲームキャラについてなら、何時間でも語れるんだけどな。ハチャメチャにカッコいいイケメンキャラなんだよね。私の推しキャラの1人。エルフ耳が良いんだよね。
「こらこら、聞いてっか〜?」
「わ、ご、ごめん!」
いけない、ちゃんと聞かないと。今の私は生徒側で、先生に教わりに来ているんだから。ちょっとした夏期講習みたいなもの。覚えなきゃいけない事が沢山あるんだから。
「アイメイクはね、一重か二重かで変わるし、目や顔の大きさも影響すんのね」
「ほ、ほう」
「ま、幸いアタシらはお互い二重だし、顔のサイズも近いからほぼ一緒で良いよ」
そ、そうなんだ!? 何それ一重と二重でも違うの? 顔の大きさとか、良く分かんないよ。
ファッション雑誌の表紙に居ても不思議じゃない小春ちゃんと、背景に混ざるのが精々な一般通過モブな私。
それが一緒で良いとは、本当だろうか? 丸パクリしていれば良いと? そんな楽ちんで良いんだろうか。
「ああ、もちろん似合う色とかは人それぞれよ?」
「ですよねー」
そんな都合の良い話はありませんでした。丸パクリではダメなんだね。ちゃんと考えなきゃいけないのか、大丈夫かなぁ私。美的センスは壊滅的なんだけどなぁ。
「最初だからね、色は最小限にするから」
「は、はい!」
「じゃ先ずはアイシャドウから説明すんね」
早速始まったアイメイク講座だけど、いきなりから覚える事が多い。その名の通り目に影を作って、より立体的に魅せる効果があるらしい。
えっと、先ずは明るいハイライトで、次は中間色をしっかりと。それから締めの濃い色を使って、最後が涙袋と。……涙袋? 何それ? 袋なんて顔に付いてないよね?
「あの……涙袋って何?」
「あ〜そっか、そこからね。ちょい眼鏡外してみ?」
「うん」
「目の下触るけど、瞑ったらダメだぞ?」
そう言うと小春ちゃんが綿棒を手に取る。綺麗で細長い指に掴まれた綿棒が、私の目元に向かって来る。
これは事前に言われてないと、つい瞑ってしまっただろう。先端恐怖症の人なら発狂するかも知れない。そのまま綿棒の先で、私の目の下が優しく撫でられた。
「この辺りが、涙袋ね。キョウはわりとハッキリしてるからお得だよ」
「そうなの?」
「そそ。分かりにくいと大変なんよ?」
位置は分かったけど、眼鏡を外してしまったから良く見えない。再び眼鏡をかけて鏡を見てみる。…………これ、なのかなぁ?
自分の顔なんてじっくり見なかったから、良く分からないけど涙袋ってやつらしい。
「分かんない? ならちょっとネットで探すか」
「お願いします」
「そうね〜〜。あ、このサイトが分かり易いかな」
「どれどれ?」
小春ちゃんがスマホの画面を見せてくれた。そこには女性がメイクをする前と、した後の比較画像が写っていた。
その画像を見ると、メイクをする前には無かった目の下の膨らみが、メイクをした後だとハッキリと膨らんで見えた。
「ああ! なるほど、だから涙袋なんだ」
「そゆこと。これで分かったでしょ?」
「でも改めて見たら、小春ちゃん凄くハッキリしてるね?」
「そりゃそうよ、ちゃんと鍛えてっから」
詳しく聞いてみたら、目の筋肉が関係しているらしい。目の周りを鍛えると、よりハッキリするとか。
凄いな……美人って顔の筋肉まで鍛えるんだ。そう言えば何か、そんな話も聞いた事がある様な気もする。
何にしろ日々の積み重ねが大切だと言う事だね。いやはや、恐れ入りますとも。
「話戻すぞ〜? やって見せるから見てなよ」
「うん、分かった!」
「ベースメイクは前と一緒ね」
メイクを教えてくれる時はいつも、素っぴんのままでスタートしてくれる。実際に変化していくのが良く分かるので、大変有り難い。
まあ、そもそも小春ちゃんは素っぴんでも目茶苦茶美人なんだけど。私の様な一般ピーポーとは、生まれ持った物が違う。
「これで完成と。どうよ?」
「おぉ~!? 凄い! 左右で全然違う!」
右目だけに施されたアイシャドウと、まだ手付かずの左目。左右で明らかに見え方が違う。
別物と言って良い程の違いがそこにはあった。陰影がハッキリと付いた事で、右目の立体感がしっかりと出ている。
「地味な作業だけど、バカにならないでしょ〜?」
「うん。これは凄いね」
「じゃ、キョウもやってみよっか」
先ずはお手本を見せて貰う。そして今度は私の番。毎回こうやって、小春ちゃんの監督の下で練習を重ねている。
幸いだったのは、手先が器用な方だった事。手が滑って目茶苦茶に、みたいな事態は今のところ無い。料理を続けて来て良かった。
「あ〜ちょい濃いかなぁ。失敗じゃないけど」
「うっ……難しいね」
「まあ慣れよ慣れ。反対もやってみ?」
「うん」
さじ加減が中々難しい。まるで料理の味付けみたいだ。ちょっと塩が多かったり、味噌が薄かったり。それだけで味が結構変わってしまう。
場合によっては、それだけで大きな失敗に繋がる事もある。メイクもそこは変わらないらしい。
「ん~今度はちょい薄いかな。鏡で見てみ?」
「うん。……あぁ〜確かに。ちょっと変だね」
右と左、どちらもアイシャドウを施したけど不揃いだ。右が濃くて左が薄い、眼鏡を付けると良く分かる。
メイクをする時は当然裸眼なので、微妙な違いが分かりにくい。眼鏡ユーザーの明確な弱点だなぁ。
「あ、ごめん。眼鏡の事忘れてたわ」
「え? どう言う事?」
「眼鏡のレンズ越しだと、見え方変わるからさ」
「え、そうなんだ?」
そこから眼鏡をする人のアイメイクについて、2人で調べながら色々と試して行った。今の時代は、スマホで調べたら何でも答えが載っている。
便利な世の中で助かるよ。ネットなんて無い時代はどうしてたんだろうね? 現代っ子の私には想像もつかない。
小春ちゃんの知識と経験、そしてネットの情報を元にメイク講座は進んで行く。まつ毛をカールさせるビューラー、目元を作るアイライナー、そして最後にマスカラで完成。
「ど、どうかな? 変じゃない?」
「問題なし! あとでマコ見せに行きなよ、喜ぶから」
「そ、そう? じゃあ行ってみようかな」
アイメイクを学んだ鏡花が、GWの時と同様に美しくなった。以前に小春が施してみせた、当時と全く同じメイクだ。
あの時は皆が周りに居ても尚、あの反応だった。では自宅に2人きりとなれば、どうなるかは考えるまでもない。
当然ながら鏡花はこの後、それはもう滅茶苦茶に溺愛された。




