2章 第78話 窓はちゃんと閉めよう
真夏の太陽がギラギラと大地を焦がす。そんな環境にありながらも、大勢の海水浴客が砂浜の上に集まっている。
海辺の浅い所では沢山の子供達が遊んでいる。沖の方ではジェットスキーに乗る男性達が自由に海上を疾走していた。
別の場所では、ウインドサーフィンのセイルがチラホラと確認出来る。様々な人々が、各々好きな様に海を満喫している。そんな中で、鏡花達もまた同様に思い切り遊んでいた。
「いくぞ〜! そらっ!」
「あんたなぁ! バレー部なんやから手加減せぇ!」
水深が比較的浅い位置で、ビーチボールを使って雑なルールでボールを飛ばし合う。体育会系が多いので、本気でやり出すと試合になってしまう。
それこそ、本格的なビーチバレーのコートが必要になる。この砂浜にも用意されているが、少々距離があるし手続きも必要だ。こうして軽く適当に遊ぶぐらいが丁度いい。
「キョウちゃん、そっち行ったよ〜」
「わ、わ、えと、えい!!」
「アハハハ、キョウどこやってんのよ〜」
「あ、あれぇ??」
このメンバーの中では、最も運動に向かないのは鏡花だ。当然ながら、急に鏡花が活躍したりする事はない。持ち前の鈍臭さを発揮している。
それでも鏡花の表情は、とても明るい。皆とこうして遊ぶ、それ自体が楽しいからだ。
ここ数年間、鏡花が見れなかった輝かしい夏の海。それがこんなにも楽しいのだと、心から鏡花は満喫していた。
まるで無くした物を取り戻して行くかの様に。新たに増えた友人達と、初めて出来た恋人と過ごす夏休みは、確実に鏡花へ良い影響を与えていた。
午前中は皆で適当に色々遊び、昼食を済まして休んで居たら小春に声を掛けられた。
「アンタこの間の件、ちゃんと分かった?」
「うっ……悪かったよ。アレは俺の不注意だ」
たまたま小春と2人だけになったからか、先日の俺のミスについて小言を言われた。何のミスかと言えば、窓を開けたまま鏡花と致してしまった件について。
俺と小春の家は隣同士で、お互いの部屋は結構距離が近い。窓から室内へ移ろうと思えば、出来なくはない距離。実際に昔やって、目茶苦茶両親に怒られた。
そんな近い距離だから、まだ静かな朝早い時間に窓を開けていたら、当然小春の部屋にも声が届いてしまう。
「朝から幼馴染と友達がヤッてるの聞かされるとか、マジで意味分かんないから」
「だからお前は声がデカい! 皆に聞かれたらどうする!」
「今ここにはアタシとアンタしかいないわよ」
慌てて周囲を見渡したが、まだ誰も俺達の陣取った拠点には戻って居なかった。この話題は、鏡花に聞かれたくない。
小春に聞かれていたなんて知ったら、どんな反応をするか分からない。これは墓まで持って行かねばならない話題だ。
「まあでも、ちゃんと彼氏はやれてんのね」
「そうだと良いんだがな」
「泣かせたらダメだかんね?」
「そんな事するかよ」
そうは言うが、絶対の自信なんてない。何せまだまだ、分からない事だらけだ。毎日手探りで、どうにかやって来ただけで。
女心とか、良い雰囲気を作るとか、難しい事だらけだ。まだロングフリーキックをゴールに叩き込む方が簡単だ。
「てか、鏡花は?」
「佳奈とトイレ行った筈だけど、遅いわね?」
「じゃあ俺が見てくるよ」
この砂浜には大量の海水浴客が居る。もしかしたら迷っているかも知れない。それにGWの時みたいな、ナンパに捕まっている可能性もある。
結城さんも一緒に居るなら、そうなっても不思議じゃない。……わりとそんな気がして来たぞ。急いだ方が良いかも知れない。
トイレの方に向かって砂浜を走る。怪我の事もあるが、そもそも砂浜をビーチサンダルで走るのは難しい。逸る気持ちに反して、思った程は縮まらない距離がもどかしい。
どうにかしてトイレに到着した俺は、鏡花と結城さんを探して回る。2人に似た様な背恰好の女の子が沢山居るから、中々見つけられない。しかも女子トイレが行列を作っている為に、女性客の人数が多い。
「居た! あそこか」
漸く鏡花を人混みの中に見付ける。……なんだあの男は? 茶髪で顔の整った大学生ぐらいの男が、2人とにこやかに会話している。
ナンパ、ではないのか? 2人とも嫌そうにはしていない様に見える。……あの男、鏡花に笑い掛けられてるぞ。知り合いなのか?
「鏡花! 結城さん!」
「あ、葉山君」
「あれ? 真君どうしたの?」
それはこっちの台詞なんだよな。その男は何者なんだ? 近くで見たらかなりの男前である事が分かった。体格も俺より良い様に見える。
「おや? 友達かな?」
「彼氏ですが、貴方は?」
「あ、真君あのね、この人に助けて貰ったの」
「えっ?」
いざ話を聞いてみれば、酔っ払いに絡まれて居た所を助けて貰ったらしい。それは、俺も感謝せねばならない。どうやら敵では無かったらしい。警戒し過ぎだったか。
「ありがとうございます。2人を助けて頂いて」
「いやいや、気にしないで。じゃあ僕はこれで」
颯爽と立ち去るその潔さが、良い男っぷりに拍車を掛けている。爽やかな大人の男性と言う雰囲気に、好印象を持たない女性は居ないだろう。だから当然こうなるわけで。
「良い人で良かったね、鏡花ちゃん」
「うん、カッコいい人だったね」
む……また鏡花が俺じゃない男を褒めている。分かってはいる、鏡花がそんなつもりで言ったのではないと。だけど、思う所があるのは確かだ。ちょっとだけ、面白くない。
「真君? どうしたの?」
「だって、鏡花がカッコいいとか言うから……」
「……え?」
しまった。つい本音が出てしまった。こんなみっともない嫉妬心を、目の前で見せてしまうのは格好が悪い。
だけど何故か、今日は上手く隠せなかった。夏の暑さにやられて、冷静さを欠いたのかも知れない。
「……葉山君でも嫉妬ってするんだね」
「え? ……え? そうなの?」
「そうだよ。俺だってそれぐらい、するよ」
鏡花がポカンとした表情でこちらを見ている。何だよ、俺だって人並みに嫉妬心ぐらい持っているんだぞ。
俺しか知らない鏡花の顔は沢山有る。だから堂々としていれば良いのは分かる。でもだからって、嫉妬するなと言われても無理だ。
「真君以外に惹かれたりしないよ」
「わ、分かんないだろ。そんなの」
俺が鏡花の一番だと、自信を持って言いたい。現状ではトップ独走中だとは思う。けど、それが一生続くかは分からない。もちろん俺も頑張るけど、未来は分からない。
「それを言うなら、真君の方だよ。今朝、カナちゃんの胸を見てたじゃない」
今朝の一件をもって、鏡花がまたジットリとした目を向けてくる。鏡花と仲良くなってから、たまに見せる様になった表情だ。
このちょっと怒ってますよって顔も悪くはない。けど今はそれどころじゃない。
「あ、アレは関係ないだろ。ビックリしただけだ」
ついお互いの嫉妬心から来る、言い合いに発展してしまう。学校でも鏡花を狙う男が増えて来たと言う問題があるんだ。気になるのは仕方ないだろう。
「私はちゃんと真君が一番だよ」
「そんなの俺だって、鏡花が一番だ!」
「2人共……こんな人混みの中で、中学生みたいな痴話喧嘩しないでよ」
「「えっ」」
周囲のお姉さん達が、クスクスとこちらを見て笑っている。どうやら、良い見世物になってしまったらしい。これは、だいぶ居心地が悪い。
何だろう、俺は思った以上に浮かれているのか? 普段ならこんな事、絶対やらないのに。友人達の前ならともかく、知らない人達の前でなんて。
楽しみにしていたし、実際にこうして楽しんでいる。鏡花と過ごす夏休みに、だいぶ感化されているらしい。少しは気を引き締めた方が良いかも知れない。
「さ、さあ! 戻るぞ2人とも」
「あぅ……」
「はぁ、まったくもう」
中々な羞恥プレイを食らってしまった俺は、鏡花の手を取って足早にその場を抜け出した。




