1章 第7.5話 過去の清算
時間軸的には4話の少し後ぐらいです。
元サッカー部員の葉山真として、俺にはまだやり残した事がある。
佐々木さんのお陰で吹っ切れて以来、俺は逃げる様に下校するのを辞めた。それまで抱えていた焦燥感もなくなった今、サッカー部の練習する様子を見ても平気だからだ。何ともまあ現金な事で、同級生の女子に優しくされて、コロッと一目惚れしてみればこの通りだ。
我ながら単純な奴だなと思う。小春には良く面倒臭い奴とか不器用だとか言われるが、こんなにあっさり決着がついたのだから、面倒臭いは撤回を求めても良いのではなかろうか?
それはそれとして。
わざわざこうして、夕方に差し掛かった時間まで学校に残り、サッカー部の練習に一区切りが付くのを待っているのは理由がある。
サッカー部で相棒だった友人、霧島卓也に話があったからだ。グラウンドの近くに置かれているベンチに座り、サッカーコートを駆ける元相棒を眺める。
以前と変わらず大活躍している。中学の頃から2人でやって来たから良く知っている。アイツは俺が抜けたぐらいで、ポテンシャルが下がる様なプレイヤーじゃない。今も見事にボールをネットに叩き込んで見せた。
良かった。アイツなら大丈夫だと信じてはいたものの、もし万が一俺のせいで卓也にまで影響が出ていたら? と言う不安があったのだ。
杞憂で終わってくれて本当に良かった。…………どうやら先程のゴールが良い区切りになったのだろう。休憩に入るようだ。
(行くか…)
休憩時間に卓也が何処に行くかは良く知っている。追い掛ければ間に合うだろう。
「よ、卓也。久しぶりだな」
「あ? あぁ真か」
霧島卓也は茶髪に染めた髪と、軽薄そうな雰囲気で勘違いされがちだが、結構真面目な男だ。中学の時からずっと1つ年上の先輩と付き合っている。
背は180cmの俺と大差なく178cm。2人で並んでいたら小春に、デカいのが並ぶなと良く言われたものだ。自分だって女子にしてはデカい170cmの癖に。……今や懐かしい記憶だ。
「……やっぱもう大丈夫みたいだな」
「あぁ……そうだな。ちゃんと吹っ切れたよ」
「そんなら良かった。まあ、それなりには心配してたんだよ」
「……すまん」
「気にすんなって。」
そう言いながらも卓也は、自販機でスポーツ飲料を買う。ガコンと言う音と共に、ペットボトルに入ったスポーツ飲料が吐き出される。
卓也は休憩時間になると、購買部の近くにある自販機に飲み物を買いに来る。
こうして夕日を受けながら、2人並んでいるのは久しぶりだ。俺が吹っ切れて居なかったから。サッカー部から逃げていたから。
「ま~俺もさ、お前が居ない穴を埋めるのは結構苦労したけど、今はもう大丈夫だ」
「見てたよ。あれだけやれてるなら、俺も鼻が高いよ」
「はは! そりゃどうも」
微妙な沈黙が流れる。でもそれは嫌な空気ではない。お互いがお互いを良く理解出来ているから、余計な言葉は必要ないのだ。わざわざ口にする必要などない。自分達がちゃんと課題に向き合って、そして解決したのを分かち合えれば、それで十分なのだから。
「んでよ、結局あのちっちゃい女子のお陰なのか?」
「はぁっ!?…………なんで知ってんだよ」
「いやそりゃ~お前がこの間さ、購買部で仲良く買い物してたから」
「え? み、見てたのか?」
「見てたも何も、あの女子に興味がない男として有名だったお前がよ? ある日突然見たこともない女子連れてんだからさ。そりゃ目にも付くだろ」
「……まさか、目立ってたのか!?」
そんな目立つ事をしたつもりはないのだが、あまり変な誤解が広まるのは喜ばしくない。付き合っている訳ではないのだから、そういう噂が広まると佐々木さんが嫌がる可能性がある。
小春との関係を勘違いされるのはお互い気にしていないが、彼女はどうか分からない。葉山君とはちょっと……などと思われたら、結構凹むかも知れない。
「あ~~まあ体育会系男子の間では、結構話題になったな。葉山が神田さん以外の女子と居たぞ! ってな具合に」
「……別に良いだろそれぐらい。ちょっと一緒に居たぐらいで」
なんだその程度の話か。すぐ彼女だなんだと騒ぐやつも中には居るが、その類ではなさそうだ。ただ珍しかったから、話題になっただけと。でも失礼な奴らだな。俺は珍獣かなにかか。
「あんなにガッツリ抱き寄せておいて、その言い分はキツくね?」
「だ! 抱き寄せてはないだろ! 佐々木さんは小柄だから、野郎どもの群れに1人で放り込む訳にはいかなくて守ってただけだ」
「ほぉ~~~佐々木って言うのか~あの子」
しかし、そんな風に見えたのならば注意せねばならない。あの場では、そう言った下心を持っていた訳じゃない。小柄な彼女が圧し潰されない様に、必要な手段を取っただけだ。
だがその事を他人は知らない。学外ならともかく、学校内ではあまり誤解を生む様な行動は避けないと。
「ま、パッと見だったけど、お前には良さそうな雰囲気してたな」
「そ、そうか?」
もしかしてお似合いに見えたと言うのか? もしそう見えるなら嬉しい限りだが。
「俺の場合は、お前を良く知ってるからだ。サッカーを通して、人となりをな。」
「は? どう言う事だ?」
「他の連中にどう見えるか分からんが、俺が知ってる葉山真と言う男はな、あんな感じの平凡な子とくっつくのがしっくり来るんだよな。ド派手な美人とかだと違和感しかない」
「そうなのか??」
「だってお前美人に慣れてるしな。神田さんみたいな極上を知ってるから、そこら辺の美人美女なんて興味ないだろ?」
「…………確かにそうかも知れん」
そう言われてみたらその通りだな。小春が目茶苦茶綺麗なのは分かっているが、好みかと言われたら全くそうは思わない。そもそもこれと言って女性の好みは意識した事もない。
「だからな、周りに居ない平凡なタイプに行くだろうなって、俺は思ってた。あれはめちゃくちゃ納得の行く女子だった」
「お前がそう思うんなら、そうなんだろうな」
俺の事を一番理解している男は誰かと言えば、相棒だったこの霧島卓也だ。小春ほどではないが、共に過ごした時間の濃密さは相当なものがある。その卓也が納得出来る相手と言うなら、案外落ち着くとこに落ち着いただけなのかも知れない。
「で? もう告ったのか?」
「……まだだ」
「え? 何で?? あんなに好意がダダ漏れだったろ?」
「……ダダ漏れてはないだろ! 誇張するなよ」
「えぇ……あれで漏らしてないつもりなのかよ」
「……」
漏れてはないだろ。……漏れてないよな?
「そんで? 何でまだ告白しなかった? お前なら即断即決だろ?」
「まだ、中途半端なんだ」
「は? なにがよ?」
「俺自身がだ。吹っ切れはしたけどな、目標っつーか目指す所と言うか、そう言うのがまだ無い」
そう、まだそこが中途半端なのだ。こんな状態で交際などすれば、どんな失敗をしてしまうか分かったものじゃないし、半端な気持ちで付き合いたくもない。
まだ足場が崩壊したままの、半端な葉山真ではいけないのだ。ちゃんと地面に立った状態で向き合わないと、佐々木さんに申し訳がない。
埋まらない心を満たす為に依存して、それこそヒモにでもなったら最悪だ。まあ、オッケーを貰えていない以上は、言っても意味が無い話ではあるが。
「…………はぁ~~理由は分かったけどさ、堅いわ。ホントお前お堅いわ」
「小春みたいな事言うのやめろ」
「どうせお前、しっかりとした目標もない半端者の自分が付き合うのは言語道断! 相手に失礼! とか、そんな感じなんだろ? でも仲良くはなりたい」
「何で分かる!? お前も小春みたいになって来たのか!?」
「いや、お前の相棒何年やってたと……ていうかお前が分かり易いだけだぞ?」
「そ、そうなのか?」
分かり易い、のか?小春と卓也限定じゃないのか?なんだかんだ言ってもこの2人ぐらいにしか考えを悟れた事はないんだが……あ、あと『あの人』か。
「ま、お前が決めた事なら好きにしたら良いけど、あんまりモタモタはするなよ?」
「分かってる。長々と引き摺るつもりはない。」
「なら良いんかね? あ、そうだ上手く行ったらさ」
「お、おう」
「俺らでダブルデートってやつ、やっちゃう?」
「あ、あ~何かそう言うのが、あるらしいな」
特に興味がなかったからあまり良く知らないが、そう言った形のデートがあるらしい。何が良いのかは分からないが。
「実際俺もさ、お前が選んだ子と少し話してみたいし」
「まあ、そう言う事なら良いか」
「お~し、じゃあ付き合えたら報告しろよ」
その後も取り留めのない会話を続けて卓也とは分かれた。アイツは再び練習へ、俺は帰る為にカバンを取りに教室へ。
もうだいぶ遅い時間になったから、誰も教室に残っていないだろう。特になんのイベントもないのにこんな時間まで、教室に残る意味がない。
さあ帰るかと、開きっぱなしだったドアから入った俺の目に飛び込んで来たのは、教室の隅っこにある自身の席で、1人静かに本を読んでいる佐々木さんの姿だった。
「え?」
入って来た俺に気付かずに、読書を続ける彼女を何となく眺める。何でまだ居るんだろうか?……もしかして、いつもこうなのか? あまりにも自然に夕暮れ時の教室に馴染んで見える。
ふと、傾いて来た夕焼けの日差しが、窓から室内を照らす。
そのオレンジ色の輝きに照らされた佐々木さんの姿が、何だか物凄く唆られる。決して美人ではないし、美女でもない平凡で素朴な彼女の顔が、やっぱり俺には一番好ましいのだと、こうして実感させてくれる。
こんな風に思える様になるまでの日々を思い出す。
まるで全てを失ったかの様な絶望感を経験し、空っぽになってしまった俺は、誤魔化す様に明るく振る舞った。いつも通りだと、俺は大丈夫だと言い聞かせる様に。
でもそんなのは、ただのハリボテに過ぎなかった。目一杯飾り付けて、明るい絵具を塗りつけた一枚の板の裏には、灰色にくすんでしまった本当の俺が居た。
そうしてあの日、ついに誤魔化しきれなくなって。ハリボテは簡単に倒れて、一瞬で壊れてしまった。
空っぽで色彩を失った、ただの残り滓だと思っていた俺に、まだ失い切ってはいないんだと、ちゃんと俺には彩りがあるのだと教えて貰えた。
後付けで塗られた色なのかも知れないけれど、それを描いてくれたのが、あの女の子なんだったらそれでも良い。
現実と向き合う事から逃げていたあの頃と、今こにいる俺はもう違う。例え100年の孤独に晒される事があったとしても、彼女を思う気持ちがある今の俺は、その辛さにも耐えられる。
なんて言ったらキザ過ぎるかも知れないが、それぐらい俺は変わったんだ。あの程度の事で?なんて思われるかも知れないけれど、俺にとってはそれだけ印象的な出来事だったのだ。
それぐらい好きになってしまったのだから、この気持ちにもう少しだけ、正直になっても良いんじゃないか?
だって俺は、こうして教室の隅にいる地味なあの女の子が、こんなにも気になって仕方ないのだから。
「佐々木さん」
「……あ、は、葉山君!? ご、ごめん集中してて! 無視しようとしたんじゃなくてね」
今なら、誰にも邪魔されない2人だけの時間を、共に過ごす事が出来る。まだ最初の一歩を踏み切れていない俺でも、それぐらいなら求めても許されるだろう?