2章 第70話 夏の内職加工業は忙しい
遂にやって来ました夏休み! 去年までなら、図書館に引き籠もる日々を送るだけの期間。それが今年は全然違う、充実した日々が待っている! 待って、いる?
「遅い鏡花! 封緘待ちが渋滞してるぞ!」
「は、はいぃ〜」
「はい佐々木ちゃん、次はこれね」
「はい〜」
バイトタイヘン。ナツヤスミ、イソガシイ。ワタシ、フウトウトジルキカイ。ノリハリシマス、ツギイッパイ、アル。フウトウ、ハル。ヒタスラ、ハル。
お盆に向けての郵便物関係が、山のように木製はプラのパレットに積まれている。と言うより実際山が出来ている。
鏡花は腕力と体力を付けろと、前に春子から指摘された理由を身をもって体感していた。20ページ程度しかない冊子であっても、それが数万数十万とあれば2tトラック1台では、とても賄えないほどの物量と重量になる。
ただ封筒に入った一通であろうとも、それだけの数になると1日に運ぶ量は相当だ。更に大口の郵便物は、郵便番号による仕分けと十字結束が必要になる。
つまり、結構重い。紙の束は、1枚1枚が軽くとも重なると人間を押し潰す事もある。圧倒的な物量と重量に、非力な鏡花はヘロヘロになっていた。
多少なりともトレーニングを初めて、ちょっとだけ筋肉がついた鏡花だが、まだまだ不足している。まさに焼け石に水、ミジンコ並の体力しかない鏡花には夏の作業はかなりハードだった。
エアコンがあるとは言っても、フォークリフトが出入りする為に、シャッターは全開。荷物の出し入れが挟まる度に、熱々の外気が熱風となって鏡花を襲う。
「この程度でへばるな。まだまだ終わらないぞ」
「うぅ……ガンバリマス」
き、きついよぉ〜〜真夏の労働大変過ぎるよぉ。どうして水谷さん達は平気なんだろう。春子さんはまあ当然としても、一見普通に見える主婦の皆さんも平然としている。やっぱり、子育てとかすると強く逞しくなるのかなぁ。
「なあ、春子さん、鏡花に厳し過ぎないか?」
「そんな事はない。コイツなら出来る様になる」
この夏休み、真君もバイトとして参加している。元々夏休みや冬休みに、小春ちゃん達がバイトとして手伝っているそうな。
じゃあ夏休みは、真君と一緒にバイト! なんて浮かれていた昨日までの私が愚かでした。これが、現実……圧倒的仕事量、繁忙期の厳しさ。
ちょっとは出来る様になった私を見て貰う、なんて暇は全然ない。とにかく目の前の封筒を処理していくしかない。頑張れ私、まだ私達の労働は始まったばかりだ!
「うへぇ…………」
「鏡花、だ、大丈夫か?」
「伸びたうどんみたいだな」
本日の労働は終了しました。佐々木先生の次回作にご期待下さい! いや、もう本当に疲れました。
あれからウォーキングもやってみては居るけど、目立った成果はまだ出ていない。当たり前だけど、そんなにすぐ結果が出るほど現実は甘くない。
ヘロヘロになった私は、作業台にべっちょりと倒れ伏している。心配してくれている真君と、呆れている春子さん。
誰が伸びたうどんか。なんて突っ込む事も出来ず、未だに起き上がれずに居た。ちょっとまだ暫く動けそうにない。
「もう少しこのままで……」
「分かった。じゃあお茶でも買って来るよ」
「真、缶コーヒーも頼む」
「いつものですね。分かりました」
千円札を渡された真君が、会社を出て行く。すぐ近くにあるコンビニに向かったんじゃないかな。
随分慣れたやり取りだったから、昔からこう言う感じで買い出しに行っていたのかも。……私の知らない真君を知っている女性が、ここにも居るんだよねぇ。
歳が離れていると言っても、春子さんは滅茶苦茶美人だし。40代にはとても見えないし、全然モテるだろう。
親と子供みたいな関係性だから、嫉妬するのも変な話なんだけど。それでもちょっとだけ、気になるなぁ。
「しかしまあ、お前ら意外と上手くやってるな」
「え? 何がですか?」
「恋愛だよ。ちゃんと続いてるじゃないか」
「そう、ですかね? ちゃんと出来てるか分からなくて」
そこは本当に自信がないから全然分からない。私が出来る女の子らしい事なんて、料理ぐらいしかない。
それ以外は全部初めてで、手探りでやっている。何が正解なのかは、未だに掴めていない。
「まだ未成年なんだ、それぐらいで良い」
「でも、全然分からない事ばかりで」
「その歳で恋愛が簡単に分かって堪るか。色々経験して学べよ。仕事と同じだ」
それもそうか。私はまだ、この間17歳になったばかりの小娘に過ぎない。人生で初めて彼氏が出来たぐらいで、アレコレ簡単に分かる訳もない。
それは分かるんだけど、でも失敗するのも怖い。それで嫌われてしまったら、そう思うとやっぱり正解が知りたい。こう言う時、どうしたら良いかとか。
「失敗から学ぶ事も多いんだ。そんな辛気臭い顔をするな」
「だって……」
「困った時は相談すれば良い。ここには、大人の女が一杯居るんだからな」
あ、そっか。言われてみればそうだ。ここには結婚して子育てもした、パートの女性が一杯居る。
春子さんも含めたら、多種多様な女性の意見が聞けるんだ。今まで相談と言えば、とにかく周りの友達だった。
けれど今の私は、学校と家だけを行き来するだけじゃない。どうやら、恋愛相談にも慣れていなかったと言う事かも。
もしかして、この話をする為に真君を? 上手いやり方だなぁ。
「それにな鏡花。10代の、真みたいな体育会系はな、セックスしか頭にない」
「えぇっ!? やっぱり……そうなんですか?」
「無理やり迫られた時の撃退法を教えてやろう」
本人不在の空間で、そこそこ不名誉な会話がなされている事を真は知らない。そして、鏡花の誤解がまた一つ増えたのだった。




