2章 第60話 鏡花の才能
「え? カラオケ?」
「そ〜部活組は来れないけどさ、ウチらだけで行かない?」
ある日の放課後、小春ちゃんからそんな誘いを受けた。今日はバイトが無い日だから参加は出来る。
正直、この間のモヤモヤがまだ残っていたので、ストレスの発散に良いかも知れない。カラオケなんて久しぶりだ。何よりカナちゃんや麻衣以外と行くのは初めてだ。
「何人で行くの?」
「アタシと、キョウでしょ。それとマコと友香かな。水樹は忙しいみたい」
そのメンバーなら平気かな。今更歌うのを恥ずかしがるメンバーではない。いや、でもちょっとぐらいは緊張するかな。真君の前で歌うんだし。
カラオケは嫌いじゃ無い。音楽はそれなりに聴くから。私は曲そのものよりも、歌詞の方に興味がある。言葉の使い方の美しさが、本と通じる所があるから。
お気に入りの文章を、リズムに乗せて読み上げる様な感覚で居られるから、歌うのはそれなりに好き。
知らない人の前で歌うのは恥ずかしいから無理だけど、友達の前でなら大丈夫。
「じゃあ4人だけだね」
「夏休みになったら皆で行こう」
「それも良いね」
最近カナちゃん達と行けていない。前に行った時はほぼ雑談で終わってしまったし。
真君の事を初めて話した時だから、もう2ヶ月ほど前になる。ちゃんとカラオケとして行ったのは、半年ぐらい前になってしまう。
「良いなぁ鏡花ちゃん。私は部活だし」
「何か、ごめんね」
「佳奈も今度一緒に来なよ」
残念ながら部活で来れないカナちゃんには悪いけれど、ストレス発散も兼ねているからね。鞄を持って部活に向かうカナちゃんを見送る。
何やら真君に声を掛けていたみたいだけど、一瞬だったから挨拶でもしたのだろう。小春ちゃんと共に真君と友香ちゃんを誘い、学校を一瞬に出る。
「やっぱカラオケは定期的に行かんとなぁ」
「確かにな。結構スッキリするから良いよな」
このメンバーで行くのは初めてだけど、皆はどんな曲を歌うんだろう。小春ちゃんは、何となく洋楽のイメージがする。
友香ちゃんは、ポップな感じの曲かな。真君は、最近の流行りモノとかかな。合ってるかは分からないけど、それを知るのも1つの楽しみかも知れない。人によって音楽の好みは様々だから。
「鏡花はどんな曲が好きなんだ?」
「私? 色々聴くけど、歌詞が綺麗な曲が好きかなぁ」
好きな曲をいくつか挙げてみせるけど、半分ぐらいは知らなかったらしい。まあ一番好きなアーティストは、私達よりも年上の世代に受けたバンドだし既に解散している。知らないのも無理はない。
私はたまたま長編アニメを通じて知る事が出来ただけで、同世代だと知らない人の方が多い。サブスクで聴けるけど、最近流行りのタイプではないからね。
そんな風に雑談をしながらカラオケ店に向かった私達は、何事もなく無事に駅前のカラオケ店に到着した。
小春ちゃんや友香ちゃんがナンパに遭うと言ったトラブルも無かった。たまにそう言う事があるらしい。美人って、大変なんだなと改めて思う。
「じゃあ入ろっか。3時間でどう?」
「ええんちゃう?」
「俺も構わないぞ」
「私も」
小春ちゃんが代表して店員さんとやりとりをする。この前来た時は、真君とどう接したら良いかカナちゃん達に相談していたのに、今はその真君と来ている。何だか不思議な感じだ。
「行くわよ〜」
小春ちゃんの先導に従い私達が後を追う。三階のエレベーターのすぐ近く、ついでにトイレも近くだった。流石は小春ちゃん、引きが強い。
中は結構広めで、ゆったりと座れそうだった。タイミング次第では目茶苦茶狭い部屋に当たるので、これは有り難い。
「ほなウチが一番貰うで〜」
早速マイクを取った友香ちゃんが曲を探し始める。そのまま座っている位置が順番に決まった。
友香ちゃんからスタートして次が小春ちゃんで、3番目が真君。そして最後が私の番。
「よっしゃ! ほな行くで!」
やっぱり友香ちゃんはポップな曲から歌い始めた。今時の女子高生にぴったりの恋愛ソングを歌う姿が、本人の明るい雰囲気に良く合っていた。
暫く歌い続けた友香ちゃんの曲も終わり、次は小春ちゃんの番になる。
モニターに表示されている次の曲は、やっぱり洋楽だった。美人でスタイルが良いアメリカ人の女性アーティストだ。
歌いながら披露するダンスが有名な曲。同じ様に美人でスタイルが良い小春ちゃんのイメージにぴったりだった。
「よーし、次はアタシだ」
イントロが流れ初めて、小春ちゃんの歌が披露された。凄いとしか言いようがない。カッコいい人がカッコいい曲を歌うと、こんなにも様になるんだ。
私には絶対出せない空気感をナチュラルに放つ姿は、やはり美人の特権だろう。勉強も運動も出来て人望もある。そして歌も上手いと全く隙がない。完璧過ぎる。
そんな彼女の歌も終わると次は真君の番になる。真君の選曲は、次に端末を使った私は最初から知っている。次の曲として表示されたのは、少々古いと言うか、親世代が聴く曲だった。
「アンタ、またそんなオジサンみたいな」
「別に良いだろ。俺は好きなんだから」
このチョイスは想定外だった。真君は案外、昔の曲が好きらしい。私もどちらかと言えばそう言う傾向がある。最近の曲も聞くけれど。
真君の選んだ曲は、聴いてみたら悪くはなかった。それに好きな人が歌う姿に変わりはない。私としては十分満足出来た。
そして次に私の番がやって来る。この3人の前では初めて歌うけれど、何とか落ち着いて歌えそうだ。
鏡花とカラオケに来るのは初めてだったから何気に期待していた。鏡花が歌う所は初めて見るし、結構楽しみな自分が居る。どんな曲を歌うのか、歌う姿はどんな感じか今から見る事が出来る。
しかし、1つだけ気になる点がある。学校を出る前に結城さんに言われた一言。『気を付けてね』とは何だったんだろう?
まさか、ビックリするぐらい音痴なのか? 仮にそうだったとしても、俺はちゃんと褒めよう。それはそれで可愛いと思うし。
鏡花の入れた曲は全く知らない曲名で、アーティスト名も知らない。両方英語だったけれど、表示された歌詞は日本語だから日本のアーティストだなと、そう思った時だった。
鏡花が歌い始めたその時、俺は結城さんの言った意味を理解した。
「ちょ……鏡花、アンタ上手過ぎちゃうの!?」
「え? そ、そうなのかな?」
「……キョウにこんな才能があったなんてね」
「自分じゃ良く分からなくて……」
いやもう、本当にビックリさせられた。知らない曲だったけど、目茶苦茶良い曲に感じたのは歌ったのが鏡花だからだろうか。
結城さんの気を付けろと言うのは、この事だったんだ。凄く歌が上手いから、暴走するなよと言う事か。
鏡花がこんなにも歌が上手くて、歌声も可愛くて。確かにかなり魅力的に見えた。とは言え流石に以前の様な暴走はもうしない。
「あの、どうだったかな?」
「凄かったよ、鏡花の歌。目茶苦茶上手いな」
「そ、そっか……ありがとう。」
照れる鏡花を他所に盛り上がった友香と小春が、最近の有名な曲で鏡花が歌えるモノをチョイスして、試しに歌たわせてみる。
何を歌わせても上手いのが分かると、今人気の曲を歌う鏡花を、動画投稿機能を利用して小春のアカウントで投稿した。
姿こそ写していないものの、異様に上手い鏡花が歌うその動画は、小春のチャンネルではかつてない程の再生数を記録するのだった。
だいぶ初期に入れ込んでいたフラグ、合唱部を勧められた理由。鏡花ちゃん歌上手い設定をここで回収。
絶対音感ではないけれど、かなり高度な音感の持ち主です。運動音痴で活かす機会がほぼ無いだけで、リズム感もあります。
歌えるけど踊れない、それが鏡花ちゃんです。




