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1章 第5話 傷痕

 私は思い切って親友達に相談したものの、得られたものは特になく。適当にイジられただけだった。仕方ないので、帰って夕飯の準備を始める。


(うーん、ホントに私が好かれてるの?)


 2人はそう言うけれど、あれ程のイケメン男子が私みたいなモブ女子を好きになるとは思えない。そう言うのは漫画や小説だけの話であって、現実はもっとシビアだよ。

 励ました事が切っ掛けで、親交が出来たのは分かるけどさ。だからってあれだけで、人を好きになるものだろうか?

 彼氏いない歴がイコール年齢な私には、どうにもピンと来ない。


 そんな事を考えながら料理を進めて行く内に、徐々に晩御飯は完成して行く。後は味噌汁だけだなと、最後の仕上げに取り掛かっていたら玄関の扉が開く音がした。

 嫌なタイミングで帰って来ちゃったなぁ。どちらかはまだ分からないけど。少し警戒しつつ、味噌を投入していると誰かがリビングに入って来た。


「ただいま~」


「……お帰り、お母さん」


「いつもごめんね、家事を任せちゃって。お風呂まだだったら、お母さんがやるから」


「……まだ、やってないよ」


「じゃあお母さんがやっておくわ」


 そう言ってリビングを出て行く、母親の背中を複雑な気持ちで見送った。別になんて事はない、良くある話。

 子供が大きくなって、親と何となくぎこちなくなって。いつの間にか微妙な関係になってしまう。そんなありふれた話。

 ただそれだけ。両親とも互いに、不倫をしているモブ女子の家庭。この程度の事なんて、どこにでも転がっている。

 だから私は、極力家に居る時間を減らしている。完全下校時間まで学校に居れば、この歪になってしまった家の中で過ごす時間が短くなるのだから。




 葉山君(はやまくん)が話し掛けて来る様になってから、数日が経った。きっと彼が優しい人だから、話し掛けてくれている。

 私みたいな冴えない女子を相手に、話し掛けて貰えるだけで有難い事だよ。だけどどうしても、これだけは言っておきたい。


「え? 話しかけるのは放課後の方が良い?」


「う、うん。変にお礼されるよりは、その方が助かる……かな」


「どういう事?」


「えと、ほら、私ってあんまり目立たないタイプだし、目立つのも苦手なの」


 最近、視線を向けられる事が増えた。そう、今この瞬間も。理由なんて考えるまでもない。私みたいな陰キャモブが、急に有名なイケメン男子と仲良くなっているからだ。


「うん、まあ確かに。積極的に前に出る様には見えないね」


「そ、そう。そんな私に、葉山君(はやまくん)みたいな人気者が沢山話し掛けているとね、その、目立つ……から」


「え、あぁ~~~ごめん! そんな事全然気にしてなかった……迷惑だった?」


 本当に今まで考えていなかった様で、めちゃくちゃ悪いことをしてしまったかの様に謝る葉山君。

 彼は視線を向けられる程度、慣れっこだろうから平気なんだろう。だけど私は違う。ただそれだけの話。


「ああ、違うの。ごめんなさい! えっと、ね。話し掛けないでって事じゃなくて、あんまり目立たないタイミングとかなら、その……大丈夫、だから」


「良かった。嫌われたかと思ったよ」


「き、嫌いとかじゃないよ。私が小心者なだけだから……」


 私なんかと話して、彼になんのメリットがあると言うのか。デメリットの方が多いと思う。

 私なんかに構うせいで女の趣味が悪い、とか言われていないか心配だ。


「周りに佐々木さんみたいなタイプが居なかったから、気付かなかったんだ。小春にやるみたいなノリで行っちゃってゴメンね」


「あっ、いや、それは大丈夫だから……その、私も直したいから。この根暗な感じとか、いつまでもこんなんじゃ社会人になれないし」


 実際そこは前から分かっていた事だ。いざ社会に出たら、モブですからでは許されない事が多々出て来ると思う。

 まだどうなるかは分からないけど、こんなクソド陰キャが広報とかやる事になったら大変だ。営業も無理そう。事務? 電話が怖い……。

 と言う訳でこの陰キャモブな私の、性格改善はどうしても必要だ。あまり考えたくない家庭の事情も考えたら、最悪1人ででも生きていけないと不味い。

 陰キャを拗らせて引きこもりをやれる様な、裕福で恵まれた家庭環境ではないのだから。


「うーん、だったらこうしない?」


 葉山君から出された提案は、まだちょっと勇気が必要だけれど、頑張ってみても良いかも知れないとは思えた。







 俺の青春の全てはサッカーにあった。始める切っ掛けは、少2の頃にワールドカップを観てハマったと言う良くある理由だ。

 すぐ父親に頼んで少年サッカークラブに入った俺は、まあそれなりに才能があったらしい。メキメキと実力を伸ばして行った。

 同級生達がゲームだ何だと遊んでる間も、俺はボールと共に駆け回り続けた。足腰を鍛えるトレーニングなんかも教えて貰い、家では筋トレ外ではサッカーの日々。

 毎日練習なんて嫌じゃないの? と聞かれた事もあるが、そんな風に思った事は一度も無かった。

 昨日より今日出来る事が増える。その喜びは何物にも代え難いものだ。


 中学に入る頃には、1年生の時からサッカー部でレギュラーだった。顧問の教師も元サッカー部で、クラブチームで教えている先生の友人も紹介してもらえた。

 成長期だったのもあり、俺の身長も実力もどんどん伸びて行った。結局中学の間は毎年優秀選手に選ばれ、高校もスポーツ推薦で近場の進学校に入学出来た。

 知らない間に幼馴染の小春(こはる)も、同じ高校に合格していたらしい。アイツは勉強が得意だから他のもっと良い高校にも行けただろう。

 それでもこの学校にした理由は、いちいち聞かなくても分かる。俺とアイツは似ているから。小春はきっとこう答えるだろう『近かったから』と。


 同じクラスになった小春や、高校で出来た友人達と、それなりのスクールライフを送れていた。たまに女子から告白をされていたけど、今はサッカーに集中したかったから全て断った。

 小春がしつこい告白から逃れる為に、彼氏役なんてやらされたりもした。それでもまあ、楽しかったのは間違いない。

 このまま順調に未来へと向かって行けるんだなと、俺は微塵も疑っていなかったのだ。高校1年の冬を迎えるまでは。

 練習試合での接触、相手側も悪気があった訳じゃない。俺だって似たような事をした事はある。ただ1つだけ違ったのは、俺が最悪な程に運が無かったと言う事だろう。


 運ばれた病院で診察を受け、『右足首の靭帯断裂』と聞かされた時は何の冗談かと思った。スポーツ選手なら良く聞く故障の1つ。

 しかし一度やると復帰が簡単ではないし、引退を決める理由としても良く知られている。まさかそんな簡単に? 俺が?

 確かに痛かったのは間違いないが、こんなにアッサリと断裂なんてするのか? そんな疑問を抱いたりもしたが、冬場の負傷はそれだけ危険が伴うと言う事だ。

 寒い季節は怪我に注意せねばならない。アスリートなら知っていて当然の話。俺だって知っていた。でもまさか、こんな形で思い知らされる事になるなんて。

 俺の輝かしい青春が、未来への希望が、ガラガラと崩れ落ちたのを感じた。


 結局その後色々な手続きがあり、スポーツ推薦枠としての立場は失った。でも学力が足りていれば卒業まで席をおける事になり、長い冬休みを何とか乗り越えた。

 だけど俺の気持ちが、晴れる事は無かった。俺にとって人生と言っても過言ではないサッカーがもう満足に出来ない。それが現実。

 冬休み中に見舞いに来た小春は、何かを察した様な複雑な表情を一瞬見せはした。

 でも腫れ物に触る様な態度は取らずに、いつも通りにしていてくれた。それだけは僅かながらの救いだった。


 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま春休みも終わり、俺は2年生へと進級した。怪我で引退するしかなくなった事は、友人達も知っている。

 同じ体育会系の友人達は、俺の気持ちが分かるのか下手な慰めをしないで居てくれた。友人達にも恵まれていたと言う事だろう。有り難い話だ。

 とは言えやはり気持ちは晴れないまま、日々が過ぎて行く。未だに晴れないモヤモヤとした気持ちを、俺は抱えたまま生活していた。


 その日はたまたま担任に頼まれた手伝いや、進路調査などが重なりいつもより帰るのが遅れた。そして見てしまった。

 こうなるから、こんな気持ちになるからと分かっていたから。だから毎日避ける様に、早く学校を出ていたのだ。

 俺の視界には、真剣にコートを駆け回る元チームメイト達の眩しい姿が映った。


 何かの衝動に駆られたかの様に急いで帰宅し、押し入れに眠らせていたサッカーボールを手に家を飛び出した。

 この晴れない胸のモヤモヤをどうにかしたくて、わけもわからないままあちこち走り回った。

 気がついたら知らない街の風景で、たまたま目に入った河川敷の橋の下でボールを蹴り始める。


 そんな行為になんの意味もないのに、ただ一心不乱にボールを蹴り続けた。そして10分程で限界が来た。右足首に走った激痛で、俺は立っていられなくなった。

 コロコロと空しく転がるサッカーボールが、俺に最後通牒を告げている様に見えて……もう限界だった。

 俺にはもう、何も残されていないんだ……それを痛い程に思い知らされた。足首の痛みとは違い、手で抑える事は出来ない心の痛みだった。

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