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1章 第38話 知ってしまったから

 大自然に囲まれたキャンプ場を鏡花(きょうか)と共に歩く(まこと)。鮮やかな緑の中で感じる晩春の暖かさが心地いい。本来ならば。

 今朝一番にやらかしてしまった真と、そのお陰で落ち着きがない鏡花にはそんなものを感じる余裕がない。いつも通り手を繋いで歩いている2人は、どうにもぎこちなかった。


 まるで付き合いたてのカップルの様な空気感である。2人に恋愛経験があれば、この空気を楽しむ余裕も出るのだが。


「鏡花は、どこか見たい所ある?」


 せっかく鏡花と2人なんだから、何とか良い感じにしたいのだが難しい。正直、着飾った鏡花にはまだ慣れない。普段の鏡花も良いけれど、こっちはこっちで刺激が強い。

 かと言って黙り込むわけにはいかない。ここはちゃんとエスコートしないと。


「え、うーん。川の方とか? こういう所なら綺麗だろうし」


「川か、じゃあちょっと行ってみるか」


 キャンプ場に設置された案内図と、立て看板を頼りに2人は川へと向かう。それなりの年季が感じられる木製の看板に従い、山の中を進んで行く。


「鏡花はこういう遊びって、しないんだっけ?」


「うん。私はインドアだから。嫌いな訳じゃないんだけどね」


「なら今日は色んな体験をしよう! 俺、付き合うからさ」


 特別得意と言うわけじゃないが、こう言った場面では体育会系が有利だ。なまじ体力だけなら自信がある。最悪鏡花を背負って移動する事も出来る。

 せっかくのアウトドアだ、鏡花がやった事がない遊びを沢山満喫させてあげよう。


「わ、私に出来るかなぁ?」


「簡単な事なら大丈夫じゃない? ちょっと川に入るだけとか」


「それぐらいなら、多分大丈夫かな?」


「どうせ水着もないしな。泳いだりは出来ないし」


 ちょっと子供っぽいかもしれないけれど、鏡花はあんまり経験無いだろうし。それに最悪釣りに行った翔太達と合流する手もある。

 そう悪い手ではないだろう。……しかし、ノープランが過ぎたか。鏡花と出掛けられる事と、さや姉への対策で頭が一杯で、どう遊ぶかがあまり練れていなかった。


 最近どうにも予定通りに事が進まない。脳内でシミュレーションしていた内容が、全然役に立たない。最初の頃は上手く行っていたのに。

 どうにかして良い所を見せたいのに、結果はどれも微妙だ。特に今日は出だしからしくじっている。……まあ、キス出来たのは凄い嬉しいけど。

 そう考えていたら、つい鏡花の顔を見てしまう。何だ? 鏡花が妙にソワソワしている。


「その、真君も、やっぱり、気になるの?」


「えっ? な、何が?」


 不味い、今朝の事を考えていたのが伝わったのだろうか? 少し動揺してしまった。


「だから、その。水着、とか」


「……は?」


 鏡花の、水着姿? まてまてまて変な想像は止せ! なんだ黒のビキニって! 鏡花はそう言うタイプではないだろ! もっと大人しい可愛い感じだ、うん。

 邪な発想は良くないぞ。でもまあ、見たいか見たくないかで言えば当然見たい。


「そりゃまあ、見たいけど」


「……やっぱり真君もエッチなんだね」


「ま! 待て違う! 嫌らしい意味では……いや無い事もないがとにかくだな」


「い、良いよ。そんなに、見たいなら」


「えぇ!? い、良いのか?」


 今なんと!? き、着てくれるのか? 泳ぐのも苦手そうだから諦めてたんだが。着てくれると言うなら、夏の楽しみが一つ増える事になる。

 浴衣ぐらいは、ワンチャンあるかも程度だったが、これは何とも嬉しい誤算。


「小春ちゃんに、言われてたから。み、水着買いに行こうって」


「マジか。じゃあ、夏にプールとか海とか?」


「せっかくだし。どっちかぐらいは、行きたい、かな」


「良いじゃないか! 行こう行こう!」


 鏡花と海、そしてプール。とても良いじゃないか。健康的だしまさに青春じゃないか。泳げないと言うなら練習に付き合うし、浅い所だけで遊ぶのも手だ。

 せっかく鏡花が、こうして積極的に動こうと言うんだ。俺も全力で付き合うとも。しかし、なんで急にこんな積極的に?

 もしかして俺の事を……いや、ないか。全然いい所を見せられてない。惚れられる要素があまりにもない。どちらかと言えば醜態の方が多い。

 現実について考えていたら、ちょっと辛くなって来た。


 悩ましい現実に真が頭を抱え始めた頃、2人は大きな川へと辿り着いた。


「これは、結構デカい川だな」


「そう、だね。初めてかも、こんな風景」


 2人の目の前には、川幅が40メートルは有りそうな大きな川が流れていた。まだ5月とは言え、気温は十分暖かい。水着に着替えた子供たちが、あちこちで水遊びをしていた。

 川下の少し離れた所では、カヌーに乗った集団が見えた。アレは確か、カヤックと言うタイプだった筈だ。

 他にも多くの家族連れや大学生っぽいグループなど、様々な人々が思い思いに遊んでいた。


「これじゃ人が居過ぎだな」


「確かに、ちょっと混雑してるね」


「上流の方まで行ってみようか」


 上流ならカヌーも減るだろうし、この辺はキャンプ場から一番近い位置になる。離れれば離れる程、人は少なくなるだろう。

 賑やかなのも悪くはないが、せっかくだから2人で過ごしたい。再び鏡花の手を取り、真は上流へと向かう。


「足元に気を付けてくれよ。岩場でゴツゴツしてるから」


「わ、分かった」


 アウトドアに慣れて居ない鏡花に合わせて、ゆっくり移動していく。こう言う時間も悪く無い。大自然の中で鏡花と2人、手を繋いで歩く。

 穏やかでゆったりとした時間が流れて行く。ただこれだけでも、来た甲斐があったと思う。鏡花も楽しんでくれている様に見える。




 どれぐらい歩いただろうか。気が付けば周りには誰も居なくなっていた。


「この辺で良いか」


「凄い静かだね。……山の中ってこんな感じなんだ」


「たまにはこう言うのも良いだろ?」


 ま、そんな偉そうな事言えるほどアウトドアに詳しい人間ではないけれども。それでも爽やかな風を感じながら、鏡花と2人でこの悪くない静寂に包まれるのは気分が良い。

 いつの間にか、先ほどまであった互いのぎこちなさが消えていた。


「そうだ。せっかくだし川に入ってみないか?」


「え、だ、大丈夫かな?」


「まあ見てろって」


 鏡花の隣を離れ、近くにあった川岸の大きめな岩の上に靴と靴下を置く。裸足になって適当にズボンの裾を捲り上げ、川へと入って行く。


「おお。ちょっと冷たいけど、良い感じだ」


「ほ、ホントに?」


「鏡花も来いよ! 気持ち良いぞ」


「……分かった」


 本当に最近の鏡花は、以前より前向きになって来たと思う。本人の目標を考えれば、良い傾向だと思う。

 以前よりは、と言うのが少し惜しいが。まあまだ1ヶ月程度だ、これからまだまだ時間はあるだろう。


「靴とかはここに置けばいい」


「うん、ありがとう」


 近くまで来た鏡花が、裸足になる為に靴と靴下を脱ごうとした時だ。鏡花の無防備な部分が手伝い、ちょっとした事故が起きる。

 靴下を脱ぐ為に足を持ち上げたせいで、スカートの内側が見えてしまう。鏡花の生足が、太ももの辺りまで。


(うっ……不意打ちすぎるだろ! ここれは俺悪く無いよな、うん)


 魅惑的、と言うには少々肉付きが足りない太ももではあるが、真にとっては十分な火力があった。 

 元から放課後の教室で、微妙にずれたスカートをチラ見てしまうぐらいには、気にしていたのだから。


「? どうかした?」


「いや! 何でもないぞ。それよりほら、来いよ」


「うん……あっ、冷たい」


「無理そうか?」


「ううん、ちょうど良いかも」


 そこから2人は、魚を探してみたり貝をさがしてみたり、綺麗な石を探してみたり。一通りのベタな川遊びを堪能した。

 中学生までには、何度か経験する遊び方だが、鏡花には殆ど始めてに近い。そのせいもあって、少し鏡花はテンションが高くなっていた。

 だからだろう、少しうっかりしていた。


「わっ!!」


 藻で滑り易くなっているのに気付かず、体勢を崩してしまう。


「おっと、大丈夫か鏡花?」


 危うい所で真が鏡花を引っ張り、抱き寄せた事で転倒は避けられた。鏡花がずぶぬれになるのは避けられたのは良い。


 その変わり、今朝のキスをした時に近い体勢になってしまった。


「あ、う、うん。ありがとう」


「いや、その、ケガしなくて良かった」


 時間が経ったとは言え、たった数時間前の話だ。2人がこの体勢で、この距離になって、お互いが思い浮かべるのは今朝の出来事だ。

 互いに見つめ合いながら、でも何故か視線は外せなくて、無言のままの時間が流れる。


 おいおいどうしたら良いんだこれ? クソっ! 可愛いなぁもう! このまま見てたいけど、そう言う訳にもいかないし。

 何だ? 鏡花はどうしたんだ? 何だか微妙に今朝と違う様な。


「……しない、の?」


「え?」


「今なら、誰も見てないよ……キス、しても」


 え? これ、どう言う事だ? 鏡花? は? いや、待ってくれそう言う意味だよな? 俺の勘違いじゃないよな?

 都合よく考えて、勝手な事しようとしてないよな? これ、良いんだよな? てかえ? 鏡花? もしかして、俺の事?

 いやでも、キスフレとか言うのもあるよな? ただそれだけ? どっちなんだ? 分からん! 女心全然分かんねぇ!




 混乱する真に痺れを切らした鏡花が動く。両手を真の首の後ろへ回す。


「もうしてくれないの?」


 そう言いながら真を見つめる鏡花からは、これまで真が見た事もない蠱惑的な雰囲気があって。愛に飢えた鏡花の、開花し始めた女性としての魔力が、今の鏡花にはある。

 肉体的接触による愛情表現を知ってしまった鏡花の、貪欲に求める欲求が、真を絡めとるのは至極簡単な事だった。

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