5章 最終話 いつも教室の隅にいた君
真理華が産まれてからの俺達は、子育てに追われて大変だった。夜泣きに苦労させられたかと思えば、今度は何でも口に入れようとする。
言葉を覚えてからは、曖昧な日本語から意図を理解する事に苦戦した。そして保育園の送り迎えに、突然の発熱や体調不良への対応。
小学生になれば楽になるかと思えばそんな事はなく、中々お転婆な娘に育った。俺や鏡花の友人達の子供が、また見事に男の子ばかりで。
そんな友人達の子供と遊びながら育ったからか、男の子みたいな女の子に成長した真理華はアグレッシブな女の子だった。
それから中学生になり高校生になり、大学を出て大人になって行った。娘の成長を見守りながら、鏡花との日々も大切にして来た。
気が付けば40歳を過ぎて、50歳を過ぎて。今年の7月、鏡花は遂に60歳を迎えた。
「真理華達が来るのはそろそろだったよな?」
「そうだよ。楽しみだね」
「孫達に会うのは久し振りだからな」
犬を飼う様にもなり、今では3代目のパピヨンであるカレンが鏡花の膝の上に寝転んでいる。
犬を飼い始めたのは、真理華が小学2年生の時だった。今では遥か昔の話だが、その時の事はまだ覚えている。
子犬の可愛さに喜ぶ鏡花と真理華は、いつまでも覚えていたい。俺達家族の、とても温かい思い出だ。
出来れば死ぬ間際まで、忘れずにいたいものだ。初めて犬の散歩を経験した鏡花の振り回され具合も賑やかで良かった。
流石に3代目ともなれば犬の扱いには慣れているから、そんな事にはならずに済んでいるけど。
「前に会ったのは2年前か」
「2人目が産まれた時だね」
俺達が55歳の時に、娘の真理華が子供を産んだ。初めて出来た孫の姿に、俺も鏡花も感動したのを覚えている。
孫が出来ると言うのは、こんなにも嬉しいものなのかと思ったものだ。俺達は2人目を作らなかったが、真理華はそれから3年後に2人目を産んだ。
先に産まれたのは長女の恋で、2人目は弟の一輝だ。一輝は産まれたすぐに会ったきりで、それ以降会えていない。
真理華は東京で暮らしているので、それほど頻繁には行き来が出来ないからだ。
「恋も5歳になるのか、早いもんだな」
「そうだねぇ。どんな子になったのかな?」
「きっと真理華に似た女の子になっているよ」
もちろん嬉しい事ばかりでは無かった。出会いもあれば別れもある。俺の両親や鏡花の両親も、今はもう既に亡くなっている。
人間は寿命と言うものから逃れられない。いつか俺達も、そんな日が来る。人としての人生の終わり、最後の時は必ず全員に訪れるのだから。
若い頃はまだまだ人生は長いと思っていたけれど、いざこの歳になってみれば終わりまでそう長くは無い事が分かる。
だがその時が来るまでは、まだもう少し時間がある。これから鏡花との余生を存分に満喫しようと思う。
「お母さーん、お父さーん! 来たよー!」
「お、来たみたいだな」
「玄関まで行こうよ」
あの小さかった真理華が、今では2児の母をやっている。大人になった真理華は、少し母さんに似ている。
しかし目元と笑った時の顔は鏡花に良く似ていた。昔からその傾向はあったが、歳を重ねる毎によりそう見える様になった。
そして孫娘である恋も、やはりどこか鏡花に似ている。3代に渡って笑った顔はそっくりだ。
弟の一輝はどちらかと言えば旦那似だ。今日は真理華の旦那は来られず、孫達と3人だけで帰って来たらしい。
「お祖母ちゃんだ!」
「はいはいお祖母ちゃんですよ〜」
「一輝はまだ良く分からないかな? おじいちゃんだぞ」
今は両親から相続した、元の俺の家で暮らしている。売り払うのも躊躇われたし、何より学生時代からの鏡花との思い出が詰まった家だ。
どうせならこの家で終わりを迎えるのも悪くないと、2人で相談して決めた。それに今も変わらず美羽市に残っている友人達とも、簡単に会えるのも大きい。
俺達に残されたのは、せいぜい後20年ぐらいだ。その時間を過ごす場所としては、ピッタリの場所だろう。これまでの人生を懐かしみながら、2人でゆっくりと老いて行こうと思う。
「お祖母ちゃん! お庭行きたい!」
「恋はいつも元気だね〜」
「走って転ぶなよ!」
元気に駆け回る孫娘を見ていると、真理華の幼い頃を思い出す。真理華も良くこうやって走り回っていた。
あの時は俺の両親が祖父母の立場だったが。あの頃の両親も、こんな気持ちで孫達を見ていたのだろうか。
今ではもう分からない事だけど、きっとそうなんじゃないだろうか。こうして元気にはしゃぐ孫を見て、喜ばない祖父母なんて居ないだろう。庭に出て楽しそうにしている姿は、当時の真理華とそっくりだ。
「転ばないでね〜」
「恋! 危ない事はしちゃ駄目よ!」
「真理華が小さい頃に言われたのと同じ台詞だな」
そんな昔の自分と、同じ事をしている娘の姿を指摘され真理華は恥ずかしそうに笑う。そんな事もあったなと、鏡花も釣られて笑顔を浮かべる。
孫娘に母親と祖母、3人揃って良く似た笑顔を浮かべて笑っていた。もしあの日あの河原で、鏡花と出会わなかったら。
放課後に1人で本を読む鏡花に、話し掛けなかったら。こんな未来は無かったかも知れない。
或いは幼い頃に出会った時から、この未来が決まっていたのだろうか。いずれにしろこの光景が見れただけでも、今日まで生きて来た甲斐はあった。
いつも教室の隅に居た女の子が、今は縁側の隅で孫達を笑顔で見守っている。
~完~
『いつも教室の隅に居る地味なあの子が気になって仕方ない』を最後まで読んで頂きありがとうございました。
無名の新人が書いた作品にも拘らず、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。
最近流行りの要素が全く無い作品にも関わらず、有難い評価や応援も頂きネトコン12の一次審査も通ると言うまさかの結果で驚いております。
それもあって、記念すべき1作目の本編は完結しましたが、月1ないし月2ペースで本作のショートストーリーを投稿するSS集を新たに作製致しました。
昨夜の内にシリーズ化をしておいたので、もし宜しければそちらからどうぞ。そちらでは敢えて書かなかった話等を少しだけ書こうと思います。
本編の補足程度の内容ですので、そちらも読むかどうかはお好みで問題ありません。本編と大筋が変わる事はありません。
第1弾として、真君の中学時代を描いたSSを1本だけ本日中に上げておくので、もしご興味がありましたらそちらも合わせてどうぞお楽しみ下さい。第2弾は鏡花ちゃんの中学時代を予定しております。
また本日より新作を投稿開始致しますが、そちらは本作と真逆を行く内容です。ややダークなファンタジーで、主人公は鏡花ちゃんと真逆を行く私がカッコイイと思う悪の女性です。
ラスボスと共に退場していくタイプの悪の女ボスをテーマにしています。結構作風が違うので、お口に合わなかったらすみません。
鏡花ちゃんの様な普通の女の子が主人公の作品も所謂プロット的な何かが出来ているので、そのタイプの主人公が好きな方はまたそちらでお会い出来たらなと思います。
それではここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました!
■12/1追記
篠原さんをメインヒロインに据えた本作のスピンオフ、年上ヒロインラブコメ『ヤニカスで酒カスで汚部屋暮らしの限界配信者なお姉さん(31)は好きですか?』という作品を本日より始動させます。もしよろしければそちらも引き続きお楽しみ頂けたら幸いです。




