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5章 第249話 二人の子供

 鏡花(きょうか)との生活が同棲生活から結婚生活に変化してから、2年と数ヶ月が経った頃に鏡花の妊娠が判明した。

 今年の3月の時点で、既に1ヶ月近く経っていたと分かった。それからは全てが大変だった。鏡花が産休を取っている間は、俺が倒れる訳には行かない。

 より一層病気や怪我に注意したし、妊婦である鏡花にも悪影響を与えない様に感染対策等は慎重に行った。

 4月頃には念の為にと、住まいを一旦俺の実家に移した。ちょくちょく母さんが家に戻ってくれたので、身重な鏡花の生活は2人暮らしよりは幾分かマシになった。


 たまに鏡花のお母さんやお祖母ちゃんも見に来てくれていた。他にも鏡花より先に子供を産んでいた小春(こはる)が、子供を連れて遊びに来たりもした。

 そんな慌ただしい日々はあっという間に過ぎて行き、もうすぐ出産予定日だと言うタイミングで鏡花が産気づいて病院へ。

 あともう少しで冬休みになったのにと言うタイミングで、俺はまだ学校に居た。可能な限り急いで早退して、病院に着く頃には出産が始まる所だった。

 どれだけの時間が経ったのか分からないが、鏡花の長い戦いの末に俺達の子供は無事産まれる事となった。


「元気な女の子ですよ!」


「良かった……本当に良かった」


「この子が……私達の」


「ああ! そうだよ!」


 検査の時点で女の子である事は分かっていた。それでもやっぱり、実際にこの目で見るのとエコーを見るのとでは全然違う。

 こんな小さな命が、俺達の娘なんだ。小さな体に小さな手、足だってこんなに小さい。この子がいずれは大人の女性になるなんて、全然想像が出来ない。

 だけどきっと、鏡花に似た可愛い女の子に育つのだろう。その日はまだまだ先の話だけど。

 元気に産声を上げる赤子の処置と、母親である鏡花の処置が終わると俺達は鏡花の病室へと移動した。


「鏡花、無理するなよ?」


「うん。暫くは休みたいかも」


「必要な物があったら言ってくれよ」


 出産時に男性は無力だと言うが、本当に何も出来なかった。ただ鏡花の手を握り続けていただけだ。

 声を掛けるしか出来ない俺の手を握った、鏡花の力は信じられない程に強かった。それだけ全力での出産だったと思うだけで、頭が下がる思いだ。

 こればかりは仕方ないのかも知れないが、技術が進めば男性も手伝える様になったりしないのだろうか。

 見ているだけで何も出来ない自分がただ悔しかった。その分この先は、俺が沢山労おうと思う。


「この子、(まこと)に似てない? 真って言うかお義母さんかな?」


「そうか? 目元は鏡花に見えるけどな」


「そうなのかなぁ?」


 赤子の見た目がどちらに似ているのか、こんな話を2人でする日が俺達にも来た。それがこんなにも嬉しい事だとは思わなかった。

 泣き疲れて寝ている我が子を見ているだけで、幸せな気持ちで一杯になる。今この時から、本当の意味で俺は父親になったんだ。

 こうして産まれて来てくれた娘を、俺達で大切に育てていかなければならない。これから20年以上掛けて、大人になるまでを見届けるんだ。

 そんな娘に対して、一番最初の父親としての仕事をせねばならない。


「名前だけどさ、決めて来たよ」


「結局どれにしたの?」


真理華(まりか)、でどうかな?」


 俺の名前と、鏡花の名前を合わせる形。花の字だと姓名判断でイマイチだったので華の字にしておいた。

 あんまり変な名前にはしたくないし、流行りに変に乗りたくもない。古臭くもなく、奇抜でもない名前が良いと思った。

 ベタに親の名前からもじると言う安定の方法を選んだ。俺の様に運動が出来て、鏡花の様に勉強が出来る子に育って欲しいと願って真理華と命名した。

 間に入れた理の字には、合理的とか論理的とかそう言う言葉が似合う様な知性の高い子になって欲しいと言う願いもある。俺とは違って。


「私も真理華が良いなって思ってたの」


「なら決まりだな。俺達の娘は真理華だ」


「真理華〜お母さんとお父さんだよ〜」


 枕元に寝かされた真理華の頬を、鏡花が優しく撫でる。こんな光景を見れる様になったのが信じられない。夢でも見ているのだろうかと疑ってしまう。

 目が覚めたらまだ高校2年生で、鏡花なんて女の子は居なくて。そんな事にならないだろうかとつい考えてしまう。

 だがこれはリアルな夢なんかじゃない。鏡花と繋いだ手の温もりは、夢ではないとハッキリと分かる。

 俺達は2人で、1人の子を持つ親になったんだな。かつての父さんも、こんな気持ちになったのだろうか。


「真も触れてあげて」


「そうだな」


「ほら真理華〜お父さんだよ〜」


 さっき抱かせて貰った時とは違い、ぐっすりと眠る娘の体温が指先からハッキリと伝わって来る。

 先程は感動のあまり良く分かっていなかったが、落ち着いて触れてみると鏡花より少し体温が高いのが分かる。

 俺は父親として、この子にどれだけの事がしてやれるだろうか。まだ自分の教え子すら中学に送り出せて居ないと言うのに。

 嬉しい気持ちも当然あるが、不安な事も沢山ある。立派な父親をやれる様に、日々努力しないといけない。

 少なくとも思春期に入るまでは、お父さん嫌いなんて言われない様にしたい。鏡花に似た顔でそんな事を言われたら、立ち直れる自信はない。


「お父さんの洗濯物と一緒に洗わないで! とか将来言われるのかな」


「それは大丈夫じゃない? 私は気にしなかったよ」


「そうだと良いんだけどな」


 小さな不安に大きな不安と色々あるけれど、今日までやって来た日々を活かしてしっかりと育てたい。真理華が鏡花と同じ様に、魅力的な女性として幸せになれる様に。

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― 新着の感想 ―
ついにここまで来たのですね 連載初期から読んでたのでちょっとウルッときましたね(泣) いよいよフィナーレな感じもしますが最後までお供したいと思います(大泣き)
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