5章 第248話 あの日の出会い
それは真と鏡花の結婚から約19年前の春頃。小学生になったばかりの真と小春は、お互いの母親と共に県内の遊園地に来ていた。
十数年後に篠原美佳子が演じるVtuberの園田マリアがコラボする事になる遊園地だ。しかし当然ながらこの頃にはそんな催しは行われていない。
地方都市にある、ごく有り触れた普通の遊園地に過ぎない。この頃はまだ、遊園地として生き残りを掛けた特別なアトラクションはない。
連休である為に来園者は多いが、超満員と言うほどでは無かった。基本的には家族連れが中心だが、高校生や大学生のグループも散見される。
平和な休日の楽しい時間が園内には流れている。楽しそうに遊ぶ子供達の声があちこちから聞こえて来る。
「ねぇお母さん! 何でこれ乗れないの!」
「小春は身長が足りないでしょ? ほらコレ見て」
「良いだろ! ちょっとぐらいさ!」
「ルールはルールなのよ真」
小春と真が乗りたがったのは、この遊園地の一番人気のアトラクション。ジェットコースターだった。
座席に座るタイプではなく、宙吊りになるタイプなので身長制限はやや厳しめだ。まだ幼い2人の身長は、必要な最低身長には届いていない。
怖いもの知らずと言うよりは、好奇心が旺盛な2人はどうしても乗ってみたいと主張。しかし園側のルールを破る事は出来ないし、そもそも乗せて貰えない。
真と小春は物分りが悪い子供では無かったが、一切我儘を言わない子供でもない。粘ろうとする真と小春を2人の母親達が何とか宥める。
結局は乗れないと理解した2人が折れ、別のアトラクションへと渋々ながら向かう事になった。
「俺は絶対デカくなる!」
「私もなる!」
「はいはい、大きくなれると良いわね」
2人のそんな宣言を、真の母親である悠里が穏やかに笑顔で見守る。実際2人とも大きく育つが、それは未来の話だ。
今となっては2人とも、こんな宣言をした事さえ覚えてはいないだろう。子供の頃の記憶など、曖昧である事の方が多い。
俺そんな事言ったかな? と真ならば答えるだろう。そんな微笑ましい2人の子供達は、結局遊園地を満喫していた。
最初にジェットコースターに乗れずに不満気だったのは、一体何だったのかと言う程にご満悦だ。
そんな2人も遊んで回れば疲れるし、お腹も当然減る。お昼時になるなり空腹を訴えた2人を見て、母親達はフードコートで昼食を取る事に決めた。
「良い真? ここで大人しく座ってるのよ?」
「小春もよ? 勝手に歩き回らないでね」
本日は残念ながら、父親達が仕事で来られ無かった。その為に真と小春はテーブルでお留守番を命じられた。
良くある四人掛けの白いプラスチックの丸テーブルにイス。その内2つに座らされた真と小春をその場に残し、母親達はお会計の列に並びに行く。
休日の為にフードコートはほぼ満席で、レジに並ぶ人数は非常に多い。そうすぐには帰って来られないだろう。
少し手持ち無沙汰になった2人は、キョロキョロと周囲を見渡す。親の言いつけはしっかり守る2人だが、この日だけは違った。
列に並ぶ母親を見守っている小春が気付かない内に、真は席を離れて移動する。いつも通り真と小春なら大人しく待っていると、そう判断した母親達のお陰で生まれた出会いがある。
「なあ、どうしたんだ?」
「うぅぅぅぅぅ……」
「何で泣いてるんだよ?」
周囲を見ていた真の視界にたまたま入ったのは、真よりもまだ小柄な1人の女の子。フードコートの物陰で、1人寂しく泣いている少女。
親の言いつけはきちんと守る男の子ではあったが、同時に正義感もあり優しい少年だった真には見過ごせなかった。
フードコートから出てしまったのではないし、困っている人が居たら助けてあげなさいと言う両親の教えに従っただけ。
真としてはその認識だった。そんな2人の元へ、真の不在に気付いた小春がやって来た。
「ちょっとマコちゃん!? その子に何したの!?」
「ち、ちがうよ! 最初から泣いてたんだ!」
「ホントなのぉ?」
真が見知らぬ少女を泣かせてしまったのではないのか。そんな疑いを小春は拭い切れなかった。
幼い頃から真はモテていたので、度々女の子に泣かれてしまう事があったからだ。いつも真が何かをするのではなく、真の取り合いが原因なのだが。
それでもこの状況を見れば、小春がそんな勘違いをしてしまうのも無理はない。だがそんな疑いも、少女の発言で晴れる事になる。
「お父さんとお母さんが……どこにも居ないの……うぅ……」
「えっと、あなたは迷子なの?」
「ほ、ほらな! 言っただろ!」
小春から真への疑いは晴れたが、この状況が解決する訳では無い。どうやら迷子らしい、真達と同じぐらいの年頃の少女と小学1年生が2人。
全く何の解決にもなっていない。とりあえず母親達に相談すべき案件だが、まだ2人とも列に並んだままだ。
おまけに景観の為に並べられた観葉植物が、母親達の視界を遮り真達の姿が見えていない。
そして遊園地のスタッフに相談すると言う判断が、まだ幼い3人には出来なかった。喧噪に掻き消されて、少女の泣き声が周囲の大人に聞こえなかった事もマイナスに働く。
「な、なぁ。もう泣くなよ! 俺が探してやるから!」
「そうよね、わたしも手伝うわ!」
「……うん……ありがとう」
泣いている女の子が苦手な真は、どうにかしようと無謀な宣言をする。小学1年生が、こんなに広い遊園地から少女の両親をどうやって見つけると言うのか。
この頃の真には、そんな冷静な判断は出来ない。兎に角泣き止んで欲しくて、元気づけようとしただけだ。
それは小春とて同じであるが、優しい2人にそんな事は関係ない。どうにかして迷子の少女を助けるんだと強い使命感に燃えていた。
「俺はまこと! よろしくな!」
「私はこはるだよ!」
「…………きょうか、です」
迷子の少女の正体は、まだ両親が不仲では無かった頃の鏡花だった。同じ土地に住む以上は、何処かですれ違う程度なら有り得ない話ではない。
しかしこんな風に、偶然迷子として出会った事には運命的な何かを感じさせる。この時出会った3人は、高校で再会した時とはかなり雰囲気が違う。
一番差が大きいのは小春だ。この頃はまだ大人しくて穏やかな性格だった。髪の色も明るく染めていない。
次いで差があるのは鏡花だ。この頃はまだ眼鏡をしていないので、パッと見の印象が結構違っている。
真は真で幼い頃は父親似だった為、成長して母親に似ていった高校時代とは顔立ちに差がある。
3人が再会した時に、誰も気付け無かったのは致し方ないだろう。年月の流れもあるが、そもそも外見の変化が大きい。
「こら真! 勝手に席を離れたら駄目でしょ!」
「小春もよ、何で大人しくしてないの!」
「だ、だって! この子が泣いてたから!」
「あら? 真、その子は誰?」
そこからは早かった。大人が気付けば処理も早い。悠里が遊園地のスタッフに声を掛けに行っている間に、小春の母親が3人の子供を預かる。
遊園地のスタッフに後は任せれば良いだけなのだが、真と小春が頑なに鏡花と一緒に居ると主張するので、2人の母親は仕方なく同行する事になった。
結局園内放送が数回され、鏡花の両親が迎えに来るまで3人はずっと一緒に遊んでいた。
「じゃあな! きょうか!」
「またね〜!」
「うん! ありがとう、2人とも!」
笑顔でお礼を告げる鏡花の、その姿が真には強く印象に残った。初めて会った女の子の、その笑った顔が真の心に何かを残した。
特別可愛らしい少女では無かったが、それでも真には何故か眩しく感じた。今まで周りに居た少女達とは違う、この子だけが持つ何かを真は感じ取っていた。
笑顔で手を振り続ける鏡花の姿が、一切見えなくなるまで真はずっと見守り続けた。
「? マコちゃん? どうかしたの?」
「な、なんでもない! なんでもないから!」
この11年後、再び真は鏡花の笑顔を目にする事になる。11年と言う歳月の流れで、一度は忘れてしまった出来事。幼き日の、僅かな時間だけの邂逅。
その時既に真の深層心理に焼き付いていたのだ。将来再び魅力され、人生の伴侶となる大切な女の子の笑った顔が。
昔会った事がある設定が好きと言うのもありますが、私自身高校で幼少期に仲が良かった子との再会を経験しているのが大きいですね。
創作の定番と思いきや、実際あるんですよね。事実は小説より奇なり、とはちょっと違いますけど。




