5章 第216話 嫁姑問題とは無縁過ぎる2人
さや姉と昨晩話し込んで来たらしい鏡花は、母さん達の住む東京の家で俺と一緒に泊まっている。
さや姉や母さんと仲良くしているのは良いんだけど、あんまりさや姉の影響を受けて欲しくはない。
鏡花の鋭さは、ほぼ小春並みになっている。10年以上一緒に居たからこその小春と、僅か数年でその領域に来た鏡花。
恐ろしい早さで成長している。それだけ理解してくれているとも言えるけど、同時にほぼ筒抜けであるとも言える。喜び半分、困惑半分で複雑な気分だ。
「鏡花ちゃん、朝はパンでも良いかしら?」
「はい。大丈夫です」
それほど頻度は高くないが、鏡花がうちの両親と一緒に居る機会も少しずつ増えて来た。母さんは相変わらずとして、父さんも鏡花を可愛がっている。
今も無言でオススメのジャムを渡している。鏡花を気に入ってくれたのは良いんだけど、2人共喜び過ぎだろう。
鏡花が一緒の時は、両親のテンションが異様に高い。確かに鏡花は魅力的な女の子だけど、俺の彼女なんですがね。
まだ2人の義娘じゃないんだよな。何故かもう我が子の様な待遇だけど。まだちょっと気が早いんじゃないか。
「良く眠れたか?」
「うん! 凄いよね、高価なお布団って」
「ああアレか。ビンゴ大会か何かで貰ったらしいよ」
この家にはそう言ったアイテムが幾つかある。両親は仕事柄、パーティー等に呼ばれる機会が多い。
特に母さんの場合は映画の打ち上げだとか、そう言う集まりに良く呼ばれる。それもあって、無駄に高価な家具や家電が、客間に放置されていたりする。
使いもせずに捨てる訳にも行かず、かと言ってオークションサイトで売るのは自宅バレのリスクがある。
そんな理由から、未使用の良い品が眠っている事がそこそこある。たまにこうして遊びに来たら、知らぬ間に新しく何かが増えていたりする。
今回のはそんな品々の内、結構前に母さんが貰って来た寝具セットだ。確かレギュラー番組の忘年会で当てたとかだった筈。
「あれ、私達使わないのよね。鏡花ちゃん要る?」
「い、いえ! そんな! 悪いですし」
「気を遣わなくて良いんだよ」
未だかつて見たことも無い様な、優しそうな表情を見せる父親に驚く。この人、もう鏡花に堕ちてるな。
こんな娘が欲しかったって欲が、ダダ漏れになっている。多分妹が居たら、ずっとこうだったんだろうな。
普段はあんなに寡黙なのに、鏡花が居ると饒舌になる。鏡花に甘々な2人を見ていると、孫が出来たらどうなるか少し不安だ。
馬鹿みたいに何でも買い与えないだろうか。なまじ経済力だけなら十分にあるから、大体の物は買えてしまうだろう。
幼い頃からブランド物を着させる祖父母にならないだろうか。流石にその方向性は俺も嫌なんだけど。
「ほらほら、鏡花が困ってるだろ!」
「あら、そんな事ないわよね?」
「あの、えっと……」
「家に送っておいてくれ。うちに置いとくから」
いつまでも続きそうだったので、途中で割って入った。あんなデカいもの、鏡花が持って帰っても困るだけだ。
それよりもうちに置いておけば良い。長期休みは良く泊まりに来るし、そんな時に使えば良いだろう。
ここで使わない死蔵品にするぐらいなら、その使い方で良い。本人も気に入ったみたいだしな。
鏡花の性格を考えれば、その方がまだ使い易いだろうし。無償で貰うとか、そう言うのは抵抗があるだろう。
「それで、2人はこの後どうするの?」
「適当に遊びに行こうかなって」
「お母さんも鏡花ちゃんとお出掛けしたいのよ?」
「俺の彼女なんだけど!?」
またそれなのか。また鏡花を着せ替えて楽しむつもりだな。アレはアレで悪くはないけど、立場を考えて欲しい。
優先権の認識がおかしいだろう。せめて今日は2人でデートさせてくれよ。せっかく東京まで来たのだから。
まだ鏡花と行けていない所は沢山あるのだから。せめて明日にしてくれそれは。順番で言えば俺が一番先だろ普通に考えて。
どんだけ気に入ったんだよ鏡花の事が。気持ちは分かるけど、のめり込み過ぎだろうに。
「はぁ……明日なら良いよ」
「あらそう? じゃあ明日は宜しくね鏡花ちゃん!」
「ヨロシクオネガイシマス」
自分がどうなるか分かっているので、遠い目で鏡花は頷いていた。鏡花としては、嫌ではないけど緊張するらしい。
俺からすればただの母親だけど、鏡花からみれば相手は大女優。大物芸能人と居るプレッシャーがあるとか。
大物って程なのか俺には良く分からないけど、どうもそう言う事らしい。その辺りの認識は、微妙にズレがある様だ。
ずっと母親と息子と言う立場だったから、どうしても母親以外の何者かには見えないんだよな。
「うんうん、色んな服を見て回ろうね」
「あ、あの、ちょっとでも、大丈夫ですから」
「……俺も鏡花ちゃんの服、デザインしようかな」
「父さん……」
息子に彼女が出来たからって、はしゃぎ過ぎだろこの夫婦。本当にこう、色々と不安だ。
結婚式とか、呼ばない方が良い気がして来たんだけど。……でも呼ばなかったら煩いだろうなぁ。
浮かれきった自分の両親の事を眺めながら、将来的に起きそうな問題に頭を抱えたくなる。せめて子供が出来る頃には、落ち着いてくれていれば良いんだけどな。




