5章 第209話 男子達の悩み事
真夜中の山道を、卓也の運転で車は走り続ける。東京へ行こうなんて言う突然の発想ながらも、意外と旅路は順調そのもの。
特にトラブルも無く東京へ向けて進んで行く。窓から見える真夜中の風景は、そう悪いものでもない。
ハッキリとは見えないけれど、その曖昧さが逆に興味をそそられる。明るい時に見たら、どう見えるのだろうか。
帰りの楽しみが一つ出来たなと思いつつ、一番聞きたかった質問を卓也に投げ掛ける。
「それで、何かあったのか?」
「……そうでは無いんだ」
「じゃあ何だよ?」
「お前はさ、結婚する気あるんだろ?」
突然の旅路に突然の質問と来た。どこからそんな話が出て来たのかは分からないが、もちろん結婚するつもりだ。
今はまだ恋人としての関係だけど、いずれは鏡花と結婚する。以前からそのつもりだし、これからもそうだ。
今更その方針を変える気はない。だからこれから、どうして行くかと言う事に頭を悩ませていた。
幼い子供が夢見る結婚ではなく、現実的な人生の決断としての結婚だ。そこについての悩みや疑問は絶える事がない。
「そりゃあそのつもりだぞ」
「じゃあ、プロポーズってどうするよ?」
「………………分からん」
それもまた、どうして良いか分からない事の1つだ。映画やドラマの様なプロポーズをすれば良いのか、シンプルに済ませるのが良いのか。
その答えは未だに謎のままだ。高級なディナーと共に、なんてのはベタではあるけど鏡花が喜ぶだろうか。
綺麗な夜景の見える丘の上で花束を渡す。あまり鏡花が喜びそうなシチュエーションではない。
じゃあ家で一緒に居る時にそれとなく、と言うのも何か違う気がする。だからと言って、じゃあ結婚するかみたいな素っ気ない感じもどうかと思う。
結婚した先の事も考えないといけないが、そもそも結婚に至る道も先ずは考えねばならない。
「だろ? 真も分からないよな?」
「恭二はどうだ?」
「そこで俺に振るなよ」
俺達3人とも、体の鍛え方やオススメのトレーニング方法であればスラスラと答えられる。
しかしプロポーズの仕方となると、誰も答えられない。全員がまだ未婚の未経験者だ。
どんな風にするのが良いとか、タイミングとか贈る指輪のブランドとか。そんな諸々について、何が良いと言い切れる人間はここには居ない。
何ともまた、難しい問題を持ち掛けてくれたものだ。むしろ俺が聞きたいぐらいだと言うのに。
以前に恋愛指南書で失敗をしたので、もうそれらしいモノに頼るのは辞めた。しかし辞めたら辞めたで、答えが見つからないと言う弊害もある。
こう言う時は一体どうしたら良いと言うのか。自称恋愛アドバイザーみたいな、怪しい存在に騙されるのは嫌だし。
「大体、麻衣と松川先輩と宮沢じゃタイプ違うだろ」
「いやまあ、確かにそうなんだけどさ」
「まだ小日向さんと宮沢さんは近いだろ。梓はどうすれば良いんだよ」
普段はのんびりしたタイプだけど、スポーツが好きな小日向さん。女バスでバリバリ活躍する1歳上の松川先輩。
そして鏡花と、全員タイプが違う女性達だ。同じ方法でプロポーズをしても、全然響かなさそうだ。
卓也の言う通り、幼稚園から一緒だった小日向さんと鏡花は多少感性が近いかも知れないけれど。
しかしそれでも好みは結構違う。例えば鏡花は辛い食べ物が好きだけど、小日向さんは良く甘い物を食べていた。
食事の好みだけでも真逆なんだから、理想のプロポーズなんてそれぞれ違うに決まっている。
そしてこの手の話題で最も頼りになる男、翔太だけがこの場に居ないのが悔やまれる。あいつなら上手くやりそうだ。
何ならもう既にしていたとしても不思議ではない。シレッと良い感じのプロポーズを決めて居そうだ。
「なあ、翔太に聞くってのはどうだ?」
「駄目だ! それは何か負けた気がする!」
「タクの言う通りだぞ真! まだ負けを認めるには早い!」
「そんなに拒否しなくても」
何の拘りなのか、卓也も恭二もそれは嫌らしい。ただそんな風に言われると、何となくそんな気がしてくるのも確かだ。
それぐらい自分で考えなよ、なんて言って来る翔太の顔が脳裏に浮かんだ。……それはそれで、ちょっと腹が立つかも知れない。
明確な回答が欲しいのは確かだが、それだと翔太の方が俺よりも鏡花を理解しているみたいだ。確かにそれは負けかも知れないな。
誰かに聞くのも悪くはないのだろうけど、それで結婚を決めるのだから2人だけのモノにしたい。
どこかからコピペした様なプロポーズは、何となく格好悪い気がする。曖昧な理由だけど、どうしても気にしてしまう。
「でもさ、じゃあどうするって話じゃないか?」
「だから真と恭二に聞いてるんだよ!」
「3人で考えようぜ、最高のプロポーズを」
そんな深夜テンションで考えました。みたいなプロポーズで本当に大丈夫なのか? その方が明らかに不味い気がするんだが。
気持ちは分かるんだけど、この勢いで走り抜けるのは良くない。何処かで一時停止をしたいんだけど、2人は盛り上がったままだ。
ただ案外そんな2人から出てくる意見もそう悪くない。以外とそんなシチュエーションも良いのではないかと思えて来た。
斬新かも知れないけど、それはそれで有りかも知れない。結局は俺も深夜テンションに過ぎなかった事に気付けないまま、俺達は東京へと向かって走り続けた。
深夜テンションの恋バナってありますよね




