5章 第208話 ドキッ!男だらけのドライブ
昨年の受験シーズンとは違い、今年の夏休みは結構ゆったりと過ごせている。俺も鏡花も、一緒に居るだけでなく各々の時間も取っていた。
鏡花は今、長野に行っている。お母さんとの関係もだいぶ改善し、家族の時間をちゃんと取れているみたいだ。
今まで周りに片親の家庭はなかったので、いざ鏡花がそうなった事で改めて考えさせられた事も少なくない。
薄っすらとは理解していても、実感の無かった部分。結婚したからと言って、幸福とは限らないと言う事。
そして家庭を持つと言う事の重みであったり、子供を持つ事の責任であったり。自分の両親は特に問題はないけど、だからと言って俺に同じ事が出来るのだろうか。
『じゃあそろそろ寝るね。おやすみ真』
「おやすみ鏡花」
鏡花との通話は終了し、1人の時間に戻る。最近良く考える問題、俺は鏡花を幸せに出来るのかと言う事。
そうするつもりだけど、絶対なんて無いんだ。王子様とお姫様の物語みたいに、幸せに暮らしましたとさなんて一言では終わってくれない。
夢や理想だけでは、実現出来ない事なんだ。自分の父親を参考にしたからと言って、そのまま同じ事をしても鏡花が喜ぶとは限らない。
鏡花は母さんじゃないし、当たり前の事だ。より一層気をつける様にはしているけど、中々難しい問題だなと最近は特に思う。
調べるまで知らなかったけど、日本の離婚率は35%もある。約4割の夫婦は上手く行かないのが実際の所だ。
綺麗な部分だけを見ていてはいけないと、何処かで習ったけどこう言う事なんだなと思い知らされた。
「ん? こんな時間に電話? 卓也か」
『よう真、出掛けようぜ』
「は? 今からか?」
『良いから出て来いよ』
近くで車のエンジン音がするなと思っていたら、どうやらうちの家の前だったらしい。
たまにこうやって、夜でも構わずに思い付きで誘いに来るから困ったものだ。どうせ恭二も一緒に乗って居るんだろう。
高校時代から続く変わらない関係性と言うものもあって、この仲間内での独特のノリは今も残っている。
昔なら自転車だった深夜の遠征は、大学生になって車になった。なまじ何処でも行けるだけに、たまにこうして卓也がやって来る。
嫌いではないのだけれど、家の前に来るより先に連絡が欲しいものだ。そう思いつつも、適当に外出しても良い格好に着替えて家を出る。
「先に連絡してくれよ」
「悪いな」
「よお真!」
「やっぱりお前も居たか」
予想通り助手席には恭二が座っていた。大学生の男がコンパクトカーに3人乗り。まあまあな暑苦しさのある空間だ。
鏡花と2人で乗っている時とは随分な違いだ。この空気感も悪くはないけど、鏡花とのこれからを考えていた直後にこれは落差が酷い。
気が楽ではあるけれど、緩急が付き過ぎだとは思う。もう少し段階を踏んで欲しい所ではある。
昔ならここに小春か友香が居たんだけれど、今は2人共他府県に居る。先程の様な悩み事には、あの2人が丁度良かったんだよな。
居なくなった事で、有難みを理解出来たのは複雑な気分だ。口煩い2人だったけれど、今はそれが少し懐かしい。
「で、今日はどこに行くんだ?」
「東京まで行こうぜ!」
「はぁ!? こんな時間からかよ!?」
行くのは構わないにしても、もう日付が変わった後だ。道は空いているだろうけど、東京までは高速を使っても数時間は掛かる。
早朝に東京まで行っても、24時間営業のチェーン店ぐらいしか開いてないだろう。適当に東京まで行って、牛丼でも食べて帰るつもりなのだろうか。
何ともまあ無計画な予定だ事で。卓也らしいと言えばらしい行動ではあるが、あまりにも突発的過ぎる。
まだ朝日を拝みに行こうぜなんて言って、急に海まで行く方が理解出来ると言うものだ。夏休みと言う開放感に、つま先まで浸かり切っている。
「お前ら、明日練習無いのか?」
「「無い!」」
「そうですか。なら好きにしてくれ」
そんな良い笑顔で、2人揃って言わなくても良いだろうに。まあ分からなくも無いけどな、練習で行き詰まった時とか、気晴らしをしたくなるのは。
何かしらの問題があった時、こうして気の知れた友人達と適当に遊ぶのも悪くはない。
2人のどちらがそうであったのかは知らないが、付き合うのは吝かではない。かく言う俺も、考え事をしていたのだから。
あのまますんなり眠れたとは思わないから、こんな何の意味もない時間を過ごすのも良いだろう。それに東京に向かうのなら、何か鏡花にお土産を買って帰るのも悪くはない。
「お前ら、彼女に連絡してあるのか?」
「梓にはもう言ってある」
「俺も麻衣に言ってから出て来たさ」
男だけで夜中に出掛けるのは、それなりに心配をさせそうな気もするんだけどな。やってる事は男3人の無計画な旅だとしても。
2人共浮気をする様なタイプではないし、前科も一切無いのでそこの心配はしていないが。
ただ彼女がどう思うかは別問題だ。鏡花はもう卓也の行動に慣れているので、今更気にはしないだろうけど朝には連絡しておこう。
「小日向さん、心配してないか?」
「お土産頼まれたぐらいだな」
「そ、そうか」
どうにも揉め事とは無縁そうな回答が帰って来た。ある意味では一番上手く行ってそうなのが恭二と小日向さんだ。
細かい事は気にしない者同士で、どこまでも明るい交際を続けている。周りの友人で一番最初に結婚するのは、案外ここなのかも知れない。
そんな事を思いながら、夜の街並みを眺めつつ成り行きに身を任せた。真っ暗な深夜の公道を俺達は進み始めた。
こういうノリって、若い時の特権かなって(遠い目)




