5章 第206話 祖母との再会
本日より大学生編から先を5章に変更しています。
夏休みを利用して一度おばあちゃんの家に行く事にした私は、数年ぶりに長野県にやって来た。
特別有名な土地ではなく、リンゴ畑があちこちにあるごく普通の田舎だ。この時代に自動改札ではない無人の駅で降りて、長閑な田舎町の穏やかな雰囲気に包まれる。
この空気感は正直嫌いじゃない。人が全然居ない様なド田舎でもなく、かと言って都会には程遠い程度の人口しかない小さな町。
駅やスーパー等がある辺りから離れれば、広大なリンゴ畑が広がっている。どこまでも広がっていると錯覚するぐらいに、リンゴの木が遥か遠くまで続いているのが見える。
この景色を見ると、おばあちゃんの家に来たなと毎回思う。引っ越しするのは嫌だったけど、長野という土地が嫌いなのではない。
ただ友人達と離れたり、利便性諸々が著しく悪くなるのが嫌だっただけ。大学を卒業さえしてしまえば、移り住んでも良いかなとは思えるぐらいには気に入っている。
「おばあちゃん、元気にしてるかな」
両親の仲が拗れてからは、お父さんの車で何処かに出掛ける事が無くなった。それが原因で、ここ数年おばあちゃんとは会えていなかった。
小学生の頃はちょくちょく来ていたけれど、中学生になった辺りから機会は一気に激減していた。
おばあちゃんに料理を教えて貰うのが大好きで、楽しかったのを覚えている。あとはおじいちゃんのリンゴ畑で採れるリンゴが美味しかった。
おじいちゃんはもう亡くなっているけど、リンゴ畑は続けている筈。毎年送ってくれていたので、今も続けていると思う。
そんな風に思い出に浸りながら、30分ぐらい歩いた先におばあちゃんの家が見えて来た。
おばあちゃんの宮沢時子が住んでいる、お母さんの実家だ。今はお母さんも一緒に住んでいるから、孤独な暮らしでは無くなっている。
ただそれまでは1人だったのを思うと、こうして自分1人だけでも会いに来ていたら良かったなと少し後悔している。
「あの、おばあちゃん居る? 鏡花だよ」
「お〜〜鏡花、大きくなったねぇ!」
「身長はそんなに伸びてないけどね」
私とそんなに身長が変わらない、背の低い年老いた女性が玄関まで迎えに来てくれた。
70歳を過ぎて白髪も増えて、以前会った時よりも少し背が低くなった様に思う。最後に会ったのは中学2年生の時で、おじいちゃんの一周忌の時だ。
それ以来会えていないので、軽く5年近く経過している。そんなに会って無かったんだなと、更に老いた姿を見て染み染みと思う。
懐かしいおばあちゃんの家の雰囲気を堪能しながら、久し振りに宮沢家の居間へと向かう。
昔ながらの建築物なので、洋式ではなく和式の造りになっている。ドアは少なく大体は襖で、殆どの部屋が和室で畳が敷かれている。
かなり久しぶりに和室中心の家に来たので、ちょっと不思議な感覚だ。でも畳の部屋も嫌いじゃない。畳の香りは昔から結構好きだ。
「お昼まだだろう? お蕎麦用意しといたから」
「うん、ありがとう」
「ゆっくりして行きなよ」
私が来るのはお母さんを通じて知っていたのだろう。わざわざ信州蕎麦を用意していてくれたらしい。
暑い時期なので、氷の入ったざる蕎麦は有り難い。長野で食べる温かい山菜蕎麦が私は大好きだけど、シンプルなざる蕎麦も嫌いじゃない。
真夏に田舎の和室で食べる、冷たいお蕎麦は中々に趣があって良い。暫く経験していなかったから、尚更そう感じるのかも知れないけど。
この穏やかな空気は田舎でしか味わえない。あちこちで鳴いているセミの音をバックに、静かな和室で過ごす平和で長閑な時間。
何となく心が洗われる様な気分になる。そんなに汚れているつもりも無いけれど、この雰囲気にはそう思わせる何かがある。
「随分と大人っぽくなったねぇ」
「え、そ、そうかな? そう見える?」
「ああ、もう十分大人の女性だよ」
身内の評価なのは重々承知だけど、それでもそんな風に思って貰えたのは嬉しい。小春ちゃん達に色々と教わって、学んで来たファッションやメイク等。
そのお陰で昔とは随分と違う見た目に変わったと思う。だけどそれでも、まだまだ駄目だなと思う時がある。
自分なりに努力して、年相応に見える様にはしているつもりだけど。これで良いかな? 大丈夫かな? そんな風に不安になる事は未だにある。
気にし過ぎだって良く言われたけれど、やっぱり心の何処かでそう思ってしまう時もある。
そんな事を考えていると、そんなん堂々しとったらエエねん! なんて友香ちゃんの声が脳内から聞こえて来たりして。
「おばあちゃんにね、これまであった事を話に来たんだ」
「そうかい、聞かせておくれ」
「うん、先ずはね、真って言う男の子と仲良くなってね」
これまで会えていなかった間に、孫がどうしていたのか伝えたくて。色んな人達に良くして貰って、ちょっとずつだけど成長出来た。
まだまだ至らない所だらけだけど、それでも私はここまで来たよって。あんなに何も出来なかった私が、バイトをしてお金も稼いで居るんだよって。
おばあちゃんに話せて来なかったここ5年ぐらいの思い出話を、田舎の穏やかな空気の中で一杯聞いて貰った。
貴女の孫は、元気で幸せな毎日を送っていますよって、ちゃんと伝えられただろうか。




