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5章 第201話 2人の母親

 (まこと)鏡花(きょうか)が夏休みを満喫している頃、長野の某所では2人の母親が子供達には内緒で会っていた。

 離婚した事で姓が変わった宮沢杏子(みやざわきょうこ)と、芸名では斉藤(さいとう)姓を使っている葉山悠里(はやまゆうり)の2人だ。

 2人は大人の女性が話し合うのにピッタリな、少し豪華な印象のある喫茶店で初めての顔合わせをしていた。


「あ、貴女は!?」


「お会いするのは初めてですよね。葉山悠里です」


「い、いえ。その、宮沢杏子です」


 杏子は真の母親とは電話で何度か話しただけだ。それ故に、誰もが知る様な芸能人である事を知らなかった。

 最近やっと娘の鏡花と話す様にはなったものの、踏み込んだ話は出来て居なかったからだ。

 自分が恋愛で大失敗をしただけに、娘の恋愛に口出しするのを遠慮する様なっていた。今回はそれが原因で、突然の大女優登場に大層驚く事となった。

 しかしそれは無理もない話だ。杏子はごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の家庭を持った母親に過ぎない。

 まさか自分の娘がとんでもなく有名な芸能人の、その息子と恋愛をするなんて普通は予想出来る筈がない。


「あ、あの、その……うちの娘が申し訳ないと言いますか」


「ああ! 大丈夫ですから。そう言う事は気にしないで下さい」


「い、いえ、ですけど……」


 一般的な価値観で言えば、相手の娘さんに手を出した息子側の親が畏まる場面だ。しかし今回は、相手が超の付く有名人の息子。

 逆に杏子の方が低姿勢にならざるを得ない。杏子の側から見れば、芸能人の息子を彼氏にしてしまった娘と言う事になる。

 相手側への負担であったり、立場的な釣り合いであったり。そう言った点がどうしても気になってしまうのは仕方がない。

 ただ悠里としては、そんな事は気にしないで欲しいのが本音だった。鏡花の事は気に入っているし、立場だとかそんな事で息子を縛る気も無いからだ。


「息子が選んだ相手ですし、鏡花ちゃんは良い子ですから」


「で、ですけど」


「息子は芸能界に興味ありませんから、何の問題もありませんよ」


 実際に真はその気がまるでないので、誰と恋愛しようが関係はない。交際を隠す必要も選ぶ相手を限定する意味もない。

 悠里としては、このまま鏡花と結婚してくれて何ら問題はない。むしろ義理の娘になってくれたら、喜んで可愛がるつもりだった。

 そこはやはり親子なのか、悠里は鏡花の小動物っぽさが可愛くて仕方ないのだ。概ね真と気に入る部分が似ていた。

 はしゃぐ鏡花を見て喜ぶ真と、殆ど同じ価値観である。目的こそ違うものの、考える事はそっくりだ。


「ご存知なのでしょう?……こんな母親ですよ?」


「そんな言い方なさらなくても。私は気にしていませんから」


「……本当に良いのですか?」


「間違える事ぐらい、誰にでもありますよ」


 悠里としては、離婚に至るまでの経緯をもって拒絶するつもりはない。決して褒められた行為ではなくとも、全く理解出来ない訳では無いからだ。

 親になったからと言って、自分の幸せを捨てる必要はない。もちろん子供の幸せを第一にすべきではあるが。

 ただ鏡花が、物分りの良い家庭的な子供だったから甘える事が出来ただけ。もっと手のかかる子供であったなら、また違う未来もあったかも知れない。

 不倫なんて、やっている余裕が無ければまた別の結果に繋がった可能性はある。それが悠里の考えだった。


「難しい問題ですからね、子供が出来た後の親の幸せは」


「……そう、ですね」


「私だって、ただ運が良かっただけかも知れませんから」


 事実として、ただ不幸が重なっただけで離婚に至る場合もある。誰が悪いと言う訳でもなく、本当に運が悪かっただけ。

 そしてそれは上手く行く側にも同じ事が言えた。今上手く行っている家庭でも、条件が変われば関係が変わる可能性がある。

 例えば旦那の会社が倒産したり、奥さんが重い病気を患ったり。そんな変化で、あっさり関係が変わってしまう事もある。

 今上手く行っている夫婦が、その先どんな事があっても仲が良いかは分からないのだから。

 恋愛に不正解はあっても、何が正解かは未だにハッキリとした答えは無いままだ。こうすれば絶対に上手く行く、そんな事を公言しているのは怪しいインフルエンサーぐらいだ。


「鏡花ちゃんがあんなに良い子なのは、何も本人の資質だけでは無いと思いますよ」


「そう……でしょうか?」


「親の影響を受けない子供なんて、普通は有り得ませんから」


 確かに鏡花自身の性質もある。ただそれだけでは無く、確実に杏子達親の影響があって今の鏡花がある。

 まだ鏡花が小学生の頃は、ちゃんと杏子達も親として生活していた。そこから鏡花に与えた影響は、間違いなくあるのだから。

 もしそんな時間すら無かったとしたら、今のこの瞬間は無かったかも知れない。鏡花が完全に内に籠るタイプになっていたり、非行に走る様な子供になっていたら。

 その場合は間違いなく、真との関係は発生しなかっただろう。一切交わる事のない、別々の道を歩んでいただろう。


「それにこちらが娘さんを貰う側ですから、偉そうな事は言えませんよ」


「いえそんな事は。息子さんは素敵な男の子ですよ」


「まだまだですよ。子供っぽい所は沢山ありますから」


「いえ本当に、本当にそう思いましたよ」


 たまたま悠里が仕事の関係で、長野に滞在する事になった。それもあって母親同士の交流が行われた。

 最初こそ杏子が恐縮してばかりであったが、次第に打ち解けて行った。いつか身内になるかも知れない2人の初会合は、和やかに過ぎて行った。

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