5章 第200話 俺達のこれから
鏡花との大学1年目の夏休みは、結構頻繁に一緒に過ごしている。その方が鏡花も、電気代とか諸々浮いて良いだろうし。
それに俺としても1人で居るだけなのに、エアコンを使うのは勿体ない気がして。結局それは建前で、一緒に居たいと言うのが大半を占める理由なのだけれど。
そりゃあね、去年は受験で忙しくて色々と我慢していた。大学だって、言っている間に就活がスタートする。
そう考えれば、今こそ一杯時間を割いておくべきだろう。その辺りは鏡花も同じ考えなので、ちょくちょく俺の家に来ている。
家賃の関係で篠原さんの所へも行かねばならないので、そこはバランスを取りつつになるが。
兎も角、思う存分鏡花と過ごす事が出来る、貴重な期間には違いなかった。家デートも悪くはないけど、そればかりでは味気がない。
なので本日は、久し振りに水族館デートだ。最近鏡花が、ラッコの動画にハマっていたので丁度良いかなと。
「ほら見て真! あのペチペチするの可愛すぎる!」
「器用に拍手なんてやるんだな」
「そうだよ! ラッコって器用なんだよ!」
確かに可愛いとは思うけどね。ただどう考えても、ラッコを見て喜んでいる鏡花の方が遥かに可愛いんだけども。
最近大人びて来た鏡花だけど、こう言う所はずっと変わらない。何時まで経っても純粋で、可愛らしい笑顔を見せてくれる。
色々大変な事もあったから、一時期は表情に陰りが見えていた。それも今では、こうしてまた笑えている。
だいぶお母さんとは打ち解けたみたいだし、本当に良かったなと心から思っている。だって、この未来は無かったかも知れない時間だ。
こうして毎日の様に鏡花と一緒に居られるのは、幸運が重なっただけに過ぎないのだから。
「わ! 今日はアザラシの赤ちゃんの公開もしてるみたいだよ!」
「見たいんだろ? 行こうか」
「うん!」
何とか一緒に大学までは来られた。だけどこれから先は、俺達も大人の側に回って行く事になる。
誰かに頼る形ではなく、俺達自信の手で生きて行かないといけなくなる。結局高校3年間もあっという間だったのだから、大学4年間もそうなるだろう。
実際に、大学生になったと思えばもう夏だ。こんな調子で冬が来て、進級してまた夏が来る。
そうすればもう、就活が本格化するまで長くはない。余裕がある様に見えても、実際にはそれほど猶予は残されていない。
呑気に学生気分で居られる時間は、もう残り2年あるか無いかだ。成人式だって、それほど先の話ではない。
「うわぁ! ちっちゃい! 可愛い!」
「小さい間ってこんな色なんだな」
「真っ白でモフモフだよ! 触ってみたいなぁ」
こうして笑っている鏡花を、自分の手で幸せにしないといけない。そのリミットは、もうそんなに長くはないんだ。
決めるべき所を、しっかり決めないといけない。要するに、プロポーズ的な意味で。離婚騒動の時には、安易に選んで良い道か悩んだ。
最初はそのつもりだったけど、杏子さんと話していく内にそれは無いと考えた。ただ引き止めるだけの目的で婚約なんて、何かが違うと思った。
そして今は改めて、ちゃんと考えて決めようと思った。もちろんそれは、最低でも社会人になる目処が立ってからだ。
だけどそうするからには、大学4年間は大切にしないといけない。鏡花との時間もしっかり取りつつ、未来に向けての日々を無駄にしない様に暮らす必要がある。
この笑顔をずっと見続ける為には、中途半端な覚悟では駄目なんだ。それを俺は、目の前で見せられたのだから。
「アザラシは家で飼えないよねぇ……」
「先ずはパピヨンじゃないのか?」
「それは当然だよ! ああ、またサクラちゃんに会いに行かないと」
気持ちだけで言えば、今すぐこの場で結婚しようと言いたい。ここで抱き締めて、そう伝えたい。それでも、今はまだその時ではない。
鏡花は犬を飼いたがっているし、子供は一応欲しいみたいだ。そうなると頑張って、資金を稼がないといけない。
ただ結婚すればそれで良いと言う事ではないのだ。結婚して終わりじゃない、その後の生活がある。
だから今の内から、ちゃんと考えて行かないと駄目だ。鏡花はアクセサリーじゃない、手に入れたら自分の物ではない。
ちゃんと幸せな未来を、2人で作って行かないと意味がないから。
「そろそろお昼にしないか?」
「あ、ホントだ! 今食べないとイルカショー観れないよ」
「軽めに済ませて席を確保しに行こうか」
「そうだね!」
もう何度もこうして繋いでいる手。鏡花の手の平から伝わる体温が、俺にはとても心地良い。それこそ、あの日河原で元気を貰った時から。
あの時からずっと、この温もりに支えられて来た。新しい目標を見つける事も、こうして自分を取り戻す事も全部がこの温もりに支えられた結果だ。
あのまま燻り続けていたら、どんな俺になっていたのだろうか。現実から目を逸らして、腐って怠けて半端者になっていたかも知れない。
そうならずに済んだのは、全部この女の子のお陰だ。鏡花が居たから、ちゃんと進学して未来を見据える余裕が出来た。
「ありがとうな、鏡花」
「へ? 何が?」
「一緒に居てくれてありがとう、ってそう言う意味」
あんまり良く理解出来てない顔をしている。それでも構わない、だって俺は鏡花のそんな表情だって大好きなんだから。
気付けばもう200話なんですよね。良くもまあここまで続いたなぁと自分でも驚いています。




