4章 第194話 久しぶりに先輩と
「お邪魔します先輩」
「久し振りだね鏡花、もう大丈夫なの?」
「はい、色々と落ち着いたので」
今日は数ヶ月ぶりに松川梓先輩が一人暮らしをしているマンションへお邪魔しに来た。
先日の同棲云々の話もあるけど、何よりも女性の一人暮らしの参考にさせて貰いたくて。
春からお母さんは、長野のお祖母ちゃんの家に引っ越してしまう。そこから先は完全な一人暮らしになる。
篠原さんの好意で格安家賃だけど、それでも生活費諸々は必要だ。それに半分一人暮らしみたいな生活をして来たけど、実際にはちゃんと一人で暮らした事はない。
お父さんの収入が無くなる分は、自分で何とかしないといけない。単に住む場所に困らないだけで、これまでとは前提条件が違う。
「色々大変だったみたいだね」
「いえ、どちらかと言えばこれからですね」
「母子家庭になるんだよね? 学費とか大丈夫?」
「そこはちゃんとお父さんが出してくれますから」
褒められた父親じゃないし、今でもちょっと怒ってはいる。ただお母さんに聞かされて知った幾つかの真実もあるので、恨むほどではないけれど。
例えば夫婦関係が冷え切ってから、お父さんはお母さんが作った料理は食べなかったらしい。
だけどたまに帰って来た時に、私が作った料理はちゃんと食べていた。何の差なのかは分からないけど、お父さんなりに何かしらの想いはあったらしい。
養育費を払う事についても、素直に応じているとお母さんから聞いている。何と言うか、人として不器用なんだなと感じた。
親としてやった事は良くないけれど、冷たいわけでは無いみたい。年頃の娘とは、付き合い方が分からなかっただけなのかも。
「良かったよ、また一緒に通えるんだね」
「はい! またお世話になります」
「今更そんなの気にしないでよ」
ここ1年ぐらいは、先輩とはたまにしか会っていなかった。単純にタイミングが合わなかったのもあるけど、何よりも霧島君との時間を優先して欲しかったから。
やっぱり学校が別々になってしまったから、不安に思う部分は多分にあっただろうから。
ちょくちょく報告はしていたけど、まあ彼はモテる。そこは真と変わらないので、モヤモヤする気持ちは凄く共感出来た。
最近は特に卒業が近いからか、告白する人が多かった。それはもう霧島君ももちろん、真もそうだった。
ただそれについては、今日のメインじゃない。今回聞きたいのは、女子大生の一人暮らし事情だ。
「大学生活、どんな感じですか?」
「ん〜案外こんなものかって感じ」
「私、大丈夫かなぁ」
そこについては、結構不安な部分も多い。友達の大半が違う大学に行くから、友人関係はほぼリセットされてしまう。
また友達を作る事からスタートになるのが問題だ。高校では優しい人達に恵まれたけど、大学からはどうなるか分からない。
結構他府県から来る人も多いらしいから、上手くやって行けるか自信が無い。すっごくチャラい人とか居たら嫌だなぁ。
「ま、そんな変な人は居ないかな」
「サークル活動って、やっぱりお酒飲むんですか!?」
「うちはそんなの無かったなぁ。ほら、悪ノリして問題起こすと大変だしね」
昔と比べたらかなり減ったらしいけど、今でもやっている所はあると聞く。大学のサークルでお酒を飲むのを強要されたり、一気飲みをして病院に運ばれたり。
最近は学生が問題を起こすとすぐネットで拡散されるので、結構神経質になっている大学もあるのだとか。
少なくとも梓先輩が所属している、バスケサークルは大丈夫らしい。ただ私は運動が駄目だから同じサークルには入れないけど。
サークル活動、どうしようかなぁ。生活費の為にバイトを結構やらないといけないし。真との時間も大切だし。
合唱部みたいなのがあるなら気にはなるけど、そんな余裕があるかは分からない。
「どっちかと言うとバイトの方が大変かな」
「ファミレスでしたよね? 梓先輩のバイト先」
「そう! 彼氏居るって言ってるのにしつこい奴が居てさ〜。もう最悪よ」
忘れてはいけないのが、梓先輩もまたモテると言う事。体育会系美人なので、当然ながらそう言った問題が起きる。
私はそもそも春子さんの所でバイトを継続だから、主婦かおじさん達しかいない。何よりモテたりしないから、他のバイトだとしても無縁の話だけど。
私に言い寄る変な人は居ない。そこについては平凡バンザイだよね。余計な問題に悩まされる事はないし。このまま平凡な人生を謳歌して行く所存です。
「鏡花も気を付けなさいよ」
「私ですか? そんな物好き居ませんよ」
「……葉山君を落とした子が言うセリフじゃないわよ」
「あれは……真が特別なんですよ」
真以外にそんな変わった趣味の人が居るとは思わない。それこそ梓先輩みたいな人とか、上には上が幾らでも居る。
そこでわざわざ私をチョイスする意味が分からない。……本当に何で真とはこうなったんだろうか。
今更気持ちを疑う事は無いけど、改めて考えると本当に物好きだよね。こんなザ平凡な存在を選ぶなんて。
この私が卒業式に告白されるとか、大学に行ったらモテるとかそんな事が起きるわけが無いよね。
「良いから、気を付けなさいね」
「は、はぁ」
そこまで気にする様な事なのかなぁ。やたらと念を押されたけど、だって私だよ佐々木鏡花ですよ?
まあ見れなくもない程度になっただけの、どこにでも居る平凡女子でございます。そんな心配する様な事はございませんとも。