4章 第192話 これからの時間
年末年始からの時の流れはあっと言う間で、気が付けばセンター試験で瞬く間に時間が過ぎて行った。
やれるだけの事はやったし、変なミスもしていない。あとは合格発表を待つのみなのだけど、どうにも落ち着かない。
自己採点が出来るサイトを利用して確認もしたし、多分大丈夫だと思いたい。面接でもちゃんと受け答えは出来ていた筈だ。変な返答はしていない、と思いたい。
「真? 大丈夫?」
「ごめん、ちょっと落ち着かなくて」
「まだ心配なの?」
「勉強はどうにも自信が無くてな」
高校だってスポーツ推薦だ。今更勉強一本でとなると、あまり自信が持てない。その点、鏡花は真逆で入試への不安はあまり無い様だ。
元々学力が高くて、特に勉強面で困った事はないので余裕がある。手応えもある様で羨ましい限りだ。
こうして入試が終わった後の生活に、そこの差が生まれていた。なまじスポーツ推薦の無い入試が初めてなだけあって、結構な不安感に襲われていた。
「あの出来なら大丈夫だよ」
「そう、だよな? 大丈夫だよな?」
「何だか、いつもと逆で新鮮だよ」
普段は自信を中々持てない鏡花と、正反対な俺と言う構図が基本だ。しかし今回に関しては立場が逆転していた。
得意ではない事に関しては、流石に俺も自信満々と言う訳にはいかない。昔から勉強はそこそこにしか力を入れて来なかったのもある。
そのツケを今こうして払っていると言うか、今更騒いだ所でどうにもならないのだが。もう入試は終わり、結果が出るのを待つしか出来ないのだから。
「ほら、ワンコ達で癒されようよ」
「あ、ああ。そうだよな」
「撫でてたら落ち着くよ!」
鏡花の提案で入試明けにいつものドッグカフェに来ている俺達は、可愛らしい小型犬に囲まれていた。
実際こうして触れ合っていると、気持ちが落ち着いて来るのは確かだ。人間と犬の付き合いは長いと言うけれど、これは本当に不思議な効果がある。
軽く投げたボールを走って取りに行く姿を見ていると、余計な雑念が消えていく。終わった事にいつまでも引き摺られていても仕方ない。
いい加減気持ちを切り替えて日々を過ごさないと。受かっているなら、これからは鏡花との大学生活が待っている。
どうせ頭を悩ませるなら、大学生活について考える方が良い。これから先、4年間の大学生活が待っているのだから。
「鏡花、お母さんはどうするって?」
「春まではこっちに居るみたいだよ」
「なら、それ以降は一人暮らしか」
同じ美羽大学を受験した卓也は、松川先輩との同棲を考えているらしい。正直な所、俺としては非常に羨ましい。
俺達も2人でと言いたい所ではあるけれど、流石に親に黙ってと言うのも悪い事をしているみたいで悩ましい。
鏡花の母親である杏子さんは、今はもう絶対NGではないらしい。ただ心配もしている様なので、快く認めて貰えるかは微妙だ。
流石に今から離婚する人が、恋愛関係に何の不安も感じない訳がない。そんな状況下で、強行に同棲を始めるのも気が引ける。
「暫くはあのマンションで暮らすよ」
「格安だもんなぁ。高級マンションなのに」
「いやその、篠原さんの……手伝いもあるから」
滅茶苦茶やり手っぽい美人なお姉さんが好意で貸してくれた一室。そこに俺が住むのは何か違う気がする。
それもあって、鏡花の所に俺が行く方向性では考えていない。じゃあうちの家でって言うのも、完全な同棲とは違う。
そんな諸々の事情もあって、これからどうして行くかは少々曖昧であった。とりあえず、最初の1年は現状維持になるのだろうか。
それで困るって事は無いけれど、せっかくなら高校生よりは前に進んだ関係でありたい気持ちもある。
「俺が家を出るのも有りなんだけど、うちが空き家になっちゃうしなぁ」
「あの家に誰も居ないのは勿体ないよね」
「そうなんだよなぁ。母さん達、まだ東京から戻らないし」
そこにも問題があった。俺が家を出て鏡花と二人暮らし、となると殆ど誰も居ないうちの家が宝の持ち腐れになる。
そんなに古い家ではないし、ただ建っているだけにするのは勿体ない。たまにハウスキーパーさんが来るだけ、それではせっかくの存在価値が薄れる。
弟か妹でも居れば良かったのだけど、残念ながら一人っ子だ。後に続く者は居ない。そうなると、結局今まで通りが一番なのではと言う事になる。
「卒業後の生活か。悩ましいな」
「あと2ヶ月切ったんだよね」
「何かさ、あっという間だったな」
鏡花と仲良くなって、色々あって恋人になった。そこから色々あったけど、気が付けば俺達はもう高校を卒業する。
高校生になったのが最近だった筈なのに、もう少しで卒業して大学生になろうとしている。
楽しい時間は濃密だったにも関わらず、過ぎてしまえば一瞬の出来事だ。あの放課後に2人きりで教室の隅っこに居た日々が、もう既に2年近く前なのだから恐ろしい。
鏡花に好かれようと色々やっていた日々は、途方も無い長い時間と感じていた筈なのに。
「だけど、想い出は沢山出来たよ」
「確かにな。色んな事をしたよな」
「真との時間は、いつも楽しいから」
過ぎて行く時間の流れは変えられないけど、いつまでも変わらずこの女の子を楽しませたい。
その気持ちだけは、これからも失う事なく生きて行きたい。サクラちゃんと戯れる鏡花を見ながら、改めてこれからの時間を大切にしようと心に誓った。