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4章 第189話 傍に居てくれるから

 時間の流れは早いもので、あっという間に秋が終わって季節は冬に。鏡花(きょうか)の家庭で問題が起きて、その後のリカバリーに時間が掛かっていたのもあり体感時間はかなり短かった。

 実際には1ヶ月以上の時間だったけど、気持ち的には2週間ぐらいの感覚だ。鏡花と俺は特に時間を割いていたので、少し受験対策に遅れが出ていた。

 元々余裕があった鏡花は良いとしても、俺の方は用意した貯金がほぼゼロになった様なもの。早急に遅れを取り戻す必要があった。


「探してるやつ、あると良いね」


「流石にここならあると思うけどな」


 新たに参考書を買いに、この辺りで一番大きな書店に来ていた。大きなフロアで1階から3階まである。その全てが同じ書店と言う中々の広さだ。

 その分沢山の本が置かれていて、受験関連のコーナーも広い。特に受験目前な事もあって、大々的に展開されている。

 事前に調べておいた人気の高い参考書を追加で購入するつもりだ。もう季節的には最後の追い込み、ラストスパートに出るタイミングだ。

 売り場には似たような立場の学生達が、同じ様に参考書を漁っていた。皆それぞれ、追いかける夢や希望があるのだろう。


「どう? ありそう?」


「多分この辺り……あった、これだ」


「あ、それ良く紹介されてるよね」


 動画配信サイトで評判の良い物を数冊選ぶ事にした。現役大学生や塾の講師など、沢山の人が絶賛していた参考書なのできっと役に立ってくれるだろう。

 残された時間の中で、どれだけ伸ばせるかが勝負だ。現状の学力で言えば、恐らくは問題ない筈。

 だけどそれは周りの受験生達も同じ事だ。ギリギリまで、皆がそれぞれ努力をしている。

 今からもう受かったも同然と、油断している方が危険だ。A判定を取れたからと言って、合格したわけではないのだから。


「言ってくれたら付き合うからね」


「ならその、この後とかどうだ?」


「これから? 別に良いよ」


 目的の参考書を手にレジへと向かう。その流れで鏡花を誘う。鏡花の方が学力が高いから、と言う理由ももちろんある。

 ただそれだけじゃなくて、同じ時間を共有したいと言うか。鏡花の住む場所が変わってから、ちょっとした変化が生まれていた。

 どうも鏡花がちょくちょく泊まりに来ていたのは、あまり家に居たくなかったかららしい。

 しかし今は環境が変化し、泊まって行く日が減っていた。つまりは一緒に過ごす時間が減っているのだ。

 この受験の時期に何を馬鹿なと言われるかも知れないが、俺としてはちょっと物足りない気持ちがあった。


 もちろん鏡花が母親との関係を改善していくのは喜ばしい事だ。実に素晴らしい話だし、鏡花のこれからを考えたら必要だ。

 たった2人しか居なくなる家族との、関係性が冷めたままではこの先苦労する。だって俺達はまだ20歳にもなれていない。

 親に頼りたいタイミングは、まだまだ沢山あるのだから。ただ、それとこれはまた話は別と言うか。


(まこと)? 今日はどうしたの?」


「いや別に? 普段通りだぞ?」


「そうかなぁ?」


 ぶっちゃけちょっと寂しい気持ちがあった。ただそれを正直に言うのは少し恥ずかしい。

 一緒に居なかったわけじゃないし、毎日2人で登下校している。ただ通学の距離が変わったし、お互いの家の距離も遠くなった。

 それもあって、2人だけの時間が減ったのは少々辛い。とは言えそんな事を口にするのは女々しい気がして秘密にしていた。

 受験さえ終わってしまえば、また違うのだろうけど。それでもこう、日々のモチベーションに関わると言うか。

 自分でも気付かない内に、鏡花が居ないと駄目な人間になっていたらしい。特に意味もなく抱き締めたくなる瞬間が、突然発生したりもする。当然そんな事を人前でやったりはしないが。


「やっぱりちょっと変じゃない?」


「気の所為じゃないか?」


「えぇ〜〜絶対違うよ」


 電車に乗って家に向かいながら、何とか誤魔化しに掛かる。もう何か手遅れな気もするけど。

 いつも以上に距離が近いし、鏡花に触れる頻度も高い。自覚はちゃんとある。あるんだけど、複雑な男心と言うかそんな何かが邪魔をする。

 鏡花以外に恋人なんて出来た事がないから、こんな時にどうするのがベストなのか分からない。

 素直に相手に言えば良いのか、それとも隠しながらスマートに対応すべきなのか。そんなモヤモヤのせいか目の前の女の子が、普段以上に可愛く見えて困る。

 一緒に買いに行った眼鏡を、未だに使っているのが嬉しい。少しずつお洒落になって行った彼女の今の姿は、とんでもなく魅力的だ。

 理性で自制をするけれど、この愛おしい気持ちが治まる事はない。世の中の学生カップルはどうしているんだろうか、この受験シーズンは。

 どうやってこの、彼女が可愛くて堪らない時を乗り越えているんだ。誰かこっそり教えてくれ。


「ねぇ大丈夫?」


「大丈夫だって、体調が悪いとかじゃないから」


「本当に?」


 最寄り駅で降りて、自宅へと向かう。うちまではすぐだけど、着いた後が大丈夫だろうか。正直言ってかなり危険な気がする。

 さっきから鏡花が可愛くて仕方ない。また何か小春(こはる)に教わったのか、いつもとメイクが微妙に違う。でもきっとそれだけじゃない。

 鏡花が転校せずに済んで、皆で喜んだ。でもその後に、ゆっくり時間を取れていなかった。

 だから余計と、鏡花を求める気持ちが強くなっていた。結局何とか我慢出来たのは、玄関に入るまでだった。


「あっ、あの、真? ど、どうしたのかな?」


「ごめん。もうちょっとだけこうさせて」


「…………うん」


 後ろから抱きしめる形で、鏡花を腕の中に収めた。本当に、本当に良かった。鏡花が遠く離れた土地に行かずに済んで。

 こうして手が届く範囲に居てくれるのが、こんなに嬉しいんだから。クラスで一番じゃなくても、俺にとっては世界で一番の女の子がここにいてくれて本当に良かった。

この後めちゃくちゃ……勉強しました。多分。

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