4章 第188話 皆との想い出
そろそろ涼しくなり始める頃、皆でお昼休みを屋上で過ごしていた。結局屋上を占拠してから今日まで1年以上、誰からも怒られる事なく使用出来ている。
そもそも怒られる様な事をしていないって事もあるけれど、阿坂先生がずっと黙ってくれているのだと思う。
本人も密かに喫煙しに来ているのだから、大っぴらに出来ないと言う理由もあるんだろうけど。
それでもそのお陰で、私達は楽しいお昼休みをこうして過ごし続ける事が出来ている。
「本当良かったよね、鏡花ちゃんが転校せずに済んで」
「今更離れ離れは嫌だよね〜」
「本当だよ。カナちゃんと麻衣とはずっと一緒だったし」
この2人とは10年以上の付き合いがある。これほど続いた関係が、強制的にリセットされてしまうのは辛い。
今生の別れではないと言っても、やっぱりそれは悲しい事だ。長野に移り住んでも、同じ様な友達が出来たか怪しい所だ。
何度もお祖母ちゃんの家には行っているから、長野は穏やかな人達が大半なのは知っている。
でもだからって、友達が出来るかは別の話だ。高校生ともなると、ある程度仲の良いグループは出来上がっている。
こんな卒業目前に突然知らない人が来て、受け入れられるかと言うと難しいだろうし。流石にこの年齢で友達100人出来るかなの精神で居る人は稀だと思う。
「ホンマにビックリやったで。よう何とかなったなぁ」
「無理しちゃ駄目よ」
「辛い時はアタシらに良いなよ?」
本当に友人に恵まれたと思う。色んな人達がそれぞれ動いてくれた。友香ちゃんと水樹ちゃんは、この辺りで女性の二人暮らしに向いている賃貸を探してくれた。
小春ちゃんは春子さん達大人に相談してくれたり。男子チームも、安くで住まわせてくれる知り合いが居ないか探してくれた。
その辺りはカナちゃんや麻衣も、同じ様に色々と探してくれていた。皆受験があるのに、合間の時間を割いてくれていた。
本当に感謝しかない。いつの間にか阿坂先生まで、担任でもないのにお母さんと話をしてくれたらしい。
去年お母さんが学校に呼ばれた日に、面識が出来たからと動いてくれていた。今この屋上には、私の為に動いてくれた優しい人達が揃っていた。
私に出来るお礼なんて、料理しかないからクッキーを作って皆に配った。そんなの無くても、皆は気にしないだろうけど。
この屋上には、皆との温かい思い出が詰まっている。こうして積み重ねて来た日々が、昨日の事の様に思い出せる。
もうすぐここを離れるけれど、残されたこの時間を大切にしたい。高校生活の想い出として、記憶に刻んでおきたい。
「何か凄い人の家に済むんだってな?」
「有名配信者だよ。相変わらず大雑把だね村田は」
「かなり綺麗な人だったぞ。会った時はちょっと驚いたよ」
あの日から真の中では、篠原さんは仕事の出来る凄い大人と言う認識だ。真実をバラしてしまいたい気持ちと、内緒にしておくべきと言う気持ちがせめぎ合いをしている。
あの残念なゴミ屋敷っぷりを見たらどう思うだろうか。溢れかえった灰皿、転がったビールの缶。
飲みかけのエナジードリンクに、床に散らばったハンバーガーチェーンの紙袋。最近は私が頻繁に顔を出すからそこまで酷くはないけど。
それでも、女子高生にお世話をされたくて必死になる人である事は変わらない。
「紹介したアタシが言うのも何だけど、やたら美佳子さんに気に入られてない?」
「あ、あ〜。まあその……そうみたいだね」
「紹介してくれてありがとうって、やたら言われるのよね」
気に入られたって言うか、依存されていると言うか。胃袋を掴んでしまった面は否めない。
あと何故か分からないけど、私が良いらしい。お陰様で、子供の世話をするお母さんの気分を日々味わっている。
そんな方向性で母親の気持ちを理解したくは無かった。あと私はちゃんと自分で片付けも掃除もやっている。
あんなに滅茶苦茶な生き方はしていない。そんな迷惑の掛け方はしていない筈だ。少なくとも物心がついてからは。
「まあ上手く行ってるなら良いのよ」
「あ、あはは」
上手くは行っている。仲は良い方だと思う。ただ何ていうか、かなり残念な面があるだけで。
篠原さんのお陰で解決したのは本当に有り難い。そのお返しに家事をこなすのも構わない。
最近はお母さんがちゃんと帰って来るから、実質的な負担はそう変わっていないし。ただこう、大人の女性に対するイメージが日々壊れて行く。
あの人、本気で私が結婚しても来て貰うつもりでいる。あの目は本気だった。ちょっと怖いかも知れない。
「なあなあ、集合写真撮らへん?」
「何よ友香、急に?」
「ほら、ウチらもうすぐ卒業するやん? せやし記念に撮っとこうや、ここで」
突然の提案だったけど、結構良いかも知れない。私達は結構な日数を、こうして屋上で過ごして来た。
思い出が残る場所で、写真を撮っておくのは悪くない。私達が高校に通う期間は、もう残り半年もない。
受験を受けたら後は残り僅かだ。こうして集まって、お昼を食べる事も無くなって行く。
そうなる前に、揃って写真を撮る事を嫌がる人は誰も居ない。皆乗り気になって、一箇所に集まる。
「なあ、燈子さんも入ってや!」
「はぁ? 何で私が」
「良いじゃん、アタシらと記念にさ!」
「……SNSにはアップするなよ」
私達と、阿坂先生と言うお昼休み特有の集まり。その思い出として撮影されたその写真は、私にとって一つの宝物になった。
孤独にただ本を読むだけの学校生活から、こんなにも楽しい日々を過ごせた証が一枚の写真に詰まっていた。
こんな風に皆で笑い合う時間を残せた事については、あの残念なお姉さんに心からの感謝を送りたい。多分今頃は、爆睡してる最中だろうけど。