4章 第187話 秋空の下で
斜め上の方向性で問題が解決したのは、果たして良かったのか悪かったのか。私には何とも言えないけれど、とりあえず転校の危機が去ったのは助かった。
進路的な意味でもそうだし、恋愛的な意味でも有り難かった。正直言って、遠距離恋愛は嫌だったから。
やっぱり会いたい時に会える距離が良い。何気ない触れ合いから得られる幸福感が好きだから。
「何か、ごめんね。色々してくれていたのに」
「良いって、鏡花が残れるんならそれで良いよ」
「うん……ありがとう」
真はもちろん、色々考えたり行動したりしてくれた友人達にお礼を言って回った。思わぬ形ではあったけど、何とか皆と一緒に卒業出来そう。
やっぱり友達と離れ離れは辛い。それに転校した先で、こんな風に色んな人と仲良くなれる保証もない。
元々は2人しか友達が居なかった陰キャである。とても上手く行く未来は見えなかった。
この学校だったから、温かい人達だったからこうして笑っていられるだけ。もし違う学校だったら、こんなに上手く行っていないと思う。
教室の隅っこで、1人孤独に過ごしていたに違いない。元々そうだったのだから、そうじゃない学校生活を送れたとは思わない。
「お母さんとは、上手くやれそう?」
「……まだちょっと。あんまり、かな」
「そっか……難しいよな、やっぱり」
とりあえず学校は解決はしたけど、親子としての問題はまだまだ残っている。今日までの生活で、多少なりとも母親としての自覚があるのは理解出来た。
だったら何であんな事したのか、そう言う気持ちはやっぱりあるけど。でも不倫相手とは別れたと聞いて、一応は許す事にした。
やってしまった過ちは消えないけど、改善しようとする意思までは否定したくない。
それをしてしまったら、自分自身を否定するみたいで嫌だから。駄目な所を何とかしたい、その気持ちは私だって持っているから。
自らを正そうとする事は、悪い事じゃない筈。反省や失敗から学べる事を、活かせればそれで良いと思う。
「俺も協力するからさ」
「そこまでしなくても良いんだよ?」
「やっぱり、ちゃんと分かり合いたいんだ」
真はあれから、お母さんの事を理解しようとしている。そんな事、別にやる必要はないのに。
結婚すれば確かに親族にはなるけど、だからって全て理解しなくても良い。どうして不倫になんて手を出してしまったのか、そんな事を知っても仕方ないと思う。
理解出来る方がおかしいのだから、無理をしなくても良い。なのに、私の母親だからと真は受け入れようとしてくれている。
「知っておいた方が良いと思うんだ」
「どうして?」
「きっと鏡花が傷つく事は、似ている筈だから」
どう、なんだろうか。自分では分からないけど、母親と同じ様な事で悩むのだろうか。
世間一般では、親と子供は似た部分があると言う。容姿だけでなく、内面的な部分も含めて。
私も浮気をされたら辛いとは思う。だけどそれは、誰だって同じ筈だ。浮気されて喜ぶ人は少ないと思う。
私がお母さんに理解を示したのも、そこだけだ。不倫をされたから自分もしようとは思わない。
だけど実際、そこまで追い詰められた経験はない。私も何か理由があれば、そうなってしまうんだろうか。
「ねぇ、もし私がお母さんみたいになったら……」
「その時は、俺にも原因があるんだろうな」
「真……」
「どっちかだけが悪いって事は、多分無いんだよ」
両親どちらもやっていた、そんなの普通なら私を疑う筈だ。親と同じ事をするんじゃないか、そう言う家庭の娘だ。そんな風に思われても仕方ないのに。
でも真はそんな事、全然考えていない。ちゃんと私を信じてくれている。そして私だけじゃなく、お母さんの事までちゃんと向き合っている。
本当にどこまでも、真っ直ぐな人だ。知り合った時から、ずっとこうして真っすぐ向き合ってくれている。
「話し合いって、やっぱり大事なんだろうな」
「そうだよね。私もそう思う」
「何かあったらさ、ちゃんと相談しような」
「うん!」
偉そうな事を言えるほど、私達に恋愛経験はない。だけど周りから学びを得る事は出来る。
何も自分の経験が全てでは無い筈だし。誰だって、他人から学ぶ事は沢山あると思う。
自分の考えが100%正しいなんて事はない。知らないだけの事が、きっと沢山ある。
私達はこれから、そんな色々な事と向き合う時が来る筈だから。結婚とか、出産とか子育てとか。やってみないと分からない事の方が、一杯あるんだから。
「俺が間違えたら、ちゃんと言ってくれ」
「それは真もだよ。私だって失敗するかも」
間違えないなんて事は、きっと誰にも出来ない。失敗しないで生きていける人なんて居ない。
真も私も、きっとどこかで何かを間違える。今までだってそうだし、これからもそうだ。ちょっとした事で喧嘩する事もある。
そんな事を繰り返しながら、私達は生きて行く。でも間違えたからって、やり直せない訳じゃない。
ちゃんと話し合って、許し合って。そうしてやって行けば、何とかなるんじゃないだろうか。
私の両親は、そうしなかったから破綻した。同じ過ちを、私達が繰り返してはいけない。
「こうしてさ、ずっと一緒に居たいよな」
「そうだね。こんな風にね」
秋の夕日に照らされながら、2人で手を繋いで学校を出る。あとどれだけ、こんな時間があるんだろう。
もうそれほど高校生活は残されて居ない。だけど学生じゃなくなった未来でも、こんな何気ない時間を大切に出来る2人で居たい。
そんな事を想いながら、繋いだ手の温かさを感じていた。明日もその先も、この温かさを失わない様にしたいな。
相談するって言うのが案外出来なかったりするんですよねぇ。