4章 第181話 未成年に出来る事
どれぐらいの時間そうしていたのだろうか。気が付けば、朝日が昇っていた。結局俺は、何をしていたんだろうか。
鏡花の事を理解したつもりになって、何も分かって居なかった。鏡花の苦しみも、家族が抱えている問題も。
何も知らない癖に、鏡花の話を杏子さんにしたり。それがもしかしたら、追い詰めてしまったかも知れない。俺のせいかも知れないし、違うかも知れない。
だけど一度そんな事を考えたら、何度もそんな考えが浮かんては消えて行く。裕福で恵まれた家庭に生まれた俺が、鏡花に何をしてやれる?
何もかも違い過ぎて、理解出来る事の方が少ないのに。何て声を掛けたら良い? 両親が仲良く暮らしている俺が、何を言ってやれば良いんだ。
どれだけ答えを探しても、それらしい事は何も浮かばない。呆然としたまま、ただ時間だけは過ぎて行く。今が何時なのかも良く分かっていない。
「アンタ、何やってんのよ」
「……小春、居たのか」
「見なさい」
いつの間にか家にやって来ていた小春が、俺のスマートフォンを投げ渡す。ベッドに座る俺の隣に落ちたスマートフォンの画面を見る。
何時から見て居なかったのだろうか、通知が貯まっていた。鏡花からの連絡や、いつものメンバーが使うグループの会話が大量に届いていた。
昨日からのやりとりを確認したら、鏡花の悲痛な相談が届いていた。『両親が離婚すると言い出した』『母親に引き取られる』『長野へ引っ越さねばならない』
要約するとそんな内容となっていた。昨日の致命的な喧嘩を考えれば、そうなってしまうのも当然か。
昨日の事を知らない皆が、心配して連絡を入れている。しかし俺だけが、何も返答していなかった。
「で、アンタは何してるのここで」
「分からない……」
「はぁ?」
「どうしたら良いんだこんなの!?」
何と声を掛ければ良いのかも分からないのに、両親の離婚? 長野へ引っ越し? こんなの俺にどうしろと言うのか。もう何も分からない。
ただの高校生に過ぎない俺に、何が出来ると言うのか。所詮は未成年に過ぎず、経済力なんて皆無だ。
いつか小春に言われた事が、最悪の形で俺の目の前に提示された。俺はちょっとサッカーが出来るだけのガキでしかない。
確かにウチの家は裕福だ、でもそれは俺の金じゃない。俺が自分で稼いだ収入じゃないし、この家も両親の物だ。
鏡花の両親の離婚を止める力も無いし、長野へ行ってしまう鏡花を止める力も無い。何も無いんだ、俺の両手には。
「じゃあ諦める? アンタにとって、鏡花はその程度なの?」
「そんな訳あるか!? どうにかしたいさ! でも、俺に何が出来る!?」
「じゃあ形振り構うな! 格好悪くても、最後まで足掻きなさい!」
胸倉を掴み上げた小春の目は、今までに無いぐらい強い意思が籠もっていた。こんなに真剣な小春を見るのはいつ以来か。
多分きっと、コイツは俺が何もしなかったとしても行動するのだろう。鏡花の為に、何かをするつもりだ。
小春は今問うているのだ、一緒に着いて来るのかどうか。このまま何も出来る事は無いと塞ぎ込むのかと。
例え無様であろうとも、駆け出すのか。その意思を確認に来たのだ、お前はどうするのかと。
「勝算はあるのか?」
「一番の手は、アンタ次第よ」
「……何をすれば良い?」
先ず小春が最初に説明したのは学業に関してだった。今の時代は、大学に行くのが普通で養育費として要求出来る。
実際に20歳又は大学卒業まで、養育費として認められるのが一般的らしい。つまり進学面については恐らく問題はない。
余程質の悪い父親でも無い限りは、支払うだろと言う事。また母子家庭になるからには、奨学金制度等も利用する方法がある事。
鏡花は成績が優秀で真面目な生徒だ、通らない可能性は低い。大学への進学は、諦めずに済む可能性が高いと言う事。
「この時期に転校は現実的じゃないわ」
「確かにな。高3の秋に転校は普通しないよな」
「そもそも転入を受け入れていない場合もあるわ」
「それを訴え掛けるんだな」
鏡花の両親は、現在冷静さに欠けていると思われる。現実的に考えたら、こんな時期に転校はリスクしかない。
このまま美羽高校を卒業し、進学する方が良いに決まっている。杏子さんは娘の幸せをどうでも良いとは思っていない筈だ。
少なくとも冷たい人と言う印象はない。だから説得すれば、聞き入れてくれるかも知れない。せめてもう少しの間ぐらい、待ってくれるかも知れない。
「あとは、やっぱり大人に頼る事ね」
「……それは」
「ええ、格好悪いわね。親頼みなんて。でも他に出来る事あるの?」
形振り構うなとは、そう言う意味か。確かにまあ格好悪い話だ。肝心要の部分が俺の親頼み。
だがそれしか、俺達に出来る事はない。ここで都合良く宝くじが当たるなんて幸運はない。そんな運頼みの馬鹿げた作戦は使えない。
地に足付けた、一番確実な方法はそれしかない。その為に頭を下げるぐらいなら、幾らでもやろう。
如何に上手く両親を説得するか、そこに掛かっている。募金のお願いをするのとは、全然話の重みが違う。覚悟して挑まねばならない。
「アタシも春子さんに相談してみるけど、あんまり期待は出来ないわ」
「分かってる。うちがベストなんだろ? やるだけやってみるさ」
一睡もしていない体を引き摺りながら学校へ向かう。先ずは鏡花に会って話さないと。
何とか色々やってみるから、諦めないでくれと伝えないと。全然格好なんて良くない、だけどそれでも俺はやるんだ。鏡花が皆と一緒に、卒業出来る様に。