4章 第177話 鏡花がなりたい理想像
「先輩、夏休み中もずっと観てましたよ!」
「料理回、面白かったです!」
「そ、そっか。ありがとうね」
夏休みが終わって学校に行くと、早速中村さんと宮下さんが会いに来てくれた。こんなに熱心に応援してくれるのは本当に有り難い。
ただ本当に私で良いのかと、未だに恐縮してしまう。たまに名前も知らない後輩達にも挨拶されるし、私の学校生活は随分と変わってしまった。
悪い事ではないんだけど、小心者の私は内心ではビクビクしている。いつかガッカリされてしまうのではないかと。いっそその方が、悩まずに済むのかも知れない。
「先輩の卵焼き、真似しても上手く出来ないんですよね」
「どんな風になるの?」
「ちょっと塩の加減が上手くいかなくて」
「じゃあ塩を使わずに、めんつゆで味付けしてみたらどうかな?」
料理のアドバイスなら、幾らでも出来る。ファッションとかメイクは小春ちゃん達に丸投げするけど。
でもあの料理回では結構シンプルなレシピを見せたつもりだったけど、案外難しかったのだろうか。
結構初期の頃にお祖母ちゃんに教わった、基本中の基本みたいな内容だったんだけどな。
もう少し簡略化した方が良かったかも知れない。誰かに料理を教えるなんて、あれが始めてだったから匙加減を間違えたかも。
「あのレシピ、難しかったかな?」
「あっ、いえ。私が下手くそなだけです」
「友梨佳は不器用ですから」
「ちょっと!」
せっかく世に出した以上は、人の役に立って欲しい。小春ちゃん達との遊びみたいな企画とは言え、私が紹介した料理はそれなりに自信があるモノばかりだ。
どうせなら沢山の人に美味しいと思って貰いたい。それにより多くの人に、料理を楽しんで欲しい。
作る楽しさも、食べて貰う嬉しさも知ったからこそ思う。私が誰かに教えられる唯一の特技だから。
「もうちょっと詳しく話せば良かったね」
「いえ、そんな事ないです! 良い参考になりました!」
「そうですよ! 勉強になりました」
参考に、なってるんだ私が。1年前は誰の参考にもならない、地味で平凡なただの人だった私が。
今は後輩達に少なからず影響を与えているらしい。未だに信じられない話だけれど、こうして飽きる事なく会いに来てくれている。
ただ漠然と、恥ずかしくない先輩にあろうとして来た。でもそれだけでは駄目な気がして来た。
どんな風に、見てもらうか。どう言う事を伝えたいのか。それをしっかりと考えた方が、これからやって行く上で必要な気がする。
趣味に意味を見出す必要は無いのかも知れない。だけど、意味を持たせたら駄目と言う事もない筈だし。
「前のファッション雑誌だって、参考になりましたよ!」
「あれ真似してる子、多いんですよ!」
「そ、そうなんだ」
あれは私と言うより、竹原さんが凄いんだよね。企画から発売まで、全部あの人だからこそだ。
あんな風に、女の子達が輝けるようにって本気で考えている人だから。思わず憧れてしまうぐらい、カッコいい女性だから出来た事だ。
私が同じ事をやって、全く同じ結果を出すのは無理だ。小春ちゃんなら出来るかも知れないけど。
実際に小春ちゃんは、私をこうも変えて見せた。だからきっと出来ると思う。私に色んな事を教えてくれたのは彼女だから。
「あ、そろそろ行かないと」
「やば、今日体育からだ!? 失礼します先輩!」
「うん、またね」
廊下を足早に駆けて行く2人を見送る。廊下を走ったら駄目だよ、なんて言葉は出て来なかった。
この会話でふと浮かんだ、私に生まれた欲求。もしかしたら、もっと前からあったかも知れない望み。
誰かの役に立つと言う事。誰かに必要とされる事。自分で思っていた以上に、その願いを強く感じている。
2人に言われたからなのか、それよりも前からなのか。どちらにせよ、私のやりたい事に少し近付いた気がする。
真に相談してから、ずっと悩んでいた私がなりたい大人。そこに対する一つの答えが見えた気がする。
私はきっと、竹原さんや小春ちゃんみたいになりたいんだ。容姿的な意味ではなく、誰かの役に立つ人になりたいんだ。
その存在がどれだけ有り難いか、身に沁みて知っているから。ただの憧れに過ぎなかった事が、目標へと変わる瞬間を経験した。
「篠原さんも、一応は入るよね。ある意味では」
あの残念なお姉さんも、そう言う観点でのみ観れば誰かの役に立つ人だ。私生活はもう最悪の一言に尽きるけど。
だけどやっている事は、驚くほどクリーンである。学校はちゃんと行きなさいよとか、迷惑掛けたら駄目だよとか。
まるで生活指導の先生みたいな事ばかり言っている。本人の生活も指導されるべきなんだけど。
ともあれ、私が目指すべきサンプルは既に周りに揃っている。後はどう目指すか、その方法だけだ。
やっぱり一番良いのは、竹原さんへの相談だろう。現状あの人が、一番私が目指す理想に近いから。
「でも竹原さん忙しいよね? 一回真に相談しよう」
教室に戻った私は、先ず真に相談した。理由を聞かれたので、竹原さんみたいになりたいと答えた。
そうしたら何故か真が膝から崩れ落ちたんだけど、一体どうしたんだろう?