4章 第175話 真の成長
「で、格好付けた割に早速キョウに甘えたいと?」
「そうじゃない! ただちょっと中々遊べないなって」
最低限のバイトを続けている鏡花とは、予定が合わない方が多い。俺は俺で、追い込みの為に夏期講習の後半戦に参加しているからだ。
鏡花や他のメンバーは後半までは参加する必要がない。現状で十分な学力があるので、残りは自宅学習で問題ない。
鏡花と同じく学力的に十分な小春が何故居るかと言えば、なんと東京の大学を目指すらしい。小春らしいと言えば、らしい選択なのだが。
そんな理由から、俺と小春は今も近所の塾通いだ。全く遊ばないとか、全くデートしないのも変だけど勉強も必要で。
だけど会わない日が続くと、無性に会いたくなるのも事実だ。そこのバランス取りは中々難しい。
「アンタの学力不足が原因でしょ。我慢しなさい」
「分かってるよ、それは」
「それに、後少しでしょ」
実際、夏期講習はもうそんなに期間が残っていない。あとちょっと頑張れば期間は終了だ。
そうしたらまた、一緒に家で勉強会をすれば良い。前からやっているけど、あれはあれで悪く無い。
振り返ってみれば何だかんだでデートも多少はしたけれど、今年の夏はほぼ勉強だった。夏期講習前半に、それが終われば自宅で鏡花と勉強会。
そして再び夏期講習の後半。鏡花の応援で東京に行ったのも含めて、遊んだと言えるのは正味10日もない。
これで本当に良かったのか、悩みもしたけれど。だけど後悔が残る様な日々では無かったと思う。
「それよりマコ、点数足りたの?」
「いや……まだあと少し。英語がどうにも」
「そろそろ余裕持てないとキツイよ?」
痛い程にそれは分かっている。秋までには射程圏内に入る様でないと、合格出来るか微妙になって来る。
マークシートだからって、サイコロに頼る羽目になるのだけは御免だ。現状どうにも英語だけがネックになっているので、そこだけは何とか解決したい。
英語さえ何とかなれば、とりあえず一安心だ。もちろんクリアしたからって、油断する訳には行かないが。
「何が駄目なのよ?」
「リスニング。音だけじゃどうにもな」
「学習用の音源を沢山聴くのね」
やっぱりそう言う方法しかないよなぁ。耳を鍛えて音に慣れるしかないか。追加で何種類か買ってみよう。
英文を読み解くのはだいぶ出来る様になったから、そっちは一旦置いておく。とにかく英語音声に慣れて行くしかないだろう。
それ以外に方法なんて無いだろう。それに何も全てが悪いのではない、残された課題はリスニングのみとも言える。
全体で見ればかなり学力は上がったのだから。鏡花のお陰もあって、A判定まであと一歩だ。目標達成が近付いている。
その後も、講習を受け続けた。帰宅してからの自習も欠かさずこなす。鏡花とはメッセージのやりとりや通話ぐらいするが、今は会わない様にしていた。
英語の音声を沢山聴くのに、鏡花を呼ぶのも変な話だ。それでは逆に鏡花の邪魔をしてしまう。
動画視聴に使っていたタブレットで、リスニング用の教材を再生する日々。ただひたすらに黙々と課題に挑み続ける。
欲を言えば、鏡花の作った晩御飯が食べたい。だけど、今は我慢の時。勉強と恋愛のバランスは、ちゃんと取らないといけないから。
「模試の結果を渡します。名前を呼ばれたら前に来る様に」
あれから1週間と少し、夏期講習最後の模試の結果が出た。リスニング対策にひたすら時間を割いたのもあり、今回は前より出来た自信がある。
全体的に良い出来だったのでは無かろうか。英語以外もそれなりの手応えだったから、もしかしたらあり得るかも知れない。目標達成の可能性が。
「葉山くん」
「はい!」
教室の前へと向かう足が心なしか速い。結果がどうなったのか知りたくて。鏡花に良い方向が出来るのかどうか、それがここで決まる。
男性の塾講師から、採点結果を受け取る。今ここで見たいが、こんな所で立っていたら邪魔だ。早く自分の席に戻って確認しよう。
期待と不安が、半々の状態で落ち着かない。たった数メートルの距離が遠い。ちょっと変なテンションになりながらも着席する。
自己採点では、A判定に届くだけの点数だった。頼むぞ、俺の頭脳。
「っし!」
周りに聞こえない程度に、喜びの声を上げる。何とかギリギリ届いたA判定。もともとあと少しだったから、いつかは辿り着いただろう。
でもそれが、夏の間に達成出来たのは嬉しい。秋までに届けば、多少の余裕も出て来るからだ。
これでまだ少しだけ、鏡花とデートする余地が出来た。もちろんギリギリ届いただけなので、甘く考えるつもりは無いけど。
この点数なら、B判定に落ちる可能性もまだまだ残されている。それにあくまで模試は模試、センター試験に合格したのではない。
むしろ本番はこれからで、ここから更に進まねばならない。それでも、喜ばしい事に変わりはない。
「どしたのマコ?」
「見ろ小春! 遂に来た!」
「あのサッカー馬鹿が、良くもまあここまで頑張ったわね」
それは俺も思っている。大学だってスポーツ推薦で行くつもりだったのだから。勉強なんて、そこそこで良いとしか考えて居なかった。
だからこそ、ここまでの道のりは大変だった。ずっと付き合ってくれた鏡花に感謝しないとな。帰ったら早速報告しよう。