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4章 第172話 人には人の事情がある

篠原(しのはら)さんって、どうして配信者に?」


「えー? 特に考えた事無いなぁ」


 数日ぶりに訪れた篠原さんの家で、掃除をしながら雑談をしていた。そんな中で何となく気になった事を聞いてみた。

 私達ぐらいの世代だと、当たり前の様にSNSで発信している。だけど篠原さんの様な、大人達は必ずしもそうではない。


 そもそも配信と言う行為自体が、20年ぐらい前に生まれた文化に過ぎない。私が生まれる少し前に、インターネットで始まった。

 最初は稼ぐ事なんて出来なくて、ただ一部で人気があるだけだったらしい。それがいつの間にか、職業の一種に変わって行ったとか。

 その辺りについては、私はあまり詳しくない。何があって篠原さんをこの道に進ませたのだろう。


「好きな配信者が居たとかですか?」


「いやー特に居なかったなぁ」


「それなのに始めたんですか?」


 普通は誰かに憧れたとか、そんな理由で始めるんじゃないんだろうか。私は一応、昔から観ている人が居る。だからちょっとした憧れぐらいはある。

 もしあんな風になれたら、陰キャ気質の改善になるのではないか。そんな風に考えた事は一度ではない。

 観ている人を楽しませる、そんな生き方が出来たら。ウジウジ悩んだりせずに、真っ直ぐに日々を過ごせたら。

 そんな憧憬が少なからずあった。だから今はちょっと、嬉しかったりする。多少なりとも、そんな人々に近付けたのかなって。


「知り合いに言われたんだよねーやってみたらって」


「それだけなんですか?」


「そそ。やってみたら性に合っててさー。」


 それはそうだろう。こんな不摂生かつ、昼夜逆転の生活をしているのだから。生活リズムが一般的なそれとは違い過ぎる。

 昼間に寝て、夜から朝方に掛けて活動する。見事なまでに夜型人間だ。夜に配信して、皆が寝てる間にやるべき作業を済ませる。

 朝の配信をしたら寝て夕方に起きる。職種によっては夜勤もあるから、必ずしも間違いとは言えないけど。

 それでもこの生活は誰にでも出来る生活ではない。篠原さんがこう言う人だから、成立している部分は大きい。


「誰かを笑顔に出来るって良いよねー」


「笑顔、ですか?」


「ボクのダメダメっぷりがね、誰かを幸せにするんだよ」


 篠原さんと関わる様になってから、園田(そのだ)マリアの配信を観る様になった。過去のものについても、大体は目にした。

 その過程で、決して華々しいだけの人生では無いのが分かった。モデルとして活躍したからと言って、何もかもに恵まれていた訳では無い。

 両親不明の孤児院育ちで、勉強はそれほど得意ではない。容姿だけは恵まれたから、それだけを武器に生きて来た。

 しかし容姿だけでは、やって行ける程世の中甘くはない。ストーカーや風評被害など、様々な問題に苛まれた。嫌気が差して引き籠もりになり、現在に至る。


「外出たくないーってだけでさ、誰かが笑ってくれる」


「変な文化ですよね」


「そう変なんだよ。でもそれを求めてる人が居る」


 どう考えても、篠原さんみたいな生活は滅茶苦茶だ。人によっては数日で体調不良になるだろう。

 そんな日々が、沢山の人達を楽しませている。心配をしている人も居るけど、多くの人々は娯楽として楽しんでいる。

 もちろん全員が善意100%とは思わない。実際美人だし独り身だし、下心から近付く人も居ると思う。

 でもそんな人は少数派だと思う。ただ日々を楽しく生きる為に、集まっている人が殆どなんじゃないかな。そんな温かい雰囲気が、配信からは感じられた。


「ボクは出来る事が偏ってるからね」


「自覚はあるんですね」


「出来ない事はやらない主義だよ!」


 潔いと褒めるべきなのか、呆れる所なのか。微妙なラインなのがまた何とも。ただそれが彼女の魅力でもある。

 あまりにも生活能力が低いのは、両親が居なかったから。普通なら悲しむべき所を、誰かの笑いに変換している。

 マイナスをプラスに転換する、その人柄は彼女の個性から来ている。生まれ育ちを恨む事もなく、持ちネタに昇華している。

 簡単そうに見えるけれど、それが難しい事なのは私には分かる。自分の両親に、思う所は多々あるから。

 だから笑える篠原さんが凄いと思う。克服するまでには、きっと様々な葛藤があった筈だから。


「私は……篠原さんみたいになりたい」


「え!? 鏡花(きょうか)ちゃんも一緒に引き籠もる!?」


「いえ、そっちじゃなくて」


 私は自分が悲劇のヒロインだとは思っていない。似たような家庭環境は、どこにでも溢れている。

 だからきっと、私も含めた多くの人が乗り越えて行く悩みに過ぎない。その筈なんだけど、最近浮かんでは消える懸念。

 自分も両親みたいになるんじゃないかと言う恐怖。(まこと)を裏切って、別の誰かと。そんな事だけは、絶対にやりたくない。


 そう思ってはいても、消えてくれない不安。そして、そんな親の娘だと知られたくないと言う不安。

 今が幸せだからこそ、鎌首をもたげる恐怖が頭にこびりついて離れない。大学受験と言うプレッシャーからか、最近そんな事ばかり考えてしまう。


「鏡花ちゃんもニートになろう!」


「…………やっぱりダメだこの人」

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