4章 第168話 もし教室の隅にいる地味な男子だったら
夏休みの半分が終了し、後半戦がスタートした日。私とカナちゃんと麻衣、モブ友三人組は良く使う地元のファミレスに再び来ていた。
小学生の頃からずっと続いている、有り触れたローカルチェーン店。手頃なお値段で味も美味しくて、私達学生の強い味方だった。
「はぁ……サクラちゃんに会えない」
「臨時休業は仕方ないよ」
「1週間だけでしょ〜」
私の癒やしプレイス、『DOG CAFE MOCHA』は店舗設備の工事でお休みだった。その間ワンコ達は、オーナーさんの自宅に一時退避中。
姿すら見る事が出来なかった私は打ちひしがれていた。こうなってしまうと、あの齧られる時間すら尊い時間に思えて来る。
痛いのは痛いけど、愛のあるカジカジはそれはそれで良いものである。ああ、ワンコ達に会いたい。
この欲求は真では癒せない。全然別の感情なので、求めるものが違う。今の私は、結構なワンコレスとなっていた。
「そう言えばさ、鏡花ちゃん」
「何かな?」
「一つ謝らないといけない事があって」
悲しみを糧に勉強をしていた私は、思わず手を止めた。カナちゃんが謝る事って何だろう。私達は、喧嘩らしい喧嘩をした事が無い。
揉め事に発展する前に、必ず誰かが謝るからだ。そもそも揉め事になり難いと言うのもあるけれど。
そんな関係を10年以上続けているので、ちょっと想像がつかない。そして謝られる様な事に思い当たる節も無かった。
何度記憶を洗い直しても、それらしい事故や事件は何も起きていない。
「鏡花ちゃんはヒロインじゃなかったよ。主人公だよ、男性向けラブコメの」
「……え?」
「あ〜〜確かにそうかも〜」
何の話をしているんです? 何故に麻衣はそこに同意している? 何がそうなんだろうか。
私のどこに、男性向けラブコメの主人公要素があるんだろうか。嫌でしょこんな主人公なんて。得意なのは料理ぐらいで、あとはこれと言った特徴はない。
歌は得意だけど、運動はダメダメだからヒロインを助けたり出来ない。ナンパされて居る現場に遭遇しても、何も出来ずに終了です。物語は1ページも進む事がありません。
「意味が分からないよ」
「え、だって学校で一番の美少女達に好かれてるし」
「いや、それは友達としてだし」
「熱血スポ根女子もだよね〜」
そう言う視点で見たらそう見え、なくもないのかな。ちょっと無理矢理感もあるけれど、属性だけに着目するなら間違ってもいない。
一軍美少女小春ちゃん、モデルの水樹ちゃんに関西弁美少女の友香ちゃん。確かに男性向けのラブコメに居そうな属性ではある。
里香ちゃんはまんま熱血美少女だ。そして今この状況は、モブ仲間と相談中。いやいやいや、そこだけ見たらだから。私達は女同士だから。百合の花は咲いておりません。
「最近だと京美人でしょ?」
「そこだけ見たらね? 属性だけね?」
「残念なお姉さんもだよね〜」
「そ、それは、そう、だけど」
あれ? 何か否定出来なくなって来てない? 1人2人なら兎も角として、全体的に見たら確かにそんな風に見えてしまう。
色んな属性を持った複数の美人美少女が、私の周りに沢山集まっている。竹原さん達もカウントに入れると、結構な人数になって来る。
これだけ居れば、1作書けてしまうんじゃないだろうか。あまりにも都合が良過ぎる気がする。
ああ、入れ替わり立ち替わりするヒロイン達のオープニングアニメーションが、薄っすらと脳裏にチラついて来る。
「さあ鏡花君は誰を選ぶんだろうね?」
「誰も選ばないよ!」
「もしも選ぶなら〜誰が良いの〜?」
「えぇ〜〜」
もしもと来ましたか。また答え難い話題にしてくれたもので。もし私が男の子で、この状況だったらって事だよね。
とりあえず篠原さんは無しかな。同い年ならギリギリ許せるけれど、良い歳してだらし無い人とは結婚出来ない。色んな事でストレスを溜めそうだから。
今のギブアンドテイクが成り立つ関係でないと、私が多分耐えられない。他のメンバーだと、遠距離恋愛の稲森さんと部活が同じ里香ちゃん。
そしてクラスメイトの美少女3人組。うーん……そんな事を考えた事は無かったから悩ましい。
「鏡花君ハーレムエンドなの?」
「それは嫌かなぁ。不誠実だよ」
「でもキョウちゃん、ハーレムエンドまでプレイするよね?」
「ゲームだけだよ! 現実では望みません!」
現実とゲームの区別はちゃんとあります。ゲームでハーレムエンドを楽しむ人が、現実でも望む訳じゃない。
そう言う作品だから楽しむだけで、現実世界でやったら最低の行為だ。複数の異性を好き放題なんて、現代日本の価値観では許されない。
ちゃんと1人を決めるべきだし、いつまでもズルズルと関係を続けるのは残酷だ。私がそんな事をされたら、流石に怒るよそんな仕打ち。実質的なキープ扱いをして来る男子なんて嫌だ。
「選ぶなら、カナちゃん、かな」
「あ〜巨乳だからね〜」
「……鏡花ちゃん?」
「ち、違うよ! 一番落ち着くからだよ!」
酷い誤解が生まれていた。そんな発想から選ぶ筈無いじゃない。確かにちょっと触らせて貰ったりしたけど。
でもそれは、ただの興味本位に過ぎない。そこを重要視してなんか居ない。どちらかと言えば、分けて欲しいと言うのが本音だ。
何だかんだでワンコレスを紛らわす事は出来たけど、もっと違う話題が良かったよ。