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4章 第165話 母親と言う存在

 夏休みの途中で、1日だけ(まこと)のお母さんが帰って来る事になった。悠里(ゆうり)さんは仕事や裁判だとか、色々と忙しくしていた。

 それなのにわざわざ戻って来る理由は、なんと私だった。以前の盗撮騒動で、迷惑を掛けてしまった事へのお詫びらしい。

 そんなの恐れ多いから、断ったのだけど結局は押し負けた。ノーと言えない鏡花(きょうか)です。


「なぁ、これ母さんが楽しいだけじゃないか?」


「何を言ってるの! 女の子なんだから、この方が良いでしょう」


 現在私は、美羽(みう)駅前にあるデパートに居た。その中にある有名な服飾ブランドで、私は着せ替え人形と化していた。

 お詫びとしての食事会と、お詫びの品だと言う。正直こんなの、私には過ぎたる品々なんだけどな。私みたいな、一般モブ女子高生が着るブランドではない。

 値札なんて、とても怖くて見れたものじゃない。生地とか明らかに違うし、普通の洗濯機で洗うのは痛みそうで怖い。

 じゃあ着ないのかと言うと、買って頂いたのにそれもどうなんだろう。割高にはなるけど、クリーニングに出すしかないかも。と言うかそもそもの問題として。


「あの……本当に良いんですか?」


「良いの良いの、せめてこれぐらいはさせて」


「ですけど……」


「たまたま上手く行っただけで、もっと酷い事になっていたかも知れないのよ?」


 それを言われると反論のしようがない。運良く上手く行っただけ、それはその通りだ。周りの人達に恵まれていたから、この程度で済んでいる。

 本来なら、第二第三の迷惑系インフルエンサーが来ていたかも知れない。心無い人々に、ズカズカと踏み荒らされたかも知れない。

 私達の関係に、知らない誰かが悪意を向けたかも知れない。一度あったのだから、二度目が無いなんて断言は出来なかった。

 結局は大人に助けて貰っただけだ。竹原(たけはら)さんや雑誌の関係者さん達、そして真の両親である悠里さんと成幸(なりゆき)さん。

 そして友達皆が助けてくれたから、上手く世間の悪意には晒されずに済んだだけ。


「難しく考えてなくて良いの。未来の義娘への投資みたいなものよ」


「そう言われても……」


「ほらほら、次はこれ着てみましょう」


 流石はデパートと言うか、ブランド店と言うか。超の付く有名人が売り場に居ても、動じた様子は一切ない。

 悠里さんと真の近くに控えて、ニコニコと笑顔を浮かべて対応している。どこからどう見ても、ただの庶民にしか見えない私にも笑顔である。

 こんな小娘が、ブランド物なんて烏滸がましいと思われて居ないだろうか。それともデパートに入店した時点から、VIP客扱いだから大丈夫なのだろうか。

 見た事もない部屋に通された時は、何が起きているのか理解出来なかった。有名人やお金持ち専用の部屋らしく、気が気じゃなかった。


「あら〜良いじゃない! 似合ってるわ」


「そうだな、可愛いと思う」


「違う柄もございますが、如何なさいますか?」


 上から下まで、フルコーディネートされた私は別人の様だった。絶対に買う機会なんて無かった、フリル付きのストローハット。

 海外の映画ぐらいでしか目にした事がない、ドレスみたいなワンピース。胸元のリボンが凄く可愛いと思う。ロリータ系とか、そう言うタイプのデザインだ。

 靴はヒールの低いローファーだけど、明らかに良い革が使われているのは見ただけで分かる。

 まさかこんな格好をする事になるなんて。一体どこのお嬢様なんだろうか。着ているのは(モブ)なんだけど。


「鏡花は小柄だからな。こう言うの似合うな」


「そ、そうかなぁ?」


「自信を持って、鏡花ちゃん」


 自信を持て、良く言われる言葉だ。でも何だか、いつもと違う。何が違うのかは分からないけど、悠里さんの使うこの言葉は何かが違う。

 真や小春(こはる)ちゃん達とは、別の何かがそこにはある。どちらも温かい言葉だけど、温かさの種類が何だか違う。私の中に、今までで一番深い所まで浸透した気がした。


「鏡花? どうした!?」


「えっ? 何? 何が?」


「良いのよ、鏡花ちゃん」


 悠里さんが肌触りの良いハンカチで、私の目元を拭ってくれた。そこで初めて気が付いた、自分が涙を流していた事に。

 全然自覚なんて無かったし、何故なのか分からない。私は滅多に泣かない人ではないけど、泣き虫でもない。

 こんな風に、意味も分からず涙が出て来た事は無かった。自分の感情が全然理解出来ない。こうして涙が、自分の目から溢れる理由が謎だった。


「あ、あれ? なんで?」


「ちょっとお手洗いに行きましょうか」


「入口を出てすぐ左手に、化粧室がございます」


 心配そうな真をトイレの外に残し、悠里さんと2人きりになった。未だに止まってくれない涙は、どうやっても止まらなかった。

 痛いとか悲しいとか、そんな理由は何処にもないのに。原因が不明だから、何をしたら止まるのかも分からない。初めての経験だから、ただ戸惑う事しか出来ない。


「あっ……」


「今はまだ違っても、親だと思って頼ってくれたら良いからね」


 悠里さんが、後ろから優しく抱きしめてくれた。真にして貰うのとは、また違った安心感に包まれた。

 親子だからなのか、それとも別の理由なのか。真と同じ様に、凄く安らぐ自分が居た。暫くそうして貰っていたら、いつの間にか涙は止まっていた。


「さっ、お化粧を直してしまいましょうか」


「ありがとうございます」


「まだ子供なんだから、気にしないで良いのよ!」


 そう言って微笑む悠里さんの笑顔は、いつも優しく笑い掛けてくれる真にそっくりだった。

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