4章 第162話 再び東京へ
「鏡花さん! 今回は負けませんよ」
「え? は、はぁ?」
「登録者数では負けはしても、こっちでは負けへんよ」
合唱部としては最後のコンクール。夏の大会で再び東京に来た私達は、稲森美桜さんと再会した。それは良いんだけど、何の話をしているんだろう?
私が稲森さんに勝った事は無いと思うけど。冬のコンクールも、うちは2位だったし。全く何も思い当たる事がない。
「ちょっと、鏡花に絡まないでよ!」
「別にエエやないですか。ただの友好の証です」
「はぁ? どこがよ?」
「うちら、もうお友達ですやんな?」
友達、なのかなぁ? まあ私は嫌いじゃないし、そう思ってくれているなら非常に有難い。
2人しか友達が居なかった私としては、友人が増えるのは純粋に嬉しい。それに他府県に友達が出来るなんて、凄く陽キャ感がある。
このまま陽のオーラで陰の要素を浄化して欲しい。是非とも、お友達からお願いします。
「せや、いい機会やし連絡先交換しときましょ」
「あ、はい。お願いします」
「これでエエね。ほな、また後で」
凄い、信じられない。私のスマホに登録された友達の数が10人を超えた! 高2になるまで、2人しか無かった友人の数が今10人になった。
これは大きな成果と言って良い。友達100人なんて絶対に無理だと思ったし、10人すら遠いと思っていたのに。
それがこうして、見事2桁台に乗りました。今日は友達記念日として、細やかなお祝いをしよう。
「稲森と友達とか疲れない?」
「里香ちゃんって、ホント稲森さんに当たり強いよね」
「そりゃね。3年やり合ったからね」
里香ちゃんと稲森さんの関係は、相変わらずらしい。高校最後のコンクールでも、結局この調子のままみたいだ。
私個人としては、ちょっと羨ましい関係だけど。こんな風に、気兼ねなく言い合えると言うか。
お互いに理解しているからこそ、ストレートにぶつかって行ける間柄。欲しいと願っても、簡単には手に入らない存在だと思う。
きっと大人になってからでは、もう経験出来ない。部活動なんて、学生時代にしかないのだから。
「楽しそうで羨ましい」
「げっ、止めてよ鏡花〜全然楽しくないって」
「そうなの? 楽しそうに見えたけど」
昨年は遠征費用が不足して、大変だった東京遠征。しかし今年は何とかなった。昨年の結果が好調だった為に、予算の見直しが行われたらしい。
美羽高校はスポーツ推薦で、積極的に真みたいな生徒を集めている。その関係で、スポーツ以外の部活が軽視されがちだとか。
顧問で音楽教師の真野先生には、滅茶苦茶感謝された。私1人の功績じゃないし、私が参加する前の成績だって絡んでいる。だから皆の成果だと思うんだけどな。
「鏡花、とりあえずお昼行こ」
「そうだね。ちょうどお昼だし」
到着した初日は、去年と大した変更はない。ホテルでお昼を食べたら、開会式に出てあとは日程に従うだけ。
以前は緊張していて、何を食べたか良く覚えていない。だけど今は、比較的冷静で居られている。
春にも地元のコンクールに出たので、流石に慣れたと言うか。それから、後輩たちの前で恥ずかしい姿は見せられないから。
3年生の私が、変に慌てていたら不安だろう。それぐらいの事は私にも分かる。だから必死に、梓先輩の真似をしている。
冷静で優しい先輩みたいに、上手く上級生を出来ているかは分からないけど。
「佐々木先輩! お昼一緒に良いですか?」
「うん、良いよ」
「部長の私より人気なのは複雑だなぁ」
「そ、そんな事ないよ」
今は話題性があるだけで、頼りになると言う意味では里香ちゃんの方が圧倒的だ。見た目も普段の様子からも、私はそんなに頼りになりそうには見えないと思う。
背も低いし、腕力体力もヘッポコだ。一応これまでの基礎トレーニングで、ミジンコから蟻ぐらいには進歩した。
そうは言っても、相変わらず運動は苦手のままで変わりはない。その辺りは未だに残念なままだ。気を抜けば簡単に転けてしまうだろう。
「佐々木先輩、今年も葉山先輩来てるんですか?」
「今年は来なくて良いって言ったんだけどね」
「良いねぇ、一途な男が居て」
受験生なんだから、家で待っててと止めた。止めたんだけど、結局来る事になった。両親にも用事があると言われてしまえば仕方がない。
それ自体は本当みたいだから、私には止める術がない。でも流石に、ずっと会場に居るのは良くない。
ちゃんと勉強していて欲しいから、出番がない時間は来ない約束を交わした。そのせいで、同じ大学に行けない方が嫌だから。
真だけ別の大学なんて、滅茶苦茶不安だ。同じ大学でもモテるのは変わらないのに、目の届かない所なんて論外。
今の梓先輩みたいな不安を、4年間も抱える大学生活なんて耐えられない。
「配信でも観れるのに」
「でも来てくれるのは嬉しくない?」
「それは……うん。嬉しいけど」
それはそうなんだけど、私は元々目立ちたいタイプじゃない。ステージに立つ私を見て欲しい、そんな欲求はあまり無い。
全くないとは言わないけど、そこまで高くはない。と、自分に言い聞かせているだけ。本当は滅茶苦茶嬉しい。
だけど、時期が時期だから。だから凄く複雑な気分だよ。見て欲しいけど、来て欲しくない。難しいなぁ、恋って。